いつもの罵声、いつもの暴力、いつもの事
「何故だ!」
ランプの明かりに照らされた顔に青筋を浮かべる父は、怒鳴り声を上げながら、振り上げた拳を僕の顔面に叩き付ける。今日はいつもより少し力が強く、口内が切れた。鉄の味がする。
「お前には一流の教育を施し、一流の装備を持たせ、一流の本を与えている。それなのになぜ、お前は一流になろうとしないのだ」
言っていることはいつもと同じ。今回は、僕が剣術の大会で二位だったのが気に入らなかったらしい。
「お前は俺の息子なのだぞ。才幹がないとは言わせん。なのに何故お前は、どの分野でも一流となれないのだ」
父は商売の才能を発揮し、一代で莫大な財産を築き上げた。だからか、自分の息子にも何かしらの才能があるのだと何の根拠もなく確信している。
僕は、そんな父の想いに振り回され、さまざまな分野の教育を施された。だが、残念ながらどれも良いとこ止まり。父の金と僕の自由を削っているから、どれもある程度はものになるのだけれど、努力だけでは才能を持ちながら研鑽を重ねてきた天才たちには敵わなかった。
「今までいくら金を注ぎ込んだと思っている!」
僕の沈黙に対する、再びの怒号。
もし、ここで言い訳をしても、それに対する怒号か、拳か、もしくはその両方が飛んでくるということは過去から学んでいる。結論が変わらないのなら、過程はなるべく楽に過ごすべきだ。よってここでの最適解は、申し訳なさそうな表情のまま、時が過ぎるのをただ待つこと。
そんなことを考えている内に、父の表情が怒りから呆れに変わってくのが見て取れる。
父は、僕みたいな息子であるだけの人間に割ける時間は少ない。そして今、この時間がどれほど無意味かを理解できないほど愚かではない。
「もう良いじゃありませんか。二位だって凄いことですよ」
ずっと隣で父の顔色を窺っていた母が、父よりも大分若い顔を美しく見えるように微笑で化粧して、落ち着き払った声音で場を終息させるべく切り出した。
「……ふん、俺をこれ以上失望させるなよ。いいな」
少し間を置いて、一番威厳が出そうなタイミングを見計らい鼻を鳴らす父は、言葉に怒気を込めて僕を脅す。これで、今回の叱責は終わりだ。
僕は一礼し、父の部屋から出て、自分の部屋へと戻る。
扉を開けた先にある、父の趣味で装飾された室内では、椅子と机とベッドがそれぞれ一つずつ、窓から差す仄かな月明かりに照らされている。
僕は窓から見える満月を一瞥した後、天井に釣り下がったランプを灯す。優しげで暖かな光が、室内を包み込む。父の部屋を照らしていた物と同じ光源のはずなのに、何故かそう感じた。
一息つき、机の上にある本を手に取る。タイトルは魔法学・雷系統Ⅲ。今、習っている魔法学の教科書だ。
ベッドに腰掛けページをめくると、堅苦しい表紙とは裏腹に、実に不明瞭で理解困難な説明が申し訳程度の挿絵と共に記載されている。
魔法を学ぶにおいて、百聞は一見にしかずという言葉がいかに真理であるかを理解せざるを得ない。何しろ魔法とは、現象の過程から結果までのイメージを連続して行うことで、現象を顕現させる技術だからだ。
脳内の繊細で複雑なイメージを、全て明確な言葉で簡潔に書き留めることは困難極まる。基礎だけならば文章と図で解らないこともないが、ここまで来ると理解は無理だ。
それでも、僕は本に目を通す。やるか、やらないからならば、やった方がいいに決まっている。
それに、どうせ僕には他にやることが無い。僕は率先して何かをしたくなったことが無いのだ。いつも目の前にやるべきことはぶら下がっていたが、やりたいことをぶら下げたことは一度もない。
夢が、希望が、僕の中に無いわけではない。きっと探せば見つかるだろう。でも、もはや知りたくはない。僕はもう諦めているのだから。
彷徨いかけた思考と視線を、難解な本へと戻す。