自己犠牲で世界を救った英雄のヒロインが、世界を滅ぼす魔女へと闇堕ちするまで
「我が剣は我が心と太古の12神と共にありッ!これで決めますっ!《カリヴァーン》!!」
少女の持つ金色の剣から眩い光が溢れ出す。光は薄暗かった魔王城を瞬く間に大きく包み込み、遥か遠くの世界にまでその光を与え、届ける。無限の星々が宝石箱から飛び出ていくかのように溢れ出し、星屑のように弾ける。魔王城にかつての不気味な仄暗さはもう無く、圧倒的なまでの輝きが終わりの間に溢れかえって居た。
恩恵の剣【カリヴァーン】。どんな魔剣や聖剣でも通じない魔王の不老不死の肉体に、神々しい光の一撃を与え、同時に世界に恩恵と幸福を与える。
そんな神話にでも出てくるような剣を……少女が代償なしに使えるわけがなかった。
「ヴィオラ!!お前っ!やめっ…やめろ!!」
「そうだヴィオラ!それを使ったら君の身体も心もどうなるかわからない!」
分かってるよ。分かってる。それでも私は世界に光を取り戻したい。笑顔を取り戻したい。私がこうすることで、全世界に配置された人類絶滅術式が止まるんだ。
誰かがやらなきゃいけないことなら、私は迷わず自分を犠牲にする。世界のみんなが幸せになれるなら、喜んでこの命を世界のために、神のために捧げよう。
私は、勇者だから。
あはは、やっぱりちょっと怖いな……。まだやりたいこと、あったのにな。でも私は勇者だから……仲間たちの前ではとびっきりの笑顔でいなくちゃいけないのだから。
「大丈夫。大丈夫だから。だからみんなはここから離れて!多分直ぐ崩れちゃう!崩落する前に早く!」
「バカ!!お前も逃げんだよ!みんなで生きて帰るって約束……したじゃねぇか」
王国No.2の勇者:アレクセイが苦しそうに顔を歪めている。今にも泣き出しそうなその表情には、勇者ヴィオラへの恋心が強く含まれている。それは他の剣士や魔道士、武闘家などにとってもそうだった。
彼女は知らない。自分が、勇者:ヴィオラが皆に愛され、皆に尊敬され、大切に思われていたことを。
「ヴィオラ!今ならまだ手が届きますわ!術を解いて!今行きますから!!!」
「ニーナ」
「な、なんですの?」
「今までありがとね」
そう言って私は微笑む。宮廷魔道士のニーナ:グルゼオンは私の友達。旅の途中何度も助けられた。銀髪が美しい小柄な少女は必死に私に呼びかけている。でももう遅いんだ。
カリヴァーンが発動する。
「へぇ、良いの?君は僕と心中するつもりかい?恩恵の剣を使った人間がどうなるか、知らないはずないでしょ?」
目の前で光に囚われ、苦しそうに喋るこの男が魔王:バロム。異界序列2位の大悪魔らしい。
この男との間にも色々あった。まだ魔王だって知らなかったあの時だって、バロムは私にかけがえのない日々を与えてくれた。こうして敵対する身となってしまったけれども、だからこそ彼となら最期を共にしてもいいかもしれないと思ってしまう。
これが……恋…だったのだろうか?
