3-3 魔剣調律
それはとてつもない思考、知識の奔流。渦。気を抜けば一瞬で押し流されてしまいかねない。
今まで魔法と信じきっていたものとはあまりに違うもの。
それでもフィアはもがきながら必死にそのものの背中を追う。
ここでもし一歩でも怯んでしまえば二度とドーラという魔法使いと真正面から向き合うことができないと思った。
全身全霊をかけてその魔法式を追う。
精神世界の中、頭上には巨大な魔法式が描かれつつある。
フィアはついにそれに耐え切れなくなり、フィアは糸が切れるようにぱたりとその場に倒れこんだ。
「初めてにしてはもったほうカ…」
倒れたフィアを見ながらドーラはフィアの能力を分析する。
ドーラがぱちんと指を鳴らすと周囲を包む黒い結界が消えた。
ヴァロとクーナが待っていたのは時間にして水が湯に変わるほどの時間である。
「おいおい、大丈夫なのか?」
ヴァロは駆けより、倒れたフィアを抱き起こす。フィアは気を失っていた。
「いきなり起こしてびっくりしただけだろうネ。徐々に慣れていくだろうサ。今日はここまでダ」
ドーラは何事も無かったように立ち上がる。
「クーナ、フィアちゃんを部屋まで運んで行ってもらえるカイ?」
「は、はい」
クーナは思わず敬語になる。聖堂回境師であるフィアの魔法力は並みの魔法使いの水準をはるかに凌駕している。
すでに高位の魔法使いと言っても過言ではない実力を持っているとみても間違いはない。
そんなフィアの意識を修業の中でいともたやすくこの男は刈り取った。
これほど濃密で精巧な結界式を一瞬で構築し、かつフィアの修業をつけるという化け物じみたことを目の当たりにしている。
強いとかいうのではない。すでに彼女たちの尺度を遥かに超えている。
クーナの背筋に冷たい汗が伝う。
第四魔王『異形の壊求者』ドーラルイ。
聞けばあの三人の大魔女と一人で渡り合ったという化け物。
その恐ろしさの一端をクーナは垣間見る。
ドーラはヴァロを手招きされ、ヴァロは抱きかかえたフィアをクーナに手渡す。
クーナはフィアを受け取るとその部屋を逃げるように出て行った。
部屋に二人きりになり再びドーラは床に腰を下ろした。
「ヴァロもそこに座ってネ」
ヴァロは言われるがままにドーラの前に座った。
「フィアには何を?」
「フィアちゃんにはここのラムード防衛をしてもらうための魔法を覚えてもらうつもりサ」
防衛と言う言葉にヴァロは眉をひそめた。
「…ドーラはラムードまで戦火に包まれると考えてるんだな」
ヴァロの問いにドーラは無言で頷く。
「…最悪の場合はネ。切り札は多いほうがイイ。フィアちゃんがこんな短期間で使い物になるのかはわからないけどサ」
ヴァロと出会ってからフィアは本当に強くなったと思う。魔法力だけじゃなく、心も。
聞くところによればジーリアと言う『侯爵』の位をもつ魔族とカリアとともに渡り合ったという。
カリアの話によれは『侯爵』クラスは幻獣王を除いて、上から二番目の位だという。
実力本位のゾプダーフ連邦(異邦)においてそこまでの力をもつという化け物ともいえる。
教会の定める規定において魔王クラス以上の力を有しているらしい。
「ヴァロ君、君にも少し頼みたいことがあるんダ」
思考を遮るようにドーラが語りかける。
「ヴァロ、君を呼んだのは他でもない。君の魔剣を調律を行うためサ」
「魔剣の調律?」
いきなりのドーラからの提案にヴァロは表情を凍らせる。
「はっきり言ってずばりその魔剣不安定ダロ」
ドーラにズバリ言われてヴァロはたじろぐ。
魔剣との契約は不安定だった。
魔剣の契約者と呼ばれるものの声は戦闘中にしか聞こえてこず、
