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オルドリクスの魔神器  作者: 上総海椰
18/33

4-3 無人の都市で

ドーラが結界を解くとフィアが倒れていた。

これで何度目になるだろう。

クーナは無言でフィアを抱き上げると寝室へと運ぶ。

「どうにかいけそうカナ?」

ドーラはフィアを背負うクーナの後ろ姿を見ながら、フィアの習熟速度を冷静に分析していた。

フィアはとてつもない速度でドーラの魔法を吸収している。もう少しで実戦段階まで辿りつけそうだ。

遥か遠洋上でオルドリクスは少しずつ動き始めている。

おそらく修復作業が済んだのだ。今の速度で考えるならば数日以内にこのラムードに到達する。

もはや一刻の猶予も残されていない。

ヴァロといえば、魔剣の力を引き出すべく現在地上で調整中である。

調律し、その保有する力の限界を上げたために、魔剣の管理者自身も戸惑っている様子なのだ。

その可能性が未知と言う点では面白いが、カードがわからないのでは戦略にはまず組み込めない。

そのためにもどこまでできるのか、どこまでできるようになるのかをはっきりさせておく必要があった。

魔術王の武官は避難民の誘導で動けない。もっとも『爵位持ち』と比べるとその戦力は見劣りするのも事実。

魔術王どころか『爵位持ち』一人にすら相手にならないだろう。

自身の予測する『オルドリクス』がラムードにやってくるであろう時間から既に一週間を切っている。

現状戦力として見込めるのは五人の魔族と魔術王だけ。

それぞれが人間界の一国の軍事力にも匹敵する一騎当千の強者だが、あの『オルドリクス』を前には心もとない。

「さて、どこまでやれるカナ」

ドーラは思慮を再び巡らせる。

万が一もなく、勝たなくてはならない。


エドランデと魔剣の調整中の最中、城壁の上から見えるヴァロはぼんやりと人のいない街並を眺めながらヴァロは休憩を取っていた。

眼下には白い雪がところどころに見られる。

かつてメルゴートと言う結社と戦った際のフゲンガルデンの街並みを思い出していた。

初夏に振る雪。それはメルゴートの魔女たちの手によるものだった。

あれから三年ほどたっている。ヴァロは今も変わらず死地に身を置いている自身に自嘲気味に微笑んだ。

そのときにフィアと出会った。始めは薄汚れた少女だと思った。聞けば結社から捨てられたのだという。

成り行きで守ってここまでやってきた。今では魔女たちの中心にいるという。

魔剣の加護なしではその場にいるだけでは、凍えてしまうほどの風がヴァロの横を吹き抜けていく。

空にはいつまでたっても沈まない太陽。眼下には人のいない街並が続いている。

ラムードの地上部分だ。ラムードは地下都市だが、地上部分にも地下ほどではないが居住区はある。

白昼夢の中にいるような感覚に襲われる。

「どうなされた?」

ヴァロの横にいつの間にかエドランデという魔族が立ち、脇からヴァロに語りかけてくる。

鹿の頭をしていていて、身長はヴァロよりも一回り上。

この魔族の能力は『魔功』。『魔功』というのは魔力による肉体強化に特化した能力らしい。

エドランデは実際剣で斬りつけてもびくともしない。拳を振るえば岩石など容易く破壊する。

巨大な岩のような相手である。正直まともに戦って勝てるとは到底思えない。

味方であってくれて本当によかったとすら思える。

長い時間が見込まれるヴァロの修業の相手にはカリアの『魔装』よりも、エドランデの『魔功』の方が魔力の効率がよかったのだ。

加えてカリアたちには他にすることがあるらしい。ドーラによれば連携を試すのだとか。

「夢を見ているみたいだと」

「…ふむ」

ヴァロの言葉に納得するような声を上げる。

「もしこれがただの夢であってくれれば私も少しは楽なんですが」

「はっはっは、そうですな」

エドランデは笑い飛ばす。

「すみません」

エドランデ相手に自然言葉にも敬意がにじみ出る。

ヴァロはこのエドランデに一人の戦士として妙な敬意のようなものを覚えていた。

武力だけではない。その考え方は実直を絵にかいたような人柄で、しぐさや戦闘から日々の鍛錬がうかがい知ることができる。

まさしく武人と言った感じの魔族だ。

標的『オルドリクス』は既に動き出しているという報告をドーラから受けていた。

三日後には北西の海岸に到着するとのことだ。

ヴァロは北西の方角に目を向ける。

ここからは見えないがその先に『オルドリクス』はいる。

またそこで一度目の戦闘は行われたらしい。

ヴァロたちも目撃した遥か遠洋上での大爆発。あれはヴァキュラの手によるものだという。

北の地では二つの太陽事件として噂になっていると聞く。

