3-1 フィリンギ
この地には七人の幻獣王が存在しているとされる。
その力は教会の定める魔王をはるかに凌駕し、それぞれが独立し、独自の支配域を持っているという。
そしてそれらはかつて第三魔王クファトスにくみし、その片腕となり人間を絶滅寸前まで追いやったという。
だが勝利も目前と言ったところで七人の幻獣王たちはクファトスに三人の大魔女たちとともに反旗を翻した。
第二次魔王戦争から現在に至るまで幻獣王たちは不気味に、そして静かに沈黙を守っている。
翌朝、ヴィズルはヴァキュラ、ドーラを連れ立ってその場所までやってきた。
雲一つない青空の下、ヴァロたちの目の前には何処までも続く銀世界が何処までも広がっている。
フィリンギと出会うために早朝からヴァロたちは移動をかけた。
ここでヴィズルが足を止める。どうやらここが待ち合わせ場所らしい。
来る前からヴィズルはどこか張り詰めた様子で落ち着きがない。
柄にもなく緊張しているのか、表情がどこか固い。
今回ココルもヴァロたちについてきている。
一陣の風が吹くといつの間にか眼前には一匹の巨大な狼が悠然とヴァロたちを見下ろしていた。
眼前の魔術王はただ黙って一礼する。
周囲を見渡すとそこにいる五人の魔族とフィアはひれ伏している。
状況から考えてその狼が幻獣王フィリンギであることに疑いようはない。
極北の管理者にして六人の幻獣王の一人。
話によればその姿は巨大な狼の姿をしているとされ、極北の地で自身の眷属とともに暮らしているのだという。
いきなりの登場にヴァロは固まる。
「今回の一件、ヴァキュラ。主か」
それはその場にいる者たちの頭の中に直接語りかけてきた。
確認する必要はない。間違いなくフィリンギのモノだ。
とてつもない瀑布のような威圧感が周囲を覆う。
本気のヴァキュラですら霞んでしまうほどの圧倒的存在感。
呼吸すらままならない。まるで大気が凍りついたような印象を受ける。
ヴァロの脇にいたクーナがへなへなとその場に座り込む。
当てられたのだろう。そう言うヴァロも意識をつなぎとめるので精一杯である。
一度ローファと会っていなければ、ヴァロはあてられていたかもしれない。
ちなみにココルはヴァロの影に隠れ、ヴァロの影から出てこようともしない。
本能からその存在を拒否しているのだろう。
ドスン
フィリンギが足を地面に振り下ろしただけで氷で覆われているはずの地面が陥没し、北の大地全体が揺れているような錯覚すら覚えた。
本気ならどれだけの破壊力を持っているのか想像もつかない。誰もがその邂逅に固唾を飲む。
「ヴァキュラ、我の地でずいぶんと勝手をしてくれたな」
「申し訳ございませぬ、フィリンギ殿」
ヴァキュラ以外の魔族は頭を地面にひれ伏していた。
魔族たちの反応をみてヴァロはあっけに取れられていた。
異邦、ゾプダーフ連邦では『爵位持ち』の侯爵以上で教会の定める魔王に匹敵する力があるのだという。
ここにいるのは男爵、子爵、侯爵、伯爵、その最上位の公爵までいるのだ。
そんな化け物みたいな連中が一様にそのフィリンギの前にひれ伏す。
「…覚悟はできておるな」
遠くで見ているだけでも体に電気を通したようなぞくっとした嫌な感触がヴァロの全身に走る。
フィリンギはその鋭い眼光を魔族たちに向ける。
するとフィアがフィリンギの前に進み出る。
「フィア殿」
ヴァキュラは意外そうな声を上げる。
「この魔族たちにドーラルイを助けるように命じたのは私です。もし罰せられるのであれば、私からのはず」
フィリンギを前にしてもフィアは全くたじろぐ素振りを見せない。
フィリンギは目を細めフィアの顔から視線を離さない。
どれほどの時間そうしていただろうか。先に口を開いたのはフィリンギの方だった。
「…サフェリナの子か…」
フィリンギは小さくそう確かに漏らした。
「僕も関係者だネ。僕を助けようとしてくれたのだからサ」
ドーラも脇から口を出してくる。
どれほど時間が経過したのかわからないがしばらくすると、フィリンギから瀑布のような威圧が少しだけ消える。
「…ドーラルイ。事情を説明せよ」
ドーラはフィリンギの前に進み出ると、事情を話し始めた。
「…と言うわけさ。この一件はゾプダーフ連邦の不手際だけじゃナイ。元を正せば『星の民』の遺産が今回の根本原因でもあるのサ」
ドーラは一通り事情をフィリンギに説明し終える。
「奴と同種の力がラムードに眠っている、奴はそれを取り込んで失った力の一部を復活させ、完全体になるつもりだヨ。
リュミーサは言っていたヨ。もし復活したのならばオルカかクファトスでしか『オルドリクス』止めることはできないと」
フィリンギは黙って微動だにせずそれを聞いていた。
すべてを聞き終えるとフィリンギは背を向け、雪原の上を歩き出す。その姿は実に堂々としていた。
「我の土地に傷跡を残していれば、今頃この咢の餌食にしていたところだ」
まるで激情を押し殺したような怖ろしく低い声。
「ヴィズル。今回の一件お主にまかせる。手段は問わぬ。その者達と協力して『オルドリクス』を破壊せよ」
フィリンギはそう言ってその場から歩いて去っていく。
五人の魔族たちは頭を下げたまま動くことはない。
「はっ」
ヴィズルは深く頭を下げる。
「必要とあらば『牙』の開放を許す」
一陣の風が吹いたと思うとフィリンギは視界から消え去っていた。
「死ぬかと思ったぜ」
フィリンギがその場から立ち去るとコブリは冷や汗を手の甲でぬぐう。
それが決して誇張ではないことは他の魔族の表情が物語っていた。
「あれがフィリンギ」
エドランデはだた感心し、カリアは初めて見るフィリンギに圧倒されていた。
周囲を見渡せば、腰を抜かしたクーナにフィアが手を差し伸べている。
ココルはヴァロの背後から出ようとしない。
「その心に刻んでおけ。ラムードに戻るぞ」
ジーリアは振り返ることなくそう言う。
圧倒されていたのは彼もまた同じ。
ジーリアの一言に反応しその場にいたものはは動き始めた。
「それにしても同じ幻獣王でもローファさんとはえらい違いだな」
ヴァロは獅子の姿を幻獣王を思い返し、横にいるドーラに小声でつぶやく。
「ああ見えて幻獣王の中で二番目ぐらいの力を持っているんだけどサ…。ローファは良くも悪くもああいう性格だしネ」
「!」
その事実にヴァロは驚いていた。(かなり失礼な話だが)
ローファとは酒も一緒に酌み交わしている。ヴァロはローファには気前のいい大男というイメージしかない。
あれで今のフィリンギと格上なのだという。
「ローファは基本怠惰で時間にルーズで重要な会議にも遅れてやってくる。ただし妙に人望があるのサ。
フィリンギは他の幻獣王と違って自ら望んでクファトス王に仕えたわけじゃナイ。
この地に手を出さないことを条件にクファトス王の招集に応じたのサ」
ドーラは昔話をするかのようにヴァロに言って聞かせる。
「まさか敵だった者に助けられるとはな」
ジーリアは小さくこぼす。
「ヴァロにフィアちゃん、君たちの力を借りたい。帰ってから時間はあるカイ?」
ドーラの問いにヴァロとフィアは力強く頷いた。