戦闘中にすらノイズのようなものが入ってくることがある。
今までそれをヴァロは自身の力不足と思って片づけていた。
「わかるのか?」
「そりゃーネ」
魔法に長けたモノから見ればそれは一目瞭然のようだ。
前にラフェミナと対面した時も一目で魔剣の契約者だと知られてしまっている。
「『オルドリクスの魔神器』には『パオベイアの機兵』と同じ技術が使われているのサ。
『パオベイアの機兵』に魔剣の力が効果的だったのは君が一番わかっているはずダ」
ミイドリイクの地下都市においての攻防でわかったことだ。
魔法、魔力による攻撃を『パオベイアの機兵』は吸収し、その力に変えてきた。
しかし、魔剣による攻撃は吸収されなかった。
それは魔剣が魔力と系統を異にしているためらしい。
「だからこそ君の力を借りタイ、いいカナ?」
「ああ、望むところだ」
ドーラの言葉にヴァロは笑って応える。
協力できるものならば協力したい。それはヴァロの本心でもある。
ドーラには何度も助けられている。
ドーラはにこりと笑うと語り始める。
「その剣との同調がうまくいっていないのは君の能力不足でも魔剣の力不足でもない。
それはその前に契約した聖剣の影響サ。契約して君の中に入ったものの、
君の中にある君と言う椅子にすでに先客…先客の影があって座れないってとこカナ」
ドーラの説明にヴァロは置かれている状況を何となく理解をした。
「それじゃ…」
「これから聖剣のいた椅子にその魔剣ソリュードを座らせるつもりだヨ。
うまくいけば君らの言うところの準聖剣ぐらいの代物になるんじゃないカナ?」
「…準聖剣…そんなことができるのか」
ヴァロは驚いてドーラに聞き返す。
「僕にできないとでも思うのカイ?」
やる気になった魔法長は当然のように言ってのけた。こうなると実に頼もしい限りである。
「頼む」
ヴァロは魔剣を取り出し、ドーラとヴァロの中間に置いた。
ドーラとヴァロの中間に魔剣が鈍い光に包まれ、宙に浮いていく。
魔法式らしいものがヴァロとドーラの周囲を囲む。
魔剣の調律は何度かしているが、こういう手法は初めてである。
「始めるヨ、ヴァロ」
その様子は
「ああ」
ヴァロはドーラの声に頷く。
かくしてドーラルイ魔法長の名の下に魔剣の調律が始まった。
半刻ほどだろうか魔剣の調律は思ったよりもあっさり終わった。
「終わりダヨ」
正直拍子抜けした感もなくはない。
「ためしに話しかけてみなヨ」
ヴァロは魔剣に声をかけてみる。
『なんだ、ヴァロ』
ラウの声がヴァロの脳裏に響く。
はっきりとした声が魔剣から反応が返ってきた。
本当にこの短時間でドーラが調律したらしい。
「これから期限が来るまで君は魔剣の制御を魔族たちとやるといいサ。話は明日の会議で出すヨ。
ヴァキュラなら了承してくれると思うヨ」
明日関係者をそろえて会議が行われることになっている。
現在ヴァキュラが五人の魔族を取り仕切っている。
魔族の中でもヴァキュラと言う魔族はどちらかと言えば話が分かる印象がある。
ちなみにドーラが今保有する魔力は魔族たちから少しづつ分けてもらったものだ。
「助かる」
「礼を言うのはこっちサ」
とにかく地上に出て少し魔剣の力を使ってみることにする。
ヴァロは剣を鞘にしまい立ち上がった。
「フィアのことなんだが」
フィアは先ほどドーラに意識を刈り取られている。
「まだ、修業は始まったばかりサ。これから何度でもやってもらうつもりだヨ」
「本当に大丈夫なのか?」
ヴァロは疑わしげにドーラに問う。
「まあ、フィアちゃんにはできるようになってもらわないとネ。
