第六話 魔王、冒険者になる
「ふわぁ…ああ、もう朝か。」
俺たちがこの街、パレーテに着いた翌朝。
いつもより少し遅くに起きた俺が体を起こすと、窓から差し込む光が体を覚醒させる。
とはいえ、頭はいまだに寝ぼけていて、意識は薄ぼんやりしているのだが。
「あー眠ぃ…。はあ、ユウを起こしてやるか。」
そう言って爆睡しているユウのもとへ向かう。
しかし、本当に気持ちよさそうに寝ているな、こいつは。
枕が変わると眠れない人もいると聞くが、こいつはそんなことは全くないようだな。
「おい、起きろユウ。朝だぞ。」
「うーん…。ああ、マオ、おはよう。」
「ああおはよう。今日は冒険者登録に行くんだから早く起きろ。」
「あ、そうだった!今何時だ!?」
「三時半。」
「マジで!?いつもより三十分も遅いぞ!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「仕方ないだろ、俺も今起きたばっかなんだから。」
「やべー、仕事無いとか言われたらどうすんだよー!」
「ふっ、その心配はない。忘れたのか?俺たちにはコネがあることを。」
「ハッ、まさか…。」
「そうだ、仮に遅れたとしても支部長が何とかしてくれる!」
「マオ、お前そこまで考えて…。」
「ああ、もちろん最初からそのつもりだった。」
ふっ、ちょろい。
俺レベルになると弟子なんて生き物は簡単に手玉に取ることができるのだよ。
「じゃあ早く行こう!」
「ああそうだな。万が一ということもあるし、少し急ごうか。」
まあ急ぐといっても目と鼻の先なんだが。
「あまり音は立てるなよ、みんな寝てるんだからな。」
「ああ、わかってる。…って、あれ?」
いや、待てよ。
みんな寝ている…?
ということは、まさか…。
「なあマオ、ギルドまだやってないんじゃないか?」
「…ははは、そんなまさか。」
「いや、だってさ、ほらあれ、扉閉じてあるぞ?」
「…いや、あれは閉じているだけで、鍵はかかっていないんだよ。そしてきっと中では従業員が働いてだな…。」
「明かりもついてないぞ。」
…なるほど。
この展開はちょっと予想してなかったな。
五時くらいにもう一度来るとしよう。
しかし、この空いた時間はどうしようか。
「…どうする?」
「…はあ、仕方がない。時間が来るまで筋トレでもしてよう。」
「…そうだな。」
****************
さて、時間は進んで現在六時、冒険者ギルドの門前にいる。
ちなみに、五時に来た時はまだ空いてなかった。
開いたばかりのようで、まだ人はあまりいない。
人が増えるのは七時くらいからだろう。
「はあ、ようやくって感じだな…。」
「まあな…。結局、二時間近く待ってたからな…。」
「ま、まあ、とりあえず入ろう。人の少ない今のうちに登録をすませておきたいしな。」
…まあ、確かに扉の前でつっ立っていても仕方ないしな。
などと思いながら、俺たちはギルドに足を踏み入れ受付の方へ向かう。
「すまない、冒険者として登録をしたいのだが…。」
「…き、君たちが?」
「ああ、頼む。」
「…ほ、本当に?とても危険な仕事で、もしかしたら、死んでしまうかもしれないよ?」
「いや、大丈夫だ。」
「本当に?本当の本当に大丈夫?」
し、しつこい。
いや、善意で言ってくれてるのはわかるんだけどな…。
話が全然進まないぞこれだと。
なんとかならんものか…。
「お、マオとユウじゃねえか。」
「ん?ああ、支部長か、おはよう。」
「おう。今日は登録しに来たんだよな?」
「ああ、だが、なかなか話が進まなくてな…。」
「し、支部長っ!?お、お知り合いですか?」
「ん、まあな。…ああ、あんた新人か、そら進まないわけだ。」
「あの、何かいけなかったでしょうか…?」
「まあ、新人なら仕方ねえよ、子供の中にも鍛えられてる奴はいるってだけだ。それを見分けられるためには慣れだからな、そのうちわかるようになるから頑張ることだ。まあとりあえず、今日のところはこいつらを登録させてやってくれ。」
「わ、わかりましたっ!」
ふう、助かった。
…なんか支部長の力で黙らせたような感じだが、まあいい。
今回ばかりはそれも仕方ない。
「…ごめんなさい、子供だからといってしつこくして。」
「いや、構わない。それに、もう三回目だしな…。」
「そ、そう?それならいいのだけれど。じゃあ、この登録用紙に記入してもらえる?あ、字は読める?。」
「問題ない、大体は読み書きできる。」
そう言って受け取った用紙には、名前、出身、年齢などを書く場所がある。
まあさっさと済ませてしまおう。
さらさらさら~っとな。
「よし、こんなもんか。」
「えっ、早くないか!?」
「いや、そんな時間がかかるものでもないだろう…。」
「だって、使える魔法とかなんて書けば…。」
「あ、そこは書かなくても大丈夫よ。」
「えっ。」
「戦い方を知られては困るというような人もいるの。だからそういう人のためにそこを書くのは自由ということになっているのよ。」
「そんな…俺の今までの苦労は一体…。」
「そもそも、隅の方に書かれているだろう。」
「…あ、本当だ…。」
本当に馬鹿だなこいつ…。
詐欺師か何かに騙されそうだし、今度からそういう指導もするか…。
「じゃあ、もう書けた。これで大丈夫だよな?」
「…そうね、これでいいわ。」
「あとは、ギルド証を発行するだけだな。ちょっと待ってろ、今プレート作らせてくる。」
「あ、いえ、私が行きます。」
「あーいや、こいつらに依頼を見繕ってやってくれ。」
「は、はい、わかりました。」
そう言い残して支部長は奥に入っていった。
依頼か、最初のうちは良いものも無いだろうし、早めにランクを上げていきたいところだ。
「Fランクの依頼で今受けれるものは…あー、今はあの人がいるから採取依頼がないのかあ。」
「あの人?」
「うん、採取依頼ばかり受ける人でね…」
「あはは、ごめんね。でも、一応理由はあるんだよ?」
話をしていると、いきなり後ろから声をかけられた。
見てみると、眼鏡をかけた気弱そうな男が立っていた。
こいつが、あの人か?
