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狂感覚に誘われ  作者: 亡霊
ep,2 
11/12

狂い損ねている命の換金者。

 「ねえ、出てきてくれる?報酬の受け取りと、新しい依頼を受けに来たんだけれど」


 再び、彼女は虚空へと呼びかける。最初こそ気が狂ってしまったのだろうかと心配したが、見えていないだけで誰かいるらしい。


「久しいな。流石に今回の仕事は手間取ったと見える」


 その声が聞こえてきた空間の一部が歪んで、その中から禿げ上がった頭に深い皺が刻まれた顔をした老人が現れた。おそらく拡張現実系統の魔法だろう。自分の存在を無いものとして現実内に定義する、高難度魔法の一種だ。

 俺も少しの間なら出来るが、あんなにも長時間完全に姿を消すことが出来るのは、魔術師の中でも稀有だろう。


「そちらさんは誰だ。見かけん顔だが……お前さんの連れか」


 銀縁眼鏡の奥からこちらを覗き見る刺すような眼がこちらに向く。消去法で導き出したのであろう俺の立場は、まあ間違ってはいない。


「ええ。初めて気の合う人間に出会えたの」


 彼女の発言を聞き、老人のこちらを見る目が変わった。ワザとらしいほどに驚いた顔をして、俺と彼女を交互に見る。この女と気の合う人間など存在するのか、とでも言いたげだ。


「お前さんは完全なる狂気だと思っていたが、まだ狂人の域に留まっていたらしい」


 どうやら、この老人は彼女のことをよく知っているらしい。

 殺人斡旋所なんてやっている人間が他人の狂気を語るなど滑稽だが、彼は此方側の人間ではないのだろう。つまりは盗賊的殺人加担者。他人の命を散らすこと自体を目的とするのでなく、換金するためにそれを刈り取る黒き労働者。それが彼の本質なのだろう。


「さて、報酬と新しい依頼だったな。前者はもちろん渡すが、後者は既に止めているんだ」


 老人はそう言って、どこからともなく袋を出現させる。また魔法なのだろうが、系統はよく分からなかった。  

「なぜ?まさか、その歳になって天国行きの切符が欲しくなったわけじゃないでしょう。神にすくわれるのは足だけだって、あなたも知っているはずよね」


 報酬の中身を軽く確認しながら、彼女は不思議そうに老人に対して呟く。声のトーンがいつもより下がっているのは、老人の引退を悲しんでいるからなのだろうか。


「天国や地獄などというのは死に恐怖した人間が生み出した幻想に過ぎず、死の後には何も続きはしない。だからこそ、残り僅かの命を穏やかに過ごしたいと思うのが、無神論者である人間の(さが)なのではないかね」


 静かに笑う老人の掠れた声は、ひどく疲れているようだった。

 その声を聞き、俺は疑問を覚えた。


「じゃあ、どうして未だにこの場所にいるんですか。静かに隠居生活したいなら、どこか遠くにいってしまえばいいじゃないですか。あなたには財力も魔法の技術もあるでしょう。手段を持っているのに、なぜ、そうしないのですか?」


 目的と手段を持つ者が、行動を起こさないというのは、俺にとって理解できるものではなかった。目的が分からない、あるいは達成するための手段が無いのであれば仕方がないが、この老人はそうではないだろう。


「今更、この老躯でどこへ行けというのだね。私には何もない。幼いころから今までずっと、食べるために盗み、生きるために殺してきた。若いころは直接的に、体が満足に動かせなくなってからは間接的にな。そんな私が唯一持っているのが、この部屋だ」


 哀愁漂う語り口に、俺はこの人のことがますます分からなくなる。人生の大半を殺人に費やした人間だというのに、どこも狂っていないように見えてしまう。

 まあ、三人の死骸が転がっている血濡れた惨状でしんみりと話が出来ている時点で、常人の域は脱しているのだが。


「もう住み始めてから十年になる。以外と殺し屋には律儀な奴が多くてな。だから、殺人の斡旋などという不安定な職を続けられた。そんな奴らの中に、未だに報酬を受け取りに来ていない者がいる。殺人の斡旋を止めるのは自由だが、私には奴らに報酬を渡す義務がある。少なくともそれまでは、此処を離れるわけにはいかんのだよ」


 それはそれは律儀なことで。自己犠牲の精神など、敬虔な信徒しか持ち合わせていないものだと思っていたが、そうでもないらしい。


「殺人鬼ほど利己主義な人間もいないと思っていたけれど、あなたは例外みたいね」


 貨幣の確認が終わったらしい彼女の問いかけに、老人は微笑んだ。


「お前さんにとって殺人は道楽に過ぎないのかもしれんがね、私にとっては人生そのものだったのだよ」


「なら、なぜ今更になって止めるの?」


「言っただろう、私は静かに暮らしたくなったのだと。それ以外の理由など無い。まあ、しいて付け足すなら、他人の死を感ぜずとも、自分の死を間近に感じるようになったからかもしれんな」


 無気力に言い放たれた言葉の響きは空っぽで、感情の欠片も含まれていなかった。


「理解に苦しむわね」


 彼女の声音は不機嫌そのもので、残念さが滲み出ていた。どうも彼女と老人は、仲が良かったらしい。

 咳払いをした老人は、この話はこれで終わりにするらしく、視線を床に転がっている三体の死体と一体の気絶した騎士へと向けた。 


「先に言った通り、死体はこちらで処理するが、息をしている一体は何かに使うのかね?」


「ああ、それには訊きたいことがあるんです」


 これ以上、この老人と話しても得るものはなさそうなので、話を訊く対象を変えることにする。

 これからの行動を考えるためにも、憲兵がこちらの実体をどれほど捉えられているのかを知っておきたい。

 初めての拷問になるが、鳴かぬなら、泣かせてみせよう、の精神でやっていこうと思う。

 正直、楽しみだ。


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