遠目からでもその規模をうかがい知ることができるほどの力。

そんなものを受けて滅んでいない巨人に自身の力が役だつのかどうかすらわからない。

「本当に俺の力が役に立つと思いますか?」

たとえ魔剣の力を使いこなせるようになっても、足手まといにしかならないような気さえする。

「あなたの魔剣を調律し、我々にあなたの調整を手伝うように言われたのは他ならないドーラ殿です。もう少し自身の力を信じなさい」

例の決闘の一件以降、エドランデはドーラに一目置くようになっている。

「ヴァロ殿はかつてミイドリイクで『パオベイアの機兵』なるモノと対峙したことがあったと聞いておりますが…」

「はい」

エドランデは深く頭を下げた。いきなり頭を下げられヴァロは対応に困る。

「ヌーヴァ殿から殿しんがりとなって地下に残ったとも聞いております。その際に聖剣を失ったとも」

ヌーヴァと言う名にヴァロは手を叩く。ヴァロはあの初老の姿の魔族を思い浮かべた。

地下でフィアをかばい左腕を失った魔族。

「ヌーヴァさんの左腕は大丈夫なのですか?」

「ええ。今では腕を失う前よりも元気だと言われておりますよ」

ヴァロはエドランデの言葉に胸をなでおろす。

一方のエドランデは口に手を当て何やら笑いをこらえている様子である。

「なにか?」

エドランデの様子を妙に感じヴァロは問いかける。

「失礼。人間界に来てその質問を受けるのも二人目だったもので」

エドランデの一言にヴァロは眉をひそめ、思案する。

ミイドリイクの地にいたものでこの場にいる人間は、ヴァロを含めてドーラとフィアだけのはずだ。

となれば質問したのは…。

「フィア殿です。あの方はヌーヴァ様のことをたいそう心配しておられた」

フィアはヌーヴァのことを気にかけていたのをヴァロは思い出す。

彼女の油断で左腕を失ったのだ。気に病むのも当然といえば当然だが、どうもそれだけではないような気がする。

「そうですか」

「ヌーヴァ様からあなたのことは伺っていますよ」

「ヌーヴァ様が?」

人間の自身のことを話されているのがヴァロには意外だった。

「人間ながらも果敢に我々と戦い、人間界との戦争になるところを救われたとも聞いております」

「…成り行き上ですって」

ヴァロはほめられ、こそばゆい気持ちになった。

「それにしても人間…中でも聖剣の契約者とこうして語らう日がこようとは思いもしなかった」

「ええ」

すっかり打ち解けたような感じになってお互いに微笑む。

お互いに手を結ぶのは彼ら魔族にとっても人間側にとっても初めてのことだろう。

それをヴァロは心強く思っていた。

「…勝てると思いますか?」

「勝てるかではなく、勝たなくてはなりますまい。それにあのモノだけはどうしても私の手でかたをつけたいのです」

このエドランデと言う魔族からは『オルドリクス』への強いこだわりのようなものを感じていた。

会議の時もそうだ。どこか妙に自力での破壊にこだわっている感じを受けた。

「なにか因縁が?」

ふと気になってヴァロはエドランデに尋ねる。

ヴァロの問いにエドランデはしばらくの沈黙の後に切り出し始める。

「…私は志願してこの遠征に同行したのです。あの者がゾプダーフを抜ける際に三人の魔族を殺して抜け出たことは存じておりますな」

「はい」

ヴァロはモルトーアが逃げた一連の経緯を聞いている。

『オルドリクス』と同化した魔族…モルトーアはゾプダーフ連邦から逃れる際に三名の『爵位持ち』を殺害しているという。

「その者たちの中に私の友人もいたのです」

ヴァロはエドランデが『オルドリクス』にこだわる理由がわかった気がした。

「そのモノとはかつてお互いに競い合い高め合った仲でした」

エドランデは表情を険しくした。その硬い表情をゆがめる。

「私が報告を受けたあとゾプダーフの隅々まで探したが、奴は見つけられませんでした。今思えばあのころにはすでに国外へ逃亡した後だったと」

モルトーアは流氷にまぎれてモルトーアはゾプダーフから逃亡を謀った。

その話はドーラから聞いている。

どうしてドーラとあの会議で対立したのかわかった気がした。

「私はこの手であの男の敵を討たねばなりません」

決意の込めた眼差しでエドランデ。

「ですが私はそればかりにとらわれてばかりでは肝心なものを見失っていたのかもしれません。

ドーラ殿との戦いで私はそれを痛感しました」

その実直な性格にヴァロは好意を持つ。

数いるフゲンガルデンの騎士の中でもこれほど実直なものはいまい。

「…調整の続きをお願いできますか」

ヴァロは魔剣を手に取った。

「何度でも」

エドランデは小さく頷いた。

二人は再び魔剣の調整を始める。

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