「やあ、新人さんかな?僕はエリック、これでもAランクのベテランさ。よろしくね。」
「ああ、俺はマオ、こっちのはユウだ、よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
「あはは、そんなに緊張しないでよユウ君。Aランクとは言ったけど、端くれみたいなものさ。」
だがAランクともなれば、かなりの実力が要求されるはずだ。
それなのに採取依頼ばかり受けるとは、不思議な人だな。
慎重だというなら下のランクの依頼を受ければいいだけの話だし、なにより採取依頼とは言え高ランクのものは少なからず危険があるはずだが…。
「まあ、確かに変かもしれないね。でもちょっと探している物があるからさ。」
「まったく、探し物なら依頼でもすればいいじゃないですか。」
「あはは…。まあこっちにも色々と都合があるんだよ。」
「はあ…。まあ、こっちも深く詮索してはいけないことになっているのでしませんけど。」
なんか、色々とありそうな人だな…。
「おい、持ってきてやったぞ…って、エリックお前来てたのか。…まあいい、ほらお前ら持ってきたぞ。」
「おおこれが…ってこれ銅じゃないか、ケチくさいな。」
「えー、白銀がいいな白銀が。」
「うるせえお前らFランクが贅沢言ってんじゃねーよ。そんなに白銀がいいならSランクになるこった。」
「そうだね、白銀のプレートはSランクにならないとね。」
まあSランクくらいすぐになれるだろう。
支部長の嫌がらせなんかがない限り。
ないよな?
…ま、まあそんなこと考えていても仕方ない。
とりあえず依頼を受けよう、時間ももったいないしな。
「で、採取依頼がないなら何があるんだ?割となんでもいいんだが。」
「うーん、ゴブリン三体の討伐が常時依頼だからあるけど…。あ、常時依頼っていうのはいつも出されている、受注をしなくていい依頼のことね、ゴブリンは数が多いから。…ここはそもそもFランク冒険者が少ないから、Fランク向けの依頼も少ないのよね…。」
「あ、こいつらならあれ受けさせてもいいぞ。なんだっけあれ…そうそう、オークのやつだ。」
「え!?あれは試験用のものですよ!?」
「あー、支部長、この子たちはそんなに強いのかい?ただの子供ってわけでもなさそうだけどさ。」
「なんだお前、気づいてねえのか。なあマオ、お前の母親はイアってやつだろ?」
「えっ!?あのイアの子供!?ってことは、父親はもしかして…エル?」
「む、確かにそうだが。知り合いか?」
「ああ、まあ知り合いっつっても俺はイアのやつしか知らねえがな。二十年くらい前にあいつも冒険者だったんだよ。」
「僕はあの二人と同級生だったんだよ!いやあ、そっかそっか、それならさぞかし強いんだろうねえ。」
「ん?同級生?父さんと母さんはどこか学校へ行ってたのか?」
「え?そうなのか?初耳だぞそんなの。」
「あれ?もしかして説明されてないのかい。あの二人は昔王都学院に通ってたんだよ。」
「なに!?そんな素振りは全く無かったぞ!?」
「え?でも、エルは奨学金のせいで今も院長の雑用であっちこっちに行ってるって聞いたけど。」
「なっ、父さんは商人だと言っていたぞ!?」
「あー、どうやら隠してたみたいだねえ。いったらまずかったかな。」
待て待て待て待てちょっと待て、え、マジで?
いや、それならやけに学院に詳しかったり冒険者に詳しかったことも納得できるが…。
「ああ、だから義父さんは奨学金制度を使うのはおすすめしないって言ってたのか。納得だ。」
こいつはなんかズレてるし!
もっと驚くとかないのか!
…はあ、もういいや、なんか一杯食わされた気分だがな。
「まあというわけで、もうこいつらにあれを受けさせてやってもいいぞ。」
「はあ…さっぱり話が見えませんが、お二人がそうおっしゃるなら…。ええと、はやくも昇級試験なんだけど、それでもいい?」
「まあ俺は構わんが…ええと、オークだったか?ユウはどうだ?」
「ん?俺も全然構わないぞ。むしろゴブリンなんかよりもずっと良い。」
じゃあ決まりだな。
どうせ数匹だろうし、いまさらEランクのオークなんぞ相手にならん。
「じゃあそれで。何匹だ?」
「三匹ね、この辺だとオークはフォルンの森にいるから、そこに行くといいわ。フォルンの森はここから出て東に行ったところね。」
「東だな、わかった。」
「頑張って。オークの討伐証明部位は耳だから、倒したあと耳だけとってきてね。」
「わかった。じゃあちょっと行ってくる。」
「行ってきまーす。」
「おう、さっさと行って来い。」
「頑張ってねー。」
まあ、オークごときすぐに終わるだろう。
帰り際にゴブリンを狩ってきてもいいかもしれないな。