「えぇ魔王知っていますとも。でも、これしか貴方の暴走を止める方法はないのです。だから、滅びなさい!!」
魔王の身体にカリヴァーンが鈍い音を立てて突き刺さる。
途端、光が満ちた。次に城内が崩れる音。どうやら愛しい仲間たちは皆退避したようだ。最後まで残ると言って聞かなかったニーナやアレクセイ、他の人たちも多分、大魔道士:ヴァリニャーナが転移させてくれたのだろう。彼ほど優秀な大魔道士なら私のいない後の王国を導いてくれるに違いない。
ああ、安心した。
術式カリヴァーンは魔王の身体をいとも簡単に貫いた。魔王を殺したことによってジ・エンドは止まる。そして世界には恩寵が届き渡り、大地が、草木が、人が、命を作っていく。私はそれを見届けることはできないけれど、世界の片隅で誰かが私の名を、覚えていてくれるのなら、私はそれで満足だ。
「……?」
そっと、剣を突き立てた魔王の腕がゆっくりと私に向かって伸びる。彼の体温が伝わってくる。彼が、魔王が私を抱きしめていた。すごく暖かくて、心地いい。
私は気付いたら、涙を流していた。
「結局、君を僕のものにすることは叶わなかったな。……なかなか珍しいんだよ?僕が言い寄ってここまで靡かなかった女の子は」
「あら?カリヴァーンが刺さっているのに随分と元気なんですね。ふふふ、私を落とそうなんて100年は早いのですよ、悪魔さん」
こうして彼と楽しげに言葉を交わすのはいつぶりだろう?皮肉にもそれが最期の瞬間となってしまった。まぁ王国No.1の勇者と、世界の覇者である魔王が恋人なんて絶対にありえないのだけれど。
その瞬間は唐突に訪れた。私の胸を、一本の剣が貫いたのだ。それも……背後から。
「あ、あれ?あ、いた、い………よ?」
「ふ、ふふふ」
「……あ、ゔぁ、ヴァリニャーナ?う、そ……」
苦しみながら振り向いたその前には金髪の大魔道士ヴァリニャーナ。とても残忍な笑みを浮かべて、獅子をかたどった紋章の剣を私に突き刺していた。その狂気を露わにした表情に、思わず息を飲む。
「貴方に……天の国にまでこのネックレスを持っていかれては困るのさ。王位継承権を与えるこの聖十字の魔石は、きっちり回収しろとの命令でね。ああ、悪く思わないでくれよ?君は、勇者ヴィオラは華々しく戦い、魔王と相打ちになって死んだという伝説は残るのだ。君は英雄になるのだよ、伝説という名のね」
そう言ってヴァリニャーナは私の首から赤色の宝石が埋め込まれたネックレスを外し、道具ポーチへとしまった。
「なん……で……」
口から真っ赤な塊が零れ落ちる。苦しい。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
「君には伝説になってもらわないと困るのさ。君は強くなりすぎた。その上王位継承権まで得られたらこっちの組織は溜まったものじゃないんだよ」
「王位継承なんて……私は……どうでも……」
「君を利用する連中だっているのさ。それが邪魔なんだよ」
「そ、ん……な」
「だから君には自分から犠牲になってもらうよう仕向けさせてもらった。こうなるような状況をいくつも作り出し、最終局面でこうなるようにことをうまく運んだ。魔王を倒せるかどうかは不安だったが……さすがは王国No.1の勇者だ。いやぁ賞賛に値する戦いぶりだったよ」
「……」
「それでね、君には伝説になっていてもらいたい。だからきみが普通の少女であったという記録は要らないのさ。君には王国勇者としての履歴しか要らない。故に、
君の家族にもみんな消えてもらう。」
「なッ!?」
え、家族?お母さん、お父さん、叔母さん、妹に……消えてもらう?
「いやぁ、私たちを仲間と思い込んでくれて有り難かった。やり易かったもんだ。ああ、そろそろ時間だね。カリヴァーン発動から5分だ。それでは良い旅を、おやすみヴィオラ」
「ま…………て」
なんとか声を出そうとするも口から大量の血が溢れ出てくる。それをみて、ヴァリニャーナは握っている自分の杖で地面を軽く叩いた。すると魔王城の無機質な地面は簡単に割れ、私たちはそのまま地下深くへと落ちていく。
上で、悪魔のように微笑んでいるヴァリニャーナが見えた。
「あはは、はは、ずっと…仲間だと思ってたのにな……こんな、こんな終わり方って。やだよ……死にたくないよ」
自己犠牲に酔って、内に抑え込んでいた感情が一気に溢れ出た瞬間、私は大粒の涙を流してバロムの服をぎゅっと握りしめた。
嫌だよ……だれか……助けてよ。
「バロム……助けて……」
私の意識はそこで途切れた。
◇◆◇
夢を見た。お母さんと、お父さんと妹のメアと、叔母さんと、みんなで山奥の畑で野菜を作っていた、懐かしい思い出。
王国勇者として宮廷に入り、様々な訓練を受けた思い出。
宮廷でたくさんの友達が出来た思い出。
王様の命令で、大部隊が組まれ、その指揮権を与えられた思い出。
ちょっと口が悪いけどカッコよくて優しい勇者アレクセイや、いつも私を気遣って一番に回復魔法をかけてくれた魔道士ニーナ。いつも紳士的で、イケメンで、礼儀正しいのに、やるときは熱血になって仲間のために戦ってくれた武闘家ジラファ。お調子者のエルフ族パリスやちょっといじわるな弓兵アーチ。他にも付き従ってくれた騎士団のみんな。そんな彼らとの旅の思い出。
そして、魔王バロム:ステラフォンとの出会い。
まだ、やりたいことがたくさんある。まだ生きていたい。
まだ、わたしは_______!
