6-1 魔術王
ラムードを脱出した人々は遠くに聞こえる爆音を聞いていた。
その幾たびも繰り返される音は大衆の不安を煽る。
「大丈夫だ。私たちにはヴィズル様がついている」
ルジュが大衆の不安をなだめるため一人の男の名を出す。
その男の名は想像以上に効果的だったらしい。
「ヴィズル様、ヴィズル様」
彼らは口々にその名を叫ぶ。自分たちの信仰する王の名を。
不安をかき消すかのように声高に。それは北の地に響き渡った。
「ココル」
ルジュは不安そうにラムードの方角を見つめる一人の少年に声をかける。
「私はお師様を信じています」
ココルは視線をラムードに向けたまま答える。
ココルはヴァロから城を出るときに民の護衛を言いつかっている。
今回は戦力外とみなされたと言うことを理解しているらしい。
無理もない。あの魔族において最強の存在と言われる『爵位持ち』と人類最強の兵器をもつ魔術王を前にしてはほぼすべての人間が戦力外になる。
本来ならば今すぐラムードに戻りたいと思っているのはわかるが、同時に自身が無力だとも知っていてそれを抑えているようだ。
聡い子だと思う。
ふとココルは何かに気づいたのか、ルジュ達の向かう方角を指さす。
「…アレは一体」
その方角には大勢の武装した一団たちが姿を現した。
ミョテイリの方角でもある。恰好は一様ではないがそれぞれに武器を持っている様子だ。
「盗賊か?」
ルジュの脇にいる武官の一人が剣を抜き放つ。
「まて、盗賊にしては数が多い、それに妙だ」
その先頭には両手を上げた男が立っていた。
「同胞だ。剣を納めろ」
見知った男を目の前にして、ルジュは殺気立つ武官たちに大声で敵ではないことを告げる。
「先行した難民の護衛は終わったのか?」
ルジュはその一団に近づき先頭の男に話しかける。
「一隊と二隊はミョテイリに無事にたどり着いた。間もなく三隊目も着くころだろう」
「避難は一段落したと言ったところだな」
難民たちのミョテイリへの避難は五回に分けて行われている。
「お前たちは?」
「決まっている」
ルジュは小さく笑みをこぼした。
手にはそれぞれに武器が握られていた。
「…そうか。なら私もついていこう。私も二度目はごめんだ」
ルジュは背後にいる部下に視線を向ける。
「他の者は引き続きミョテイリまでの民の護衛を。私がいなくてもできるな」
ルジュは脇にいる武官の肩に手を当てる。
「はっ」
次にルジュはココルに向き合う。
「ココル、君はどうする?我々も民であることには違いないが?」
「私も一緒にいきます」
ココルは迷いない瞳でそう答える。
「いい返事だ」
ルジュは微笑みラムードにその一団と向かう。
大きな爆発音が北西の方角から近づいてきている。
爆発音は魔族たちのものである。
それは敵がラムードに刻々と近づいていることを示していた。
ここまで魔族たちのトラップを『オルドリクス』はたやすく越えてきている。
その装甲を貫こうとしようとも。
遥か地中に付近に埋めようとも。
粘着力のある物体を体につけられようとも。
脱出不可能な迷宮に入れられようとも。
考え得る限りの策を『オルドリクス』は悉くそれらを踏み潰してくる。
無言で歩みを続ける『オルドリクス』に対して、魔族たちには少しずつ疲労の色が見え始めていた。
そんな中『オルドリクス』が突然足を止める。
足を止めたことにヴァロたちは違和感を覚える。
目の前には小さな人影があった。
ラムードの城壁を背にして魔術王が腕を組み立っている。
その人影からは異様なまでの威圧感がにじみ出ていた。
すでに神槍との同化していてその体は槍に包まれている。
神槍をもつヴィズルの戦闘態勢。それと対峙して生きているものは今地上に数名もいるまい。
この地上の誰よりも頼りになる人間の姿でもある。
「『オルドリクス』初めてまみえるな」
堂々と不敵な態度でその男は魔神と対峙する。
槍を横に振ると衝撃波が生まれ、オルドリクスの目の前の地面をえぐる。
「お前が何者でも構わん。そこから先より一歩でも進めば敵とみなし攻撃を加える」
鬼のような形相でヴィズルは『オルドリクス』を睨む。
対峙したとすればたとえ大軍だろうと怯むほどの覇気。
だが『オルドリクス』はそれを一瞥すると歩みを再び開始する。
いつの間にか足元にはエドランデが攻撃の構えを見せていた。
手にしているのは巨大な黒い塊。カリアの『魔装』である。
既にエドランデはその黒い塊を振りかぶり、攻撃の体勢になっている。
ヴァキュラが足元の岩ごとエドランデを『オルドリクス』近づけたのだ。
「ふんぬ」
手にした黒い塊をエドランデは思い切り振りぬいた。
エドランデの一撃が『オルドリクス』の胴体を直撃し、上空に持ち上げられる。
エドランデが手にもったカリアの『魔装』ですら、その攻撃により跡形もなく砕け散るほどの打撃。
エドランデの手から血がしたたり落ちる。
『オルドリクス』はその一撃により城壁ほどの高さまで上がる。
「まだだ…」
エドランデは黒い塊を放り投げ、追撃を加えるべく足に魔力を加える。
跳躍を行うために足が数倍に膨れ上がる。
「任せろ」
次にジーリアからその巨体が埋め尽くされるほどの『魔弾』が『オルドリクス』のいる空間を襲う。
空にあげられてしまえば遮蔽物もない、吸い込まれるようにジーリアの『魔弾』は『オルドリクス』にぶつかっていく。
その数億の魔弾が『オルドリクス』をさらに上空に持ち上げる。
「さあやれ魔術王、最強最後の一撃を叩き込め」
ジーリアはそう言って魔術王のいる方角を振り返る。
魔術王はその一撃を放たんと槍を大きく振りかぶっていた。
「言われずとも」
ヴィズルがそう呟くと神槍が蒼い光を放つ。それはフィリンギの魔力である。
ヴィズルは神槍を『オルドリクス』めがけて渾身の力で投げつける。
神槍エアリアは魔術王の手を離れるとまるで意志のあるように速度を上げ『オルドリクス』に向けて真っ直ぐに進んでいった。
魔術王渾身にして絶対不可避の一撃。
遠く離れた地面ですらその衝撃波を受けて破壊されている。
ヴァロは耳を塞ぎ、その音速すら超える光を目の当たりにする。
暴風が周囲に吹き荒れ、ヴァロは吹き飛ばされないよう物陰に隠れる。
極北の地から空に向けて星が上がっていくのを何人も目撃したという。




