3-2 魔法長の特訓
フィリンギとの邂逅が終わり、ヴァロたちはラムードに戻ってきた。
戻ってくるなりドーラに言われるがままにフィアと二人で宿の一室に入っていく。
ヴァロとクーナはそのあとに続いていく。
ドーラは部屋に入るなり、四つの黒い球がドーラの手から出される。
それは部屋の中心に黒い四面体の結界を形作る。
横でクーナは顔をひきつらせていた。
明らかに人間界の魔法使いの使えるモノとは違っているということなのだということだろう。
「フィアちゃんの覚悟ができたらここに入ってきてくれ」
そう言ってドーラはその黒い結界の中に入って行った。
結界の中身はどういう原理か外からは見えない。
「フィア」
ヴァロとクーナは心配そうにフィアを見る。
「私はやるつもり。ヴァロ、クーナ、大丈夫、心配しないで」
結界の中はドーラと地面だけしかなかった。
黒い空がどこまでも果てしなく続いているだけだ。
物理空間と言うよりそれは精神空間なのではなかろうか。
現実にあの狭い空間の中にこれほどの空間を作ることなど不可能。
フィアは改めてこれほどの結界を作れるドーラの力をすごいと思った。
その中心にドーラは腰を下ろしフィアの前に座っている。
まるで世界にはドーラとフィアの二人だけしかいないようにも思える。
「フィアちゃん、これから僕は君にある方法で修業をつけるヨ。
ぶっちゃけこれから君に行うのは保険ダネ。それを手にすることができるかどうかの保証もナイ。
…できることなら使わないことを願うヨ」
ドーラルイ魔法長すら恐れる方法…。フィアの想像が追いつかない。
「君もよく知っている通り、魔法を修得するのに最短は無いヨ。
修得するには知識を蓄え、魔法式に慣れ、果てしない研鑽の末に、それを修得したモノだけがそれを使えるのサ」
そのことはフィアは頭では理解している。
研鑽の果てに何もえられないことだってある。
「ただし、この方法を使えば短期間で今の数倍の魔法力を手にすることができるヨ。
下手をすれば歴代の大魔女たちにも匹敵する力を得られるかもしれナイ。
これから行うことは君がいかに卓越した才能を持っていたとしても五十年早いヨ。
下手をすれば精神を病んでしまったり、ひどい後遺症を伴うこともあるネ。…それでも君はやるカイ」
ドーラの問いにフィアは少しだけ間をおいて答える。
「…私はずっと考えてました。どうしてこんな力を持っているのだろうと。どうして私なのだろうと」
その力を願う魔女は数多くいるが彼女ほどではない。
それは断じて驕りなどではない。現にフィアは人間界の魔法使いとしてはかなり高い部類に入る。
それこそ魔女たちの憧れる聖堂回境師に選ばれるほどに。
「けれどトラードの時、今回の魔族と対峙した際も自分の力のなさを呪いました」
トラードで囚われていた時の恐怖。
どれだけ自身の無力さを呪っただろう。どれほどそのことを後悔したか知らない。
アレをもう二度と想像したくなかった。
愛しい人が自身の知らないところで死ぬことを。
あれからそれほど時間は経ってはいないが力も前よりはつけたつもりだ。
だが彼女は痛感していた。今回の魔族との戦いにおいても自分の力不足を。
「私は強くなりたい」
それはフィアの口から自然と出てきた。
「皆を護れるだけの力がほしい。そのためならばどんなことでもするつもりです。ドーラさん、私にそれを教えていただけますか?」
フィアの眼差しは真剣である。自分の弱さと向き合うのは今なのだと。
ドーラは少しだけ表情を緩め、フィアの前に腰を下ろした。
「…いい目ダ。それじゃフィアちゃん、そこに座ってネ」
意味が解らずフィアはドーラに向き合い座る。
フィアが座るとドーラは静かに口を開いた。
「魔法を使うにあたって必要なものは何だと思うカナ?」
「…魔力ですか?」
「半分正解。もう一つは想像力だヨ。魔法には想像力が必要になるのサ。
ただし、ゼロから何かを作れるのは僕の知る限り一人しかいないヨ。
