2-5 再会
その因縁の語るには結社メルゴートの話をしなくてはならない。
フィアたちの所属していた魔法結社メルゴートは第三魔王クファトスを復活を試み、
メルゴートの結社長であるルベリアはその封印地であるフゲンガルデンを攻撃した。
ヴァロとフィアはその当事者である。
フィアは信じていた結社から、育ての親から見放され、フィアは絶望とともに
体に殺されると発動するという封印式を埋め込まれ、フゲンガルデンの僻地に送り込まれる。
異端審問官『狩人』は執行官。はぐれ魔女は処刑される決まりだった。
はぐれ魔女の通報を受け、ヴァロはその小屋に向かう。
そこにいたのは絶望した一人の少女。
『狩人』であるヴァロはそれを拒否し、その少女を捕縛、あろうことかその少女と逃げるという暴挙に出た。
フゲンガルデンの聖堂回境師であったヴィヴィはその状況を悟ると、二人を保護し、魔法結社メルゴートの企てに気づく。
そこで計画の失敗を悟ったメルゴートは力づくでフゲンガルデンを制圧しようとした。
二体の巨人と第五魔王の負の遺産『屍飢竜』を投入してくる。
ヴァロたちは他の異端審問官『狩人』と力をあわせ、それと戦い勝利した。
公表はされていないが、それがフゲンガルデン防衛戦と呼ばれるものである。
かくして魔法結社メルゴートは魔王崇拝の烙印を押され、
異端審問官『狩人』たちに掃滅させられるにいたったというわけだ。
フィアやクーナはそのメルゴートの出身者になる。
メルゴートは『狩人』たちの手により抹消された魔法結社。
かつてヴァロたちは第三魔王クファトスの復活をかけて、フゲンガルデンでそれと戦っていた。
あの戦いからすでに三年と言う月日が流れている。
その女性は書類にヴィズルのサインをもらったのを確認すると、その部屋から何事もないようなそぶりで出て行ってしまった。
「クーナ、知っているのか?」
ヴァロはクーナの腕をつかみ手繰り寄せる。
「メルゴートの元幹部。…フィアの育ての親」
最後の一言は小さく消え入るようだった。
クーナの視線はそのものの去った方向から離さない。
「ヴァロはフィアについていてあげて」
「わかった」
ヴァロは頷くとクーナは小走りにその女性の後を追っていった。
「フェリコ様」
クーナはその女性の影を通路脇にみつける。
その女性は待っていたかのようにバルコニーで眼下の光景を眺めていた。
現在ラムードは夜の時間に入りかけている。白夜の近づく地上ではまだ明るい時間帯だ。
住民のために地下都市は昼と夜を分けているようだ。
眼下の街並は明かりが点在し、さながら宝石のように輝いている。
「来ると思っていたよ、クーナ。今はルジュという名だ。
名を変えても過去というモノはどこまでもつきまとってくるものだな」
振り返ることなくその女性は語る。
「…ヴィヴィ様に会いました」
「ほう、フゲンガルデンまで行ったのか」
フェリコはヴィヴィと言う言葉に驚いた表情を見せた。
「知っていらしたのですか?」
クーナは聞き返す。
「すべてが終わってから…な」
すべてと言う言葉にクーナは表情を歪ませた。
魔法結社メルゴートが『狩人』により滅ぼされた後ということだろう。
幾ら歳が離れようともこの女性もあの時すべて失った者のひとりであることには変わりない。
「…本当にルベリア様と瓜二つなんですね」
「中身は全くの別物だがな」
かつて友人だったそのものを思い出し、彼女は口端を緩めた。
それにクーナは驚く。
「ヴィヴィは元気だったか?」
「はい」
フェリコはクーナが知る限り、自他共に厳しい人間だった。
彼女の授業はそのために皆恐れていた。
クーナはメルゴートでフェリコのここまで柔らかい表情を見たことがない。
クーナは少しだけこのフェリコという女性に対する見方が変わった。
「そうか。フィアとともに来たということは大方の事情は聞いているな」
「…はい」
クーナはヴィヴィからメルゴートが掃滅された経緯を聞いている。
魔王崇拝、それは許されないことでもあったし、それに加え大魔女に反旗を翻している。これは明確な反逆行為だ。
掃滅されても文句は言えない状況でもあったのだ。
ヴィヴィから聞かされた当時は納得のいかないものがあったが、心の整理のついた今ならばどれほどのことをしたのか
クーナはそれを客観的に見ることができた。
ルジュはクーナに向き合うと深く頭を下げた。
「お前たちには本当にすまないと思っている。私たちの咎に引き込んでしまった」
「き、気にしないでください」
ルジュの言葉にクーナはしどろもどろになる。
