4-4 決戦開始
ラムードから人影はすっかり消えていた。
街を歩く動物すら見かけない。
ヒトの姿の消えた城門の中で一人とそれを囲むように数人の人影がある。
「民の避難は済んだようだな。ご苦労」
ヴィズルは残った武官にねぎらいの言葉をかける。
ヴィズルにそれぞれの武官は頷き返す。
文字通りこれでラムードにいる国民はすべて避難したことになる。
ヴィズルの身に着けているのは戦闘装束だ。代々受け継がれてきたものらしい。
ヴィズルに鎧は必要ない。槍がその役割を果たしてくれるためだ。
ヴィズルの肩にはエルンと言う大柄なカラスが止まっている。
「…ヴィズル様、我々も一緒に戦わせてください」
武官たちはそう言ってヴィズルに詰め寄る。
ヴィズルは困ったように微笑む。
「その気持ちは嬉しいが、少し派手な戦いになりそうだ。この国の兵士としてもしもの時のために国民を守ってほしい」
ヴィズルはそう言って頭を下げる。
王に頭を下げられその場にいたモノたちは言葉を詰まらせる。
「ヴィズル様…御武運を」
その数名の武官たちは頭を下げるとその場をあとにする。
「盗賊がはいらないとも限らない。悪いが城門は閉じさせてもらう」
ヴィズルが右手を上げるとひとりでに門が動き始める。
「さて行くとするか」
門が閉まるのを確認し終えるとヴィズルは踵を返し一人その場所に向かう。
活気のあったはずの通り、子供たちが遊んでいたはずの公園には今は誰もいない。
ここは自身の生まれ育った場所でもある。
人が消えた街並を歩きながら、彼は人知れず静かな闘志をみなぎらせる。
ヴィズルがやってきたのは薄暗い部屋に足を運ぶ。そこには複数の人影があった。
その場所にいるのはヴィズルを含めてドーラ、フィア、クーナの四名だ。エルンを含めれば五名だが。
「ドーラ殿」
ヴィズルはそのうちの一人に声をかける。
「ラムードにいる民はいないヨ。一部を除いてネ」
ドーラは決定を不服とし、隠れて残ろうとするものまですべて自身の探査魔法で見つけ出した。
どうしても離れないと意固地になるモノもいたが、ヴィズルの直の説得によりしぶしぶ納得したらしい。
ちなみにドーラが一部を除いてと付け足したのは、二つの例外となる施設が存在するためだ。
ラムードの地下には家畜を養う施設と中枢となる施設が存在する。
この状況で家畜を避難させるだけの十分な時間と余裕はなく一部は放置することになった。
いつでも戻ってきてもいいように一か月分の餌は自動に出すようになっているとのこと。
中枢となる施設にはエルンの本体が眠っているらしい。
ドーラはその二つだけは例外として除外したという。
「それでは。エルン、頼む」
ヴィズルはかたわらのカラスに語りかける。
「わかりましたわ」
エルンが首を縦に振ると地形情報を視覚化させた立体魔法式が眼前に展開されていく。
立体映像投影魔法とやらというものらしい。
ドーラによれば結界に近いが、常時魔力を消費するため魔法の区分であるという。
六匹の使い魔を上空に放ち、その見えた映像を演算し、立体映像として構成しているのだという。
聞けば黒い球体と四方に散らばる欠片がその立体映像を維持しているとのこと。
第二次魔王戦争の際に自身が開発したモノだとか。
方向、距離などある程度限定されるために魔力の消費は限定的であると聞く。
魔力はエルンに肩代わりしてもらっている。
人間界にいる上級の魔法使い複数がかりでもこれほど見事な物は作れまい。
そこにいるモノはそれを覗き込む。
「未だ海上には変化は見られないな」
「ええ」
本来ならば白夜の期間中狩猟が盛んになるという。
だが画面には動物一匹すら見あたらない。
