8-3 友として
『オルドリクスの魔神器』は消滅した場所にドーラは降り立つ。
そこには『オルドリクス』を構成していたヒトが取り残されていた。
頭だけはどうにか残されているものの手足は無く、臓器は露出している。
既に肉塊である。
生きていることすら不思議である。
「『オルドリクス』が消滅し、ヒトである部分だけが取り残されたか」
このまま放っておけば間違いなく死ぬ。
三人の魔族の襲撃を受けて『オルドリクスの魔神器』と同化した際に致命傷を受けたと聞いている。
彼を生きながらえさせてきたのは魔神器によるところが大きい。
「ドーラ、お前は一体何をした?」
モルトーアはドーラを睨む。
「ただ理を書き換えただけサ」
ドーラの一言にまるでモルトーアは電撃が走ったように表情を変える。
「そんなことが…できるわけがない。神の域に達するほどの魔法…だぞ。違う…魔法ですらない…これは。…『三次』すら超越したというのか」
モルトーアの問いかけにドーラは小さく笑う。
「魔法とは…不完全な理の働きかけダヨ。ゆえに世界から疎外される『魔』なのサ。
もし完全な魔法があるのならばそれはそれはもう『魔』法ではないヨ」
ドーラはその友を見つめながらいう。
「…馬鹿な、それは神への冒涜だぞ」
「そうだネ。…ただ僕はこれを使った人を僕は一人だけ知っているヨ」
それはずっとずっと昔の話だ。
そのモノは口にすることはないもののそれを使ったことをひどく後悔していた。
娘の命を守るためにそのものは強引に理を書き換えた。
たとえ神に弓引くことになろうとも自分の娘の命を救うことを選んだのだ。
「…本当にでたらめな奴だ。世界の理を書き換えるなど許されることではない」
「そこまでしなくちゃ君を止められなかったのサ」
力なくドーラは微笑んだ。
「本当にでたらめな奴だな」
「僕からも一つ質問いいカイ。君はどうして無限結界に囚われず、宇宙の果てからこの星に帰還できたんダイ?」
無限結界すら効かなかったうえに、ヴィズルの攻撃により宇宙の果てに飛ばされている。
ドーラはそれをモルトーアに問う。
「『オルドリクス』の欠片はこの星中にまだ残されていた。残された欠片を座標にした」
「なるほどネ…合点がいったヨ」
モルトーアの瞳は何の像も映してはいない。
「君はどうしてそれほどまでに…」
「始まりはあの戦いだった」
どこか懐かしむようにモルトーアは語り始める。
「お前とカーナ様との戦いは異邦でも見れたよ」
第四次魔王戦争のことだ。
第四魔王ドーラルイと大魔女カーナの戦いは大陸中で見ることができたという。
人間界の各地ではいたるところにその文献が残されているほどである。
「あれはお前たちが仕組んだことだったんだな」
ドーラは答えない。
「よくやったと思ったよ。あの戦いでゾプダーフの主戦派も黙らせ、人間界においては魔女たちを社会に組み込ませざる得ない状況に持ち込み、
お前たちは結果この四百年間の礎を築いたんだ。お前一人を魔王…悪者にすることによってな」
第四魔王ドーラルイはそうやって生まれた。
それは後の体制の要となり、世界を維持し続けた。
「お前を見送るあのお転婆はどんな顔をしていた?さぞかし見ものだっただろうな」
ドーラは何も答えない。
「あいつにとって三百年は暗闇そのものだっただろうさ。
以後の同族の安寧のために自身の最も大事なヒトと引き換えにしたんだ」
その女性はアビスに落とされたという。
本当に自身で落されたのか、それはだれも知らない。
「なあドーラ。…世界を変えるためになぜお前たちが犠牲になる必要がある。
そんな世界などないほうがましだとは思わなかったのか?」
「…」
「弱者のために世界があるべきではない。強者のためにこそ世界は変わるべきだ。私はそれを変えたかった。変える力が欲しかった」
だからこそ『オルドリクス』と言う力を渇望した。
それの復活と言う狂気に取りつかれた。
「そうでなければ…お前たちが救われないだろう」
ドーラは表情を歪ませる。
「俺たちにとってもな」
魔族の社会は生まれながらにしてその保有する魔力により地位はかわらない。
そしてそれが悠久ともいえる長い寿命の中続くのだ。
人間界とは違う固定化した地位。それは彼にとって永遠の獄のようでもあったのだろう。
「モール…君は…」
「ラムードは変な場所だな。さすがに一瞬破壊するのをためらったよ」
ドーラの言葉を遮るようにそう言ってモルトーアは力なく笑う。
自身が弱者と彼が呼ぶものが力を合わせ自分たちに抗った。
それは彼には考えられないことだったのだろう。最後の最後に彼は自身の考えを否定されたのだ。
だが彼の顔はどこか安らかだった。
「…俺はもう疲れた。…ドーラ、先に逝ってる…ぞ」
「アア」
そう言ってモルトーアはこの地から消え去った。
残されたドーラはそこに一人立ち尽くす。
「ドーラ、何してるんだ?」
ヴァロはココルに背負われるようにその場にやってきた。
ヴィズルは重傷で戻ってきた民たちに背負われ城に運ばれていった。
「ヴァロカ」
ドーラは振り返らない。ヴァロは何か察したようだ。
「長く生きていくと失っていくものばかりダヨ。僕はネ、だから人間の躰を選んだんダヨ。有限な時間の中、必死で生きて次の世代に何かを残して死ヌ。
そういう生き方に憧れたんだヨ。…それにもう親しい人間を看取るのはごめんダ」
魔族として長い時間を生きるということはそう言うことなのだろう。
「…カーナとの戦いも本当は僕は死ぬつもりだったんだヨ」
友人にすべてを託してこの世から消えるつもりだった。
自分の犯してしまった過ちとともに。
「…失うモノばかりじゃないだろう。現にこうして俺はお前とも出会えたんだ」
ヴァロはドーラの首に手を回し引き寄せる。
「…そうだネ」
ドーラはその奇妙な人間の友人に微笑んだ。
その光景を四人の魔族が遠くから眺めている。
「いいのか、エドランデ?」
肩に背負うヴァキュラがエドランデに小さな声で問う。
エドランデの右腕は干物のようにひしゃげている。
「…『オルドリクス』は倒しました」
エドランデはその光景を見ながら呟いた。