あれ、生きてる?
「あ、あれ?」
起きた場所は小さな木でできた小屋。暖炉があって、テーブルがあって、ベットがあって……私は、どうしてここに……?
鏡がある。恐る恐る鏡に映る自分の顔を覗き込む。たなびく金色の髪、少し大人しめな表情は何一つ変わっていない。でも一つだけ。
「目が…緑から赤に…」
背後で音がした。瞬時に振り向くとそこには、
「ああ、起きたね。なかなか起きなくて心配したよ。あ、寝てる間に変なこととかしてないからそこは安心して」
そこには見慣れた顔、さっき剣を突き立てた相手、魔王バロムが立っていた。何も変わらぬいつもの優しげな顔で、その美青年はコーヒを飲んでいた。
「あ、あの、バロム?ここは?私は、何故」
「ここは魔王城の近くの山の奥にある小さな小屋。誰もこないから大丈夫だよ」
「ええと、私は……うッ!」
激痛が走る。剣を突き刺されたあたりだろうか?
「ああ、まだお腹の傷が塞がってないからあんまり無理しない方がいいね。術式でボロボロになった君の身体をここまで修復するのだって結構な時間を要したのだから」
「え?か、カリヴァーンの代償を、修復してくれたのですか?」
「まぁね、でもカリヴァーンの代償は大きいんだよ。だから君は……もう正義の勇者ではない。」
「……?それはどういう」
「君の身体はもう半分魔人、いや女の子なら、魔女といった方がいいだろうか?そういうものになってしまっている」
「魔……女……?」
「身体に高濃度の魔力を溜め込み、時に邪悪な心に支配され、国や人から忌み嫌われる魔女。そんな魔女になったことが、カリヴァーンの代償だよ」
魔女。魔女なんてお伽話だけの存在だと思っていた。
人間が魔族と呼ばれる異形に変化してしまうという呪いはいくつか存在する。魔族になる際理性を失ってしまうと、それは魔物となる。しかし理性を保ったまま魔族になるものがたまに存在する。それが魔人、魔女の存在である。
基本的に魔族変化の呪いは強力なため、過去この呪いを受けたものはどんな歴戦の勇者でも理性を失い、魔物へと変化してしまった。理性を失った魔物が暴走し、国が滅亡したケースは多々ある。
故に理性を持ったまま魔族へとなった魔人、魔女は更に危険なものとして人々に恐れられている。そんな魔女に……私が?
「魔女はね。基本的にもう身体が成長することはないんだ。つまり、君はもう、ずっとそのままになってしまった」
「え!?」
ずっとそのまま。もう成長することなく、18歳の姿のまま生を終える。それは普通の人が聞けば発狂してしまうかもしれない事実だった。けれども、
「意外と何も思わないです。これも、カリヴァーンの代償だったりするのでしょうか?」
「確かに感情もいくつか代償として持っていかれたらしいね。人間らしい感情や倫理観が欠如した可能性だってある」
「でも、多分それだけじゃなくて、こうやって生きているだけでもありがたいと思えたから………だと思う」
「……」
「自分を犠牲にするなんていっておきながら私、やっぱり生きたいって心のどこかで思ってた。死を覚悟するなんて、もっと簡単なことだって思ってた」
覚悟が足りない。そう言われても仕方がなかった。でも、
「それでいいんだよ」
「え?」
黒髪の魔王は優しい表情で口を開く。
「君はまだ幼い。そんな覚悟を若い女の子がしなければならない世の中が間違ってる。だいたい君のような可愛い子を遠征軍の総大将に任ずるなんて王国はどうにかしているよ」
「か、可愛い!?は、恥ずかしいのであまり言わないでください!」
「ん?何回でも言おうかい?可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
「な、ななな、ななななななぁぁ!」
ダメ……すごく恥ずかしい!!私の心臓がすごい速さでバックンバックンって言ってます!