動物たちは本能的な危機を察したのかその地は静まり返っていた。
その地は不気味ともいえる静けさをまとっていた。
ドーラは探査魔法を放っているらしい。
ドーラの頭上には四つの黒い球体が静かにまわっている。
ドーラ自身には手持ちの魔力はほとんど無い。頭上にある塊の塊から魔力を引いているのだという。
ヴィズルに魔力を分けてもらったのだとか。
「本当によろしかったのですか、ヴィズル様」
横からエルンはヴィズルに問う。エルンはドーラのことをあからさまに危険視している。
ドーラに魔力を分け与えることに一番抵抗を見せたのはエルンだった。
「構わんさ。この程度の魔力、この神槍にとって見ればわずかなものだ」
ドーラの扱う魔力のほとんどは神槍から借りている。
ドーラの魔力保有量ではその量が全く足りないためだ。
魔力の変換は相当技術が必要らしいが、ドーラは当然のごとくやってのけている。
「ヴィズルは神槍の限界を感じたことはあるカイ?」
ドーラはヴィズルに問う。
神槍には幻獣王フィリンギの力が宿っているという。
幻獣王と言えばその力は教会の定める魔王すらはるかに凌駕するという存在。
「さあな、限界は今まで感じたことがない」
「底なしってことカ。頼もしいネ」
小さくドーラは微笑む。
「ドーラさん、魔神器とはもう呼ばないんですね」
フィアがドーラに尋ねる。
「モルトーアと同化することによって『器』ではなくなったからネ。もうアレはモールと言う存在を受け入れたただの魔神ダヨ」
その言葉とは対照的にドーラの目には険しさがある。
「魔神…」
それは魔王を凌ぐ怪物。
「以後のアレの呼称は『オルドリクス』と呼ぶことにするヨ」
皆はドーラの声に頷く。
一人、クーナはドーラの頭上にある四つ黒い塊に注目する。
魔力を小さな塊にする技法など聞いたことがない。未知の技法である。
驚くべきことに一つ一つに魔封緘一個に相当するの魔力が込められているようだ。
ドーラはそれらを完璧に制御しているという。
さらにその上立体映像投影魔法という見たこともないモノまで構築して見せた。
もはや同じ魔法使いなのかどうかも彼女にとっては疑わしいとすら思う。
三人の大魔女を一人で相手をしたというおとぎ話も嘘ではなかったと思えてくる。
今は人間だが、本来の肉体を取り戻し、人間に牙をむけば誰も止められるものがいないのではないか?
そんな疑問がクーナの脳裏をよぎる。
ドーラが動く。クーナはびくりと反応する。
「さて、そろそろ『オルドリクス』が海面から姿を現すヨ」
ドーラの緊張が混じる声にその場の空気が引き締まる。
それは徐々に海面から姿を現した。頭が出てきたかと思えば徐々にその体が現れてきた。
やがて『オルドリクス』は海から丘に上がり、その全身をあらわす。
驚くべきことに始めに魔族たちが交戦した時とほぼ同じ姿をしていた。
『オルドリクス』に傷らしきものが全く見られない。
その上で比較的装甲が薄かったはずの関節部分まで装甲に覆われている。
地平線を真っ赤に染めるほどの一撃だったはずだ。
それでほぼ無傷と言う現実がそれを見ていた者たちに衝撃を与えた。
「取り込んだな…海の生物を…」
ヴィズルは忌々しげに吐き捨てる。
『オルドリクス』の前に進み出てきたのは『五人の魔族』と魔剣を持つ一人の人間。
「第一陣は我々に任せてもらう」
ヴァキュラは仮面の内側から、赤い目を光らせそう声を出した。
「さあ開戦といこう、モルトーアいや『オルドリクス』」
ヴァキュラの掛け声にしたがって五人の魔族たちはそれぞれに臨戦態勢をとる。
かくて極北の地で『オルドリクス』との戦いの火ぶたが再び切って落とされたのだった。