だからこれからフィアちゃんには僕と意識を同調してそれの一端を知ってもらうヨ。
僕の魔法式を想像できるようにネ」
「同調…」
同調と言う言葉にフィアは驚いた表情を浮かべる。
「僕と意識を同調させて僕の魔法式を構成する思考をたどってもらうヨ。魔剣の同調を人間に行うようなものサ。ただしそれとは用途が少し違うけれどネ」
自分とは別のさらに高位の魔法使いの思考をたどる行為。
もしそんなことができるのであれば、飛躍的にその魔法力を増大させることができる。
さらにドーラは三人の大魔女を教えた師でもある。その実力はこの世界の最高峰と言っても過言ではない。
その魔法使いの魔法を直に体験できるのだ。フィアはドーラの提案に言葉を失う。
他の魔法使いにとってみればそれは垂涎の話である。
「この手法は強烈な毒でもあるヨ。同調させるために、意識が同化したり消滅したりする場合があるのサ。
この手法を開発したのは第二次魔王戦争後。僕の二人の馬鹿弟子に試したヨ。ただしどちらも途中で音を上げたけどネ」
ドーラはつまらなさそうに語る。
「是非やらせてください」
ドーラは三人の大魔女に魔法を教えている。魔法使いの頂点にいるといっても過言ではない。
その者の使う魔法を直に体験できるのだ。
それは思考、やり方、癖をそのまま辿れるということ。
魔法使いにとってそれを行いたいものは山ほどいよう。
「これから僕のくみ上げるのは『八相層壁』。僕の持つ最強にして最大の防御魔法だヨ」
ドーラルイが持つ最強の防御魔法だという。
それは事実上現存する防御魔法においては最強の防御魔法と言ってもいい。
フィアは固唾を呑み込む。
「君も知っての通り魔法戦に置いては攻防のバランスを取らなくてはならナイ。たとえば攻撃3、防御7とかネ」
ドーラの言葉にフィアは頷く。
魔族との戦闘の際にフィアも魔法の配分はしていた。
もし片方だけならば即死していてもおかしくはない。
「ヴィズルやヴァキュラ達が突破された場合、『オルドリクス』このラムードを狙ってくるヨ。
僕はその際に『オルドリクス』を最大の攻撃魔法で迎え撃つつもりだヨ。そして僕のすべての魔法力を攻撃に振り分けるつもりだヨ。
その際、君には防御を担当してもらいたいのサ」
ドーラの持つ最大の攻撃魔法に関して聞いてみたかったが、おそらく自身の理解の外にあるものだろうし、
現状『オルドリクスの魔神器』を最も理解しているのがドーラである。
ドーラならば何らかの手段を持っているだろう。
「ヴィズルの神槍は攻撃に特化してるし、ヴァキュラの『魔力』も攻撃主体。
他の魔族の能力もどちらかと言えば攻撃に特化している感じだからネ。
唯一防御にも使えそうなカリアの『魔装』は、このラムード全体を覆う程まで使うとなればカリアがミイラだネ」
魔族は固有の魔力操作ができる。その一つが『魔装』。これはカリアだけがそれを可能としているものだ。
魔法とは魔力を用いて世界に問いかける技術。使い方によっては魔法の方が効率がいい場合がある。
「ちょっと待ってください。ドーラさんの考えはラムード全体を『オルドリクス』攻撃からカバーするつもりですか?」
「そうだヨ」
こともなげにドーラは言い放つ。
その何気ないドーラの一言にフィアは絶句した。それはどれだけの規模の魔法式になるのか想像もつかない。
魔力も魔法式も空前の規模になろう。
そもそも大魔女クラスの魔法力を持たなければ、こんな巨大な都市を包み込む防御魔法など不可能だろう。
「ドーラさんは『オルドリクス』の破壊力をどの程度だと想定していますか?」
フィアは眉を引きつらせる。
「ヴァキュラのあの攻撃よりは若干低いと見積もってるヨ。…ただ同等と想定しておいてもいいだろうネ」
遥か遠洋で光ったあの大爆発のことである。そんなものからこの都市を護る防御魔法。
それはどれほどの規模のものになるのだろうか予測もつかない。
フィアの動揺をよそにそれをこの男は使うと言った。
「それじゃ、始めるヨ」
フィアは覚悟を決めて、深呼吸すると瞼を下した。




