第八話 魔王、王都へ
俺達が冒険者になって一年。
俺達は今、馬車に揺られて王都へと向かっている。
…何故こんな状況になったのか。
事の始まりは一週間前の冒険者ギルドで、俺達がとある依頼を受けさせられたことにあるのだが…。
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「よお、マオ、ユウ。Cランクへの昇級おめでとう、と一応言っておくぜ。」
「あ、支部長。」
「ああ支部長か。というか一応ってなんだよ。」
「けっ、どうせお前らの事なんだからすぐにBなりAなりにいくだろうが。」
「いやまあ、そうだが。」
「…そこで否定しねえのがお前らしいぜ。」
失敬な、自分の実力をちゃんと把握しているだけだ。
「まあそんな事はどうでもいいんだ。」
「人の昇級をどうでもいいって…。」
「やかましい。で、今日はお前らに依頼を持ってきてやったんだ。感謝しろよ?」
「…なんだろう、俺には面倒な予感しかしないんだけど。」
…今回ばかりはユウに全面的に同意だ。
支部長が直々に依頼を持ってくるだと?
今までそんな事はなかったぞ。
「あのなあ、わざわざ支部長が指名してるんだぞ?名誉な事だと思いやがれ。」
「…随分と押し付けがましい名誉なこって。」
「うるせえ、ゴタゴタ言わずに話を聞け。…で、依頼の話なんだが、お前らにはちょっと王都まで行って教師をやってきてもらいたい。」
「「は?」」
「ちなみに拒否することは許さん。」
「「はぁ!?」」
「じゃあ準備しろ、出発は二時間後な。」
「「はあああああああ!?」」
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という訳で、この一週間馬車に乗りっぱなしということだ。
…うむ、さっぱり意味がわからないな。
いくら支部長とは言えあれは強引すぎる。
そもそも準備にかける時間が二時間ってなんだ、短すぎるだろ。
せめてもっと余裕を持って紹介してくれればよかったのに。
なんでも依頼を受けようとする人がいなさすぎて依頼当日ギリギリだったらしいが。
…と、そんなことを思っている内に着いたか。
「うおーでけー。やっぱ王都は違うな。」
「まあ、なんたって王都だからな。」
パレーテも結構大きな街だが、王都とは比べ物にならないな。
「あ、門番さん、これギルド証です。二人分。」
「…ふむ、本物のようだな。パレーテの街からか?ご苦労なことだな。」
「いえいえ、これも仕事なんで。」
「よし、通れ。くれぐれも面倒事だけは起こさないように。」
「…はい。」
…冒険者っていうのは、つくづく信用がないな。
まあ、仕方ないと言ったら仕方ないんだが。
基本的に他に職が無いだとか、一攫千金を狙ってだとかじゃないと冒険者だなんていう危険な職業にはつかん。
そのせいかマナーのなっとらん連中なんかが多いからな、パレーテはそうでもなかったが。
「…さて、中に入ったことだし、そろそろ降りるか。」
「そうだな、そうしよう。御者さん、一週間ありがとうございました。帰りはまたよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそお願いします。魔物に襲われでもしたら堪ったもんじゃありませんからね。それでは、また二週間後に。」
「ああ、その時はまた頼む。」
そう言って馬車から降りて、目的地へと向かって歩き出す。
本当ならあそこで料金を払うのだが、今回はギルドの馬車と人員を使っているので払わなくてもいいことになっている。
あまりそういうことはしないそうだが、今回は迷惑料がわりに支部長が許可を出してくれたという訳だ。
まあせめてそれくらいはしてくれないとやってられないがな。
「やっぱり王都ともなると人が多いなあ。気を抜くと迷子になっちゃうかもな。」
「そうだな、お前はドジなんだからはぐれないように注意しとけよ。」
「いや、冗談だぞ?流石に俺でも迷子にはならないって。」
「だといいがな。」
ちなみに、目的地とは王都学院だ。
つまり俺達はこれからの二週間王都学院の臨時教師として働くことになる。
詳しくは着いてから説明されるとのことだ。
多分、この辺も依頼を受ける奴がいなかった理由なんだろうな。
この依頼を受ける奴がいなかった理由としては、報酬が少ない、長期間拘束される、情報が少ない、あとただ単純に子守というのが面倒だといった辺りだろう。
それを俺たちは半ば強引に受けさせられたわけで。
まあ、下見と考えたら悪くはないか。
それに報酬も俺達が今まで受けていたものよりは確実に多いしな。
…多分、二週間もあればこの依頼の倍くらい稼げるだろうが。
「しかしただ歩いてるだけっていうのも暇だな。何か買ってくか。」
「お前は買い食いが好きだな。というか時間がないんだから駄目だ。」
「ちぇー。」
「まったく、浮かれやがって。」
しかし本当に時間がないな。
「よし、走るか。」
「…この人混みの中を?」
「もちろん。」
「そんなスペースがどこにあるんだよ…。」
「まったく、お前は本当に馬鹿だな。屋上があるだろ。」
「…くそ!どうせそんなことだろうと思ったよ!お前面倒事起こすなって言われたの忘れたのか!?」
「なに、誰も迷惑はしないだろうから大丈夫だ。」
「はあ…。なんでいつもいつもこんな事に…。」
「ほら行くぞ、しっかりついて来いよ。」
「はあ…。」
実際、このまま人混みの中を進んでいたらどれだけかかるかわからん。