もしフィアちゃんがもうできないっていうのならもうやめにするけどサ」
どこか頑固な部分のあるフィアのことだ。一度やると言ったことは何に変えてでもやり抜こうとするだろう。
ヴァロはドーラを無言で見つめる。
「今回は僕も無茶苦茶なことをしてるという実感はあるヨ。本当ならこんな手荒な方法は取りたくないってのが本音ダネ」
ドーラは目を伏せた。今回の修業を持ちかけた背景にあるのは、フィアをドーラなりに高く買っているということなのだろう。
「…それでフィアは使い物になりそうなのか?」
「…初めてにしては上出来なんじゃないカナ?フィアちゃんのことだ、僕の使う魔法というものの一端をつかめて来てるんじゃないカナ?」
今回の一件を通してわかったことだが、ドーラは魔法に関して言えば客観的にしか物事を計らない。
魔法に関して言えば残酷なまでに合理的な考え方しか持ち合わせていないと言うことの表れでもある。
その証拠にクーナにはその話を持ちかけていない。彼女では無理だとわかっているからだ。
それは厳しさでもあり、魔法を究める者としての者の視点なのだとヴァロは解釈していた。
「ちなみにやり遂げた魔法使いはいるのか?」
「うーん…いないネ。僕の弟子たちは初めてすぐ脱落したし、開発してからやりきったモノはいないんじゃないカナ」
ヴァロはげんなりとした表情でドーラを見る。
ヴァロはなんか弟子という言葉を聞いた気がしたが、ここでそれを突っ込んではいけない気がしたので聞き流しておいた。
「そこまでのことをどうしてフィアに…」
「…今回はフィアちゃんの才能に賭けてみたいと思ったのサ」
ヴァロはドーラから賭けるという言葉を初めて聞いた気がした。
そうしなくてはならないほど切羽詰っているというのが現状だろう。
「さて、俺は魔剣を試してくる」
「くれぐれも人のいないところでやることダ」
「わかった?」
ヴァロはドーラの声に疑問を浮かべる。
どうしてかはすぐに知ることになったのだが。
ヴァロは扉の前に立つ。
「ドーラはどうする?」
「明日の会議のことを考えながらフィアちゃんを待つことにするヨ」
座禅を組みその場所に座っている。
ヴァロはそこから修行僧のような印象を受けた。
「来るのか?」
「来るサ」
ドーラのその声には確信めいたものが含まれていた。
「あれ…ドーラさんは?」
そこで意識を失っているフィアが目を覚ました。
横に座っているクーナがフィアの手を握る。
「フィア、よかった」
少女が目を覚ましたことにクーナは安堵していた。
その少女と言えば、さっそくベッドを抜け出していた。
そしてふらふらとおぼつかない足取りで彼女は歩きながら、フィアは部屋を出ていこうとする。
「どこに行くつもり?」
「もう一回ドーラさんの精神世界に潜りにいく」
ふらついた体とは対称的にはっきりとした声でフィアはそう言った。
「だめよ。今日はもう寝てなさい」
クーナはフィアを引き留めようとするが、フィアは首を横に振り、それを拒絶する。
「ドーラさんとの訓練の影響かな…どんどん頭から魔法式が溢れてきて止まらないの。今の私なら…」
すでにフィアの瞳にはクーナは映っていない。
その瞬間クーナはフィアの表情に全身の皮膚が泡立つのを感じた。
それはまるで巨大な怪物が少しずつ目を覚ましていくような感覚にも似ていた。
クーナの制止も聞かずフィアはふらふらとその場を後にする。
「ちょっと待ちなさいって」
クーナはそんな考えを頭から振り払いフィアの後をあわてて追う。
二度と少女の後ろ姿を見失わないように。
いよいよフィアちゃん覚醒です。
ドーラさんも本気ですわ。




