7-3 手をとりあって
クーナはその立体映像を凝視している。
ヴィズルは未だに『オルドリクス』との綱引きを行っている。
始めの綱引きが行われてから早半刻。
ヴィズルは血まみれになりながらその綱引きに勝ち続けていた。
ヴィズルはすでに限界が近い。
城門付近を見ればフィアはその手を下げ、膝を地面についていた。
背後の魔法式が消えかけている。
彼女は数回にわたる『オルドリクス』からの攻撃を防ぐ大魔法を三度も行使している。
保有している魔力がいよいよ尽きたのだ。
魔力は魔法のエネルギー源になる。魔力がなければ何もできない。
恐れていた最悪の事態がやってきた。
「ドーラルイはまだなの?」
その光景を見ながらクーナは叫び声を上げる。
ラムードの頭上にある光の球はただ燦々と光を増していた。
「万事休す…ですわね」
エルンはそうつぶやく。
オルドリクスの攻撃により機器が壊れたのかヴァキュラ、ヴァロとも連絡がつかない。
そもそもヴァキュラが生きているのかすらもわからない。
クーナは絶望で頭を抱える。
「アレは…」
クーナは視界の端にありえないものを見つける。
それは暗夜に輝くともし火のようにクーナの心に火をともす。
まだ終わってはいない。
どうせなら最後まであがいてやろう。
彼らとともに。
クーナは口端を釣り上げると、その部屋を出ようとする。
「クーナ、どこへ行くつもりですの?」
「フィアのところよ。ここにいても通信できない。いる必要がないでしょう」
「…」
ドーラの表情は険しいままだ。
ドーラは魔法式から手が離せないでいる。
『八相層壁』の度重なる発動により、フィアの魔力は尽きたのは想像がついた。
ただ今この場を離れるわけにはいかない。
もし今その場を動いたとしたら今まで時間をかけて作り上げてきた魔法式を放棄することになる。
そうなればこちらに打つ手はなくなり、敗北が確定する。
遠目にその光景を見ながらドーラは祈るように式を編む。
『オルドリクス』は指を向けると障壁の消えたラムードに向けて光の一撃を放つ。
ヴァロはさせじと腕の蔦を収縮させた。
光線はラムードの城壁を消し飛ばし、空の彼方に消え行く。
腕に蔦を使って攻撃をずらしたのだ。
魔剣ソリュードからでた無数の蔦は『オルドリクス』に絡みついていた。
ヴァロの咄嗟の判断が間一髪でその状況をその危機を救ったのだ。
「やらせねえよ」
ヴァロは『オルドリクス』の前に立ちふさがる。
魔法式を編むドーラの頬を冷や汗が伝う。
今のヴァロの咄嗟の判断がなければ、自分たちごとラムードの地上は消し飛んでいた。
ただヴァロの魔剣から出る蔦もその光を弱めている。
それは魔剣ソリュードの力が弱まっていることの表れともいえた。
このままではいずれ『オルドリクス』の攻撃はラムードにも届く。
魔法を使うだけの気力は十分ある。
『八相層壁』を数回こなすことによりフィアは確実に成長していた。
彼女の眠っていた資質もあろう。だがフィアに残された魔力は文字通り底をついていた。
例えフィアが突出した魔力量があろうとも限度がある。
永遠に魔法を使い続けることはできない。
「魔力が…欲しい」
フィアは杖にもたれかかりながら悔しげにそうつぶやく。
気力はある。魔力さえあればもう一度『八相層壁』をくみ上げることができる。
『八相層壁』に使う魔力は文字通り膨大な量となる。
「フィア、魔力さえあればいいんだな」
声が背後から聞こえてくる。
フィアが振り返るとそこにはフェリコとラムードの国民がいる。
ラムードの地上部は戻ってきた住民たちに埋め尽くされていた。
「フェリコ…どうして…それにラムードの…避難したんじゃ…」
ラムードから非難したはずだ。
その上でラムードの城壁は閉ざされたままのはずだ。
「家畜に紛れ込んで城扉をあけたのよ」
クーナがフィアを支える。
「クーナも」
フィアは驚いてクーナを見る。
「ここは俺たちの国だ」
「ここを追われれば行き場所なんてねえって」
住民たちは口々に声を上げる。
「そういうことだ」
フェリコはさも当然のように話す。
「嬢ちゃん、何か俺たちにできることはないか?」
きょとんとするフィアに住民たちは語りかけてくる。
「魔力が欲しいと言っていたな」
フェリコがフィアを見る。
フィアが頷くのをみると集まってきた住民たちにむけてフェリコが甲高い声を上げる。
「これより連結し、フィアに『連結通魔』により魔力を送る。各自列をなし手をつなげ」
フェリコが勇ましく号令をかけるとラムードの人間が一斉に手をつなぎ始める。
「…『連結通魔』」
クーナはその秘術を言葉にする。
何度か聞いたことはあるものの、実際にそれを目にするのは初めてである。
「魔法力はもう足元にも及ばないが、まだお前よりは魔力の扱い方は知っているつもりだよ」
フェリコはフィアに微笑みかける。
かつてメルゴートで行われていたのは調律を用いた魔法の研究。フゲンガルデンで使われた魔法もそれを元としていた。
それは個人の力の直結にやがて発展していった。
一人一人はほんのわずかな力でも集めればその力は大きなものになる。
結果として暴走してしまったが、メルゴートはそういう思想の下、魔法の研究が続けられてきた。
メルゴートが滅びた今、奇しくも何の因果かこんな状況でそれは発揮されることになった。
「フィア、すまない。私はお前に…」
フィアをみてフェリコは小さくつぶやく。
「フェリコ…一緒にここを護ろう」
フィアはフェリコの手を差し出す。
フェリコはまぶしいものを見るかのようにフィアの顔をみる。
「…ああ」
「クーナも」
三人は手を握る。かくて残されし魔女たちは北の地で手を取り合うことになる。
ヴァロの魔剣ソリュードは無数の蔦により暴れ狂う『オルドリクス』を必死に押さえつけていた。
ヴィズルは『オルドリクス』との力比べを何十回と行ったために力を使い果たしている。
意識は辛うじてあるものの、動ける様子はない。
ヴィズルとの力比べにより『オルドリクス』自身も光の攻撃を撃たなくなっていた。
お互いに力を使い果たした様子である。
「くそ」
ヴァロは魔剣の力を使い『オルドリクス』を拘束を試みていた。
ヴァロの作り出した蔦が『オルドリクス』に引きちぎられる。
元々聖剣カフルギリアは拘束用の聖剣と言われている。巨大な魔獣マーデリットですら拘束したという。
その上に魔剣の力は魔力とはその出自を異にしているために吸収されない。
だが魔剣の限界もすでにそこまで迫っていた。
今『オルドリクス』がラムードに光を放たれればそれで詰みだ。
ヴァロは消え去りそうな蔦を維持するのでいっぱいいっぱいである。今攻撃されればそれを防ぐ手立てはない。
『オルドリクス』の口に光が集まっていく。
周囲から魔力を取り込み撃てるだけの力が集まったらしい。
これが通ればラムードは地図から姿を消す。
抵抗が無くなった?