遅れてもまずいし、こうするしかあるまい。
「ああ…やっぱりすごい見られてるし…。」
「あんま喋ってると足踏み外すぞ。」
「流石にそんなドジはしないよ…。」
「どうだか。」
こいつは時々やらかすからな。
隠密行動の最中に小枝を踏んで思いきり音を立てたりとか。
「このスピードだと少し余裕があるな。まあ、早く着くに越したことはないが。」
「本当、支部長がもっと早く言ってくれればこんな思いしなくて済んだのに。」
「…その点は俺も全面的に同意だな。」
まあ、いい。
支部長の無茶振りなんて割とよくある事だ。
権力を笠に着やがって。
「よし、そろそろ降りるぞ。」
「いや、降りると言ったってどこもかしこも人が多くて安全に降りられるようなところはないぞ。」
「…仕方がない、こうなったら直接だ。」
「え、直接?学院の敷地内にか?」
「そうだ。」
「そうだってお前、多分一番近いだろうあそこからでも十メートルはあるんだが。」
「十メートルがなんだ。いざとなったら谷とかも魔法なしで跳び越えれるようにならんといかんぞ。」
「そりゃお前軽く人間やめてるよ…。」
「ぐだぐだ言わずに跳べ。ほら、先行ってるぞ。」
「ああもう、わかったよ…。」
ああでも結構遠いな、ユウには少し辛いかもしれん。
まあいいか、あいつも誰かに当たりそうになったら避けれるだろうし。
「よっ、と。よし、うまくいったな。あとはユウだけだが…。」
「うおおおおおおお!」
いや、そんな叫ぶほどのことでもないだろう。
「はあ、はあ、はあ…。危なかった。」
割と余裕だったと思うが。
「よし、無事入れたことだし院長室に行くか。」
「はあ…なんで学校に来るだけでこんなに疲れなくちゃいけないんだ。」
「まったくだな。」
「お前が言うなよ…。」
「院長室は、っと一棟の一階か…。」
「ここはどこなんだ?」
「ふむ、今いるのは正門の辺りだな。だから一棟はあれだ多分。」
「ああ、ここが正門なんだな。…ん?なんかあそこに誰か立ってるな。」
本当だ、ローブを着た男が正門の向こうに立っている。
「なんか雰囲気からしてお偉いさんっぽいな。」
「挨拶しといたほうがいいか…?なんかさっきからこっち見てるし。」
「お前が行くと機嫌を損ねかねないから俺が話しかけるぞ。いいか、絶対に変なこと言うなよ。」
「これでも一応礼儀くらいは持ち合わせてるが。」
「とにかく俺が話すから。」
まったく、俺が師匠だというのに。
「あのー、すみません。なにか御用でしょうか?」
「ああ、もしかして君たちが依頼を受けてくれた冒険者か?」
「え?あ、はい。そうですが…。」
「そうか、これから二週間よろしく頼む。」
ちょっと待て、あんたは誰だ。
誰かわからんような奴とよろしくしたくないんだが。
「あの、どちらさまでしょうか…?」
「ん?ああ、すまない。私はシエル。この学院の院長だ。」
「あ、はい。」
「ああなるほど。自分はユウです、こっちはマオ。こちらこそよろしくお願いします。…って、なぜ院長がこんなところに?」
「なぜって、出迎えに決まっているじゃないか。まさか空から降ってくるとは思ってなかったが。」
「え、あ、あはは…、すみません…。」
「ああいや、別に問題はないのだがね。まあ立ち話もなんだし中に入ろうじゃないか。移動しながら話をしよう。」
「ええ、わかりました。」
ふむ、ようやく依頼の話に入るか。
実を言うと情報が少ないってレベルじゃないからな。
書いてあったのは臨時教師をしてくれということだけ。
全く詳細が書かれていない。
正直受けてもらう気があるのかと小一時間くらい問い詰めたいほどだ。
「では、依頼について詳しく話そうか。」
「はい、お願いします。」
「明日から臨時教師として何をしてもらうかだけど、実は何かをやれってことではないんだ。」
「はあ、というと?」
「まあ、教師っぽく授業をしてくれればいい。」
「いや、あの、さっぱり意味がわからないんですが…。」
「ふむ、うちの学院のクラスが実力で分けられているっていうのは知っているか?」
「ええ、知っています。確か冒険者や魔物と同じでS~Fまであるんですよね?」
「うむ、その通りだ。で、君たちに受け持ってもらうのはSクラスの生徒たちなんだが、そのSクラスの生徒達の実力があまりよろしくなくてね。その辺りを君達に鍛え直してもらおうかと思っている。」
「はあ、ここの教師では駄目なんですか?」
「既に色々と手は打ったが、あまり効果が見られなかったのだ。どうやら実力が歴代で一、二を争うほど低いということをどこかから聞いたようで、やる気を出さなくなってしまってな。冒険者ならなにかやる気が出そうなエピソードのひとつやふたつくらいあるだろう?」
この人は冒険者にどんなイメージを持ってるんだ。
「まあこんなところだ。生徒達のやる気が出たり、実力が上がったりしたら依頼達成と認めよう。やり方は自由にしてくれ。…まあ、駄目でもともとのつもりだから、少しでも改善が見られれば失敗にはしない。さて、部屋についたことだし、適当に座っててくれ、お茶を持ってこよう。」
「あ、ありがとうございます。」
…しかし、鍛え直せと言われてもなあ。
二週間でどこまで出来るやら。
流石に二週間で急激に鍛えるのは無理だし、やる気を出させる方向で行くしかないな。
それにしても実物を見てみないと始まらないが。
まあどうせ明日からなんだ、今日はゆっくりと休憩するとしよう。