「顏、真っ赤だよ?」
「バロムが変なこと言うからです……」
「何その上目遣い凄い可愛い」
「んーー!また言った!」
バロムがクスリと笑う。彼はやはりよくわからない魔王だ。そもそもなんで魔王なのかよくわからないくらい性格は穏やかだ。戦闘となればさすが異界序列2位なだけあって圧倒的な力を誇るものの、普段の彼からはそれをカケラも感じられない。
「コホン!私が魔女になってしまったことは分かりました。ではバロムはどうやってここまで?カリヴァーンが貴方を殺したはずなのですが?」
「あー、僕はさ、二度殺さないと消滅しない身体になってるの。それが魔王の不老不死と呼ばれる所以だよ」
「え!?じゃあ、あの勝負は……私の負け?」
「君だって生き残ったんだから引き分けだよ。僕がなんのために君を助けたと思っているのさ」
「……なんのためですか?」
「好きな女の子を助けたいと思うのは素だと思うよ?」
「……若干今なびきそうになりました。危なかったです……」
「靡いてくれてもいいのに」
バロムのがっかりそうな顔がこれまた実に面白い。だけどね、今日は特別です。
「でも、嬉しいです。ありがとう、バロム」
「………………」
「……どうかしましたか?」
「いや、流石は王国でも有数の美少女。数々の男を魅了し、惑わせた現代のクレオパトラだねなんて」
「そこまでですか!?あと惑わしてません!」
「ふふ、そうだね」
改めてバロムを眺める。見た目はただの黒髪の色男で、幾多もの女性が正体を知らずに迫ったことがあると聞いた。彼にとってそんな恋愛はシュミレーションにしか過ぎなかったのだろうけれど。
「じゃあ次の質問です。あれから何日経ちました?それと、王国の動向は?」
「そうだね……魔王城が崩れてから丸三ヶ月は経ってるね」
「え!?私、そんなに眠ってたんですか……」
「まあ、治療のために強い麻酔を打っていたから仕方がないよ。それと王国なんだけど、やっぱり君は英雄として祭り上げられていた。でも、それだけ」
「それ、だけ……それはどういう?」
「大魔道士ヴァリニャーナがさらに中央政界に進出し、また各国の王家や首脳部が僕の旧領の分配についてしか興味がなくなったとでも言おうか?君は既に過去の人だ」
「……………………そういえば、私の家族は……?確か……」
「君の家族?どうかしたのかい?」
思い出せ!!ヴァリニャーナが最後に言った言葉を。なにか、何か不吉な言葉を!
その時、たしかに思い出した。彼の、仲間だと信じて疑わなかった彼、ヴァリニャーナの悪魔のような笑みを。そして、彼から告げられた、大人たちの都合と、欲望と、打算で満ちた、身勝手な意志。これから、彼がなそうとしていること。
身体から力が抜けていく。思い出した、思い出してしまった。心配して駆け寄ってくるバロムに目を向けることもできず、私は目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。
「あ、あぁ…」
「?」
心配そうに覗き込むバロム。すがらずには、居られなかった。
「い、今、今すぐ!今すぐ家族のところに行かなくては!ヴァリニャーナが!みんなを消すって!どうしよう!」
「____ッ!?本当かい!?」
「今すぐ!痛っ!!ぐ……くぅ……」
「まだ、完治してないから無理しないで。僕が君を連れて行こう。場所は?」
「いいの、ですか?」
「………もう僕には、君しか残っていないからね……」
「……ありがとう」
「いいや、こちらこそ」
「……イタリナ地方の農村部です。近くまで行けば多分わかります」
「分かったよ。でもその前に、君は今死んだことになっているわけだ。人と接触するのはマズイ」
「……そうですけど、でも時間が!!」
「だから、少し魔法をかけさせて」
「え?」
その瞬間、黒い光が私の身体を覆った。何かにじわじわと侵食されている感じなのに、どこか安心する。
「できたよ……きみの綺麗な金髪を変えてしまうのもどうかと思ったけど、こっちもとても可愛いよ」