次の瞬間『オルドリクス』からの抵抗がぴたりと止まる。
それを感じられていたのは『オルドリクス』を拘束しているヴァロのみ。
ヴァロは不思議に思いラムードに視線を向ける。
フィアのラムードを覆う障壁は消えている。
『オルドリクス』の眼前にはフィアの結界の消えた城壁の向こうで、ラムードの住人達が何やら手をつないでいるのが見えた。
どのぐらいの時間だろうか。ほんのわずかにも感じられるが、長い間そうしていたようにも見えた。
次の瞬間、『オルドリクス』が再び動き出す。
すでに蔦は消えかかっていためにもうその動きを止めることができない。
ヴァロたちに向けられた拳をカリアが『魔装』で受ける。
ヴァロの魔剣は力を使い切っている。防御すらもままならない。
地面をえぐる『オルドリクス』の拳にたまらず三人は吹き飛ばされた。
ヴァロがその場から吹き飛ばされたことで『オルドリクス』に絡みついた蔦は完全に消え失せる。
『魔装』力によりヴァロたちは守られるも、その吹き飛ばされた衝撃までは吸収できない。
ヴァロは動けないヴィズルを守り、地面を転げる。
「ぐう」
普通の人間ならば即死の攻撃である。
魔剣の障壁がかすかに残っていたのかどうにかヴァロは大事に至らずにすんだ。
傷を受けたものの致命傷には至っていない。
血まみれになりながらもヴァロは立ち上がる。
あの城壁の前にはフィアがいる。
その事実が切れそうな意識をかろうじてつなぎとめる。
「…行かせねえよ」
断じて認めるわけにはいかない。
「カリア」
カリアは衝撃により気を失っていた。
魔力を酷使してきた疲労もある。
「ラウ」
蔦を切り離されたことにより、魔剣の力は底をついていた。
ヴァロは魔剣に既に反応すら帰ってこない。
魔剣はその力を使うと眠りに落ちるという。
呼びかけに反応が返ってこないところを見ると完全に眠りについたとらしい。
負傷した右足を引きずりながらヴァロは『オルドリクス』に向かう。
「『オルドリクス』、俺はまだ死んでないぞ」
歩み去っていく『オルドリクス』に残りのすべての力を振り絞り叫ぶ。
『オルドリクス』は聞こえているのかいないのか淡々とラムードに向け進む。
「…ヴァロ、俺もつれていけ」
背後からの声にヴァロは振り向く。
「ヴィズル」
血まみれで満身創痍のヴィズル。
『神槍』の力をすべて攻撃に使っている。回復が間に合っていないのだ。
普通の人間ならば出血多量でショック死していてもおかしくはない。
死なないのは神槍の力によるものか。
ヴィズルは既に戦える体ではないのは傍から見ても明らかだ。
「うちの民の前でこっちとしてもいつまでも寝てるわけにもいかんだろ」
強がっているものの戦える状況ではないのは傍から見ても明らかだ。
「ああ、行こう」
ヴァロはヴィズルの肩をとった。
ドーラはその回転する球の中でとてつもない速度で魔法式を編み続けている。
顔には滝のような汗が流れる。
「ドーラ兄」
ドーラの横の黒い球体にその半透明な女性が座っていた。
金色の髪に大海を思わせる青く澄んだ瞳。歳は二十代ほどにも見える。
「リナ、フィアちゃんの方は大丈夫なのカイ?」
ドーラは構成を編みつつその女性に話しかける。
「あの子ならきっと大丈夫。むしろそれよりも問題はこちら。
私の見立てではこちらまだ八割ほどしか終わっていないのでしょう」
「…さすがにわかるカ。かなり複雑になるけど頼めるカイ」
ドーラはふうっと息をもらした。
「ドーラ兄は人を過小評価しすぎ。私もあのころのままではないわ。ドーラ兄こそ遅れたのならば許しません」
「頼もしいネ」
小さくドーラは微笑んだ。
四百年の時を越えて再び大魔女と魔王が共闘する時がやってきた。