ルジュ、今はフェリコと名乗っているが、かつてメルゴートの幹部の一人でもあったのだ。
そんな相手に頭を下げられ、クーナは動揺を見せた。
「…あの娘はさぞかし私を恨んでいるだろうな」
あの娘と言うのはフィアのことだろう。何となくクーナは想像がついた。
「私たちはあの娘一人にすべてを背負わせ、贄にしようとした」
クーナの位置からはルジュの表情は見えない。
ただクーナにはそれは彼女の懺悔のようにも聞こえた。
「…」
捕らえられた後、クーナもヴィヴィからその事件の経緯を知らされた。
そして、メルゴートに置かれたフィアの立場やその状況を知ることになる。
自分たちがどれだけの仕打ちを彼女にしていたのか。そして、どれほどのものを奪ったのか。
知らなかったとはいえそれは許されることではない。
「お前の目から見てフィアはどうだ?」
「…才能の化け物だと思います」
クーナは心内を正直に語る。
あの化け物じみた強さの異邦の『爵位持ち』との攻防はクーナの眼に焼き付いている。
正直あの戦闘中、最適な魔法を選択し、あの速度で正確に魔法式を編むことはできない。それも相当な威力でだ。
それはすでに自分たちのいる領域からはるかに外れているとすらも感じた。
他の聖堂回境師とも互角に渡り合えることができるだろう。
あの若さであの才気。あと百年も研鑽を積めば、大魔女の領域に届くかもしれない。
「ここに来る途中、トラードの聖堂回境師選定会議がありました」
クーナは選定会議の出来事を静かに語りだした。
表情を動かすことなくルジュはそれを聞く。
「フィアは…あの子はトラードの聖堂回境師になることをあきらめ、メルゴートの名を背負うことを選択しました。
私はあの子の行く末を最後まで見守るつもりです」
クーナは一礼するとその場を去って行った。
「…メルゴートを背負うだと?」
ルジュは表情を崩すことなく小さく一人つぶやいた。
帰り道歩きながらフィアとヴァロは二人きりになった。
ココルには例の事件に対する住民等の反応を調査してもらっている。
ドーラは魔族たちとともに先に帰ったらしい。
二人きりで夜の外套の下を歩く。
「育ての親だったんだな」
「うん」
ヴァロの問いにフィアは小さく頷いた。
「あの時私がフゲンガルデンに向かうことになって…ただ唖然とした」
少女は他人事のようにそれを語る。
「…」
「…ああこれでだれもこの世界に私を必要としている人はいないんだなって思った」
フィアの言葉にヴァロは言葉を詰まらせる。
それは子供の思考ではない。はじめてフィアと出会った時、彼女は自分を殺してほしいとヴァロに言ってきた。
ただ絶望の中にいるだけではああにはならない。
希望を知らなくては絶望はない。
おそらくこの少女は自分が信じていたものに一度裏切られている。初めてフィアと出会った時ヴァロはそんな印象を受けた。
それは間違いではなかったらしい。そしてフィアを絶望に突き落としたのがそのフェリコ…今はルジュという魔女らしい。
「恨んでいるのか?」
「なんで?」
フィアは不思議そうにヴァロを見る。
「なんでってそりゃ…」
「あの人にはたくさんたくさん叱られたけれど、今思い返すと悪いことばかりじゃなかったなって。
私を思って叱ってくれたんだなって。時間が経ってだんだんわかってきた」
「今思い返せばあの時はああするしかなかったんじゃないかなって思う。
今の立場になってそれが少し理解できるようになってきた。…もちろんそれは私の勝手な想像でしかないんだけど」
組織は異物を許さない。
一人が抵抗しても濁流のような奔流にそれは無意味だ。
最悪異物として外界に放り出されることもある。
この世界で魔女として結社を放り出されるということは魔法使いとしての死を意味する。
この世界ははぐれ魔女にとって残酷だ。
その存在は世界にとって異物であり、そうなれば教会から異端審問官『狩人』を差し向けられる。
人間は魔女の持つ力が怖いのだ。
あいなれない力を恐怖すると言う点では、人間も魔女も一緒なのかもしれない。
「…私が出て行ったとしてももう彼女は自分の生を生きてるんだもの。今更私と言う過去が出て行って何も言えない」
フィアは力なく笑う。
「フィアはいいのか?」
「私はあの人が生きているってわかっただけで十分。だからヴァロ、しばらくこうしていていいかな」
フィアはヴァロの腕に顔を摺り寄せてきた。
こうみると出会ったころと全く変わらない。
フィアの髪を優しくなでながら、これから先この少女にとって世界が優しいものであることをヴァロは心の底から望んだ。