私の金色の髪はそれはそれは夜のように深い黒の髪に変化していた。憂いを帯びた幼い表情とその赤眼と合わせれば、これを魔女と呼ばずにしてなんと呼ぶのだろうか?それに、気付けば私は黒いドレスを身に纏っていた。
「とても似合っているよ。それなら誰も君を勇者ヴィオラだと思わない」
「なんか一気に闇堕ちした気分です……複雑です……」
「いいじゃない。魔王の手によって闇の心へと堕ちてしまった英雄の少女。まるでお伽話だ」
「そんなお伽話読んだことないですよ……」
バロムはさらに私に黒い帽子をかぶせる。魔女のかぶるような大きな帽子。私は自分を幼い顔だと思ってはいるが、黒髪になったらどうやら少し大人びたようにも見える。これはこれで少しいいかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行こうか。《転移魔法》」
小屋の中に黒い光が満ちる。バロムの魔法はみな黒い魔法。つまりバロムは黒魔道士でもある。対して私は光の魔法。正反対の魔法だ。
無事だよね……?だって、そうでなかったら私は……なんのために自分を犠牲にしてまで世界を……!!
◇◆◇
「ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
目の前には四つの棺桶。イタリナ地方の農村部にある小さな教会。私の家族は……みな、そこで眠っていた。それも苦痛に満ちた表情で。家も焼けてしまって何も残っていなかった。
「世界を救った少女に対する仕打ちがこれか……王国はどこまで非道なんだろうね」
ただ叫び声だけが出てくる……でも涙が出てこない。これも代償かもしれない。なんで?どうして?みんな関係ないのに!
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?
寂しい教会だった。寂しい村だった。だから葬儀にもあまり人は来ていないようだった。死んだ目をしたおばあさんがこちらを見ている。それを構うことなく、私はただ叫び続けた。
「もういいの?」
「……いくら泣こうとしても、涙が出ませんでした。どうしてでしょうね」
「これをしたのは多分……」
「王家、ヴァリニャーナ、かつての仲間、他の国の王家や首脳部、色んな可能性が挙げられますね。ひょっとしたらみんなグルとか?もう……誰も信じられませんね、あはは」
もう大体わかってる。地元の人が、王国軍がこの村に入っていくのを見たそうだ。わかっていたけれど、頭は、それに追いつかなかった。けれど、湧き上がってくる感情はある。理解を通り越して、心の奥深くから、ドス黒い感情、今まで抱いたこともないような感情が、一気に湧き上がる。
そうだ、殺さなくては。
「これから…どうする?」
バロムが問いかける。もう、考えることもない。
私は迷わず、こう言う。
「決まってるじゃないですか。
復讐します」
「……いいのかい?」
「何がですか?」
「昔の君ならそんなことは言わなかった。復讐の道に堕ちれば、君は戻れなくなる」
「……私は、魔女です」
「そうだね」
「泣き寝入りなんかしてあげません」
「覚悟は?」
「ありますよ。王国の連中を、ヴァリニャーナを、かつての仲間を、私を利用した人たちを……この手でズタズタに引き裂いて地獄に落としてやりたい」
「できる?」
「1人なら無理かもしれません。でも、貴方が一緒ならできるかも」
「協力……しろってことかな?」
「そうです。バロム、私の復讐に協力してください」
深々と頭を下げる。かつての私だったら信じられないようなことを言っただろう。
虫も殺せず、ただ周りを愛し、愛されてきた私が。魔族さえ殺すのを躊躇った私が、あっさりと冷たく、奴らを殺すと宣言した。もうそれほどまでにタガが外れたのだ。
殺シタイ。王ヲ殺ソウ。アノ魔術師ヲ殺ソウ。ペテン師共ヲ皆殺シニシヨウ。
身体を侵食する黒い感情。全身の血液が黒く染まったかのように、急激な私の内部が作りかえられていく感覚。
協力を申し込んだ私だが、正直自信はなかった。バロムとは短い付き合いだし、何より敵同士だったのだ。だから、彼をじっと見つめて、その答えを待った。
バロムは、というと、何か躊躇っていたようだったが、しばらくして、ようやくその口を開いて、こう言った。
「僕はね……許せないんだ。僕の妹を奪った王国が」
「いも、うと?」
「うん、僕の妹は、魔女と呼ばれてた」
「____ッ!?それは……」
「追い回されて、戦って、傷ついて、捕まって、妹はとうとう火炙りにされた。本当は魔女ではなかったのに……魔女狩なんて風習の所為で」
「…………」
「僕は王国も、世界も、何もかもが憎い……君と同じだよ」
「私……貴方に乗せられたのですか?」
「まぁそうだね。でも、後悔はないんだろう?」
「……ええ、貴方と共に、復讐する。もう決めました」
「そう。じゃあ君と僕はパートナーだ。終焉の魔王と伝説の英雄のパートナー。いや、今は始まりの魔女と呼ぶのが相応しいかな?」
「始まりの魔女?」
「この国には魔女はまだ生まれたことがないんだ。それなのに魔女狩で1万人もの人が殺された。ひどい話だよ」
「始まりの魔女……いいですね、ちょっとカッコいいです」
そう言って私は手近にあった彼岸花を一本、ぽきっと折って頭に飾り付けた。
黒髪赤眼の見た目幼い少女が、彼岸花を頭につけ、悪魔と共にいる………その姿はまさしく魔女。
「あの……」
「?」
後ろを振り返るとそこには先ほどの老婆が立っていた。
「貴方は、もしかして……この村にいた……。いいや、あの子は死んだと聞いた。では貴方は一体どこの誰なのかい?」
「私、ですか?あぁ、そうですね。
《始まりの魔女:ルカ》とお呼びください。ご老人」
ドレスのスカートの裾をあげてお辞儀する。そうしてバロムと共に歩き出した。ここにはもう来ないだろう
「なぜ、ルカという名前を名乗ったの?」
「太古、神話に出てくるルカ神は、12神に裏切られた為に復讐の身に堕ちた神様ですよ?今の私そっくりじゃないですか」
「苗字はどうするの?」
「そうですね……貴方のステラフォン、お借りしてもいいですか?」
「あれ?それって夫婦ってことでいい?」
「な!?い、いいわけないです!やめますやめます!ええと、べ、ベルンヴィオラ!私の元の名前に、お伽話の魔女ベルンの名前をくっつけました。どうでしょうか?」
「いいんじゃないかな?始まりの魔女ルカ・ベルンヴィオラ。別にステラフォンでもいいけど」
「しません、絶対にしません!」
「ふふ、さぁ行こうか」
「ですね、目指すは王都ルーナです!レッツゴーです!」
そう、これは復讐を誓った少女ルカと魔王バロムが、復讐を遂げるまでのストーリー。千年後の歴史にまで深々と名を刻んだ2人の魔族の物語。
◇◆◇
「ヴィオラ……俺は……お前が生きてるって信じてる…」
「俺もさ……絶対に探し出してみせる」
勇者たちはそれぞれ恋した少女への思いを募らせる。
「わたくし、絶対に見つけますから、ヴィオラ」
ニーナの願いは届かない。
「魔王の旧領、カリオダ鉱山には帝国より先に侵攻しなくては、ああ、これも勇者ヴィオラのお陰ですね」
「全くだよヴァリニャーナ君……良い勇者だったよ。こうして死んでまで王国を支えてくれたのだから」
「一度抱いてみたかったですなぁグヒヒヒ、あれほどまでに美しい少女を」
「大臣、少し品がないですぞ」
「まぁいい。じきに帝国や連合王国、神聖帝国や東方共同体、連邦政府も魔王領目掛けて侵攻するだろう。我々も急がなければ」
「ああ、勇者ヴィオラに、乾杯、だ!」
◇◆◇
「見えてきましたね。王都ルーナへの街道」
「ごめんね、あの転移魔法が使い捨てアイテムから得た術だから、歩かざるを得なくなってしまった」
「気にしてないのです!さぁ行きましょう!旅はまだ始まったばかりなのですよ!」
「ああ、行こう」
はじめての短編でした。なんか楽しかったです。