第五話 魔王、初めての街へ
俺が冒険者になると言ってから、数日が経った。
これまでの数日を準備に費やし、今日村を出る。
本当は昨日出るつもりだったのだが、しばらく会えないからと宴会が始まったからな…。
そういう訳で今日の見送りは父さんと母さんだけだ、またどんちゃん騒ぎになってもかなわんからな。
「じゃあ、行ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね。」」
「冒険者になっても、いつでも帰ってきていいのよ、ここはあなたたちの家なんだから。」
「義父さん…義母さん…。」
ユウが少し涙目になっている。
今生の別れというわけでもないのに大げさなやつだ。
「ああ、わかってる。まあ安心してくれ、十分稼いで、修行も終わったら帰って来るから。」
…それでも結構先になるだろうけどな。
まあ仕方がない、どちらも必要な事だ。
「じゃあな、父さん、母さん。また、そのうち。」
「義父さん、義母さん、行ってきます。」
「本当に、気をつけるんだぞー!」
「頑張ってきなさい。母さんたちがいつでも応援してるわ。」
さあ、いよいよ出発だ。
そういえば街に行くのはこれが初めてか。
父さんは仕事に連れて行ってくれないしな。
街までは結構遠く、歩きでは一週間程度かかるだろう。
まあ、走って半分に短縮させるがな。
「これから一週間も歩き続けなくちゃいけないのか、退屈な日々になりそうだ。」
「何言ってんだお前。」
「え?」
「そんなにのんびりしてられるか。走るに決まってるだろうが。」
「はあぁ!?」
「ほら、走れ走れ!これも修行のうちだぞ!」
「マジかよ…。」
まったく、何甘ったれたことを言ってるんだ。
そもそも移動でろくに修行もできないというのに。
…まあとにかく、早く街につかないとな。
冒険者、か…一体何が待っていることやら。
****************
村を出てから三日、街にはまだ入れていない。
つまりまだランニング中ということだ。
三日間ほぼぶっ続けで走っていたので、ユウも疲れているようだ。
まだまだ修行が足りない証拠だな。
「お、見ろユウ。街が見えてきたぞ。」
「はあ、ちょ、ちょっと、はあ、ま、待って、はあ、はあ、後、後にして…。」
「…はあ、まったく。まあいい、もう終わりにするぞ。街も見えたことだし、ゆっくり行こうか。」
本当に仕方のないやつだ。
…それにしても、でかい街だな。
話には聞いていたが、やはり聞くのと見るのとでは全然違う。
特に、まだ帝国との戦争をしていた時代につくられたという外壁だな。
かなり見上げないと頂点が見えない上に、厚さもかなりのものだ。
戦争が終わった今では魔物が街に入らないよう役立っている、らしい。
さて、街に入るためには検問を受けなければならないんだよな。
これがまた面倒なものらしく、すべての持ち物のチェックだとか、街に来た理由、その他色々なことを聞かれるらしい。
ちなみにこれは商人なり冒険者なりのギルドに入っていればパスできるらしい。
まあ、いちいち街に入る全員にそんなことをする時間も人手もないだろうが。
まあというわけで、街に入るには少し待たなければならない。
どうやら今日はそこまで人が並んでるわけではないようだが。
「やっとついたのか?」
「そうだな、ただし検問を通ることができればの話だが。」
「うへえ、まだかかるのか。ようやく街に入れると思ったのに。」
「仕方ないだろう、素性のわからんやつをそう簡単に通せるか。」
「まあ、そうだけどさ…。」
正直、俺だって面倒だとは思ってるがな。
まあ時間はそこまでかからんはずだ、ただ面倒なだけで。
「次。」
「おっと、俺たちの番のようだな。」
「ようやくか…。」
「む、子供か。なんのようだ?一応荷物はしっかりと持ってきているようだが。」
「ああ、ちょっと冒険者になりにな。」
「何、冒険者だと?悪いことは言わん、やめておけ。」
「いや大丈夫だ、実力は問題ない。見た目で嘗められはするだろうけどな。」
「ううむ…。まあ、いいだろう。ただし、無理だけはするんじゃないぞ。ほら、荷物を見せろ。そっちのも。」
「ああ、無理はしないさ。…これでいいか?」
「あ、俺もか。…変なものは入ってないと思うけど。」
「うむ、いいだろう。私たちパレーテの街はお前さんたちを歓迎しよう。…まあ、頑張れよ。」
「ありがとう。…じゃあな、おっさん。また会うこともあるだろう。」
「誰がおっさんだ誰が。俺はまだ二十八だ。」
「十分おっさんじゃ…。」
「何か言ったか小僧。」
「い、いや、なんでもないですよ、あはは…。」
「…まあいい。さあ行け、あまり早く帰るなんてことにならんようにな。」
「はっはっは。まあ俺たちは一、二年はいるから安心しろ。」
「一体どこから湧いてくるんだその自信は…。」
などと軽口を言いながら別れる。
しかし、やけに面倒臭い門番だったな、世話焼きとも言うが。
まあ俺たちはまだ九歳だし、仕方のない事ではあるか。
「す、すごいな…。」
「ほう、これはなかなか…。」
門をくぐるとそこは、今まで見たことのない程多くの人が賑わう通りだった。
道端には多くの屋台が立ち並び、あちらこちらから人声や物音が聞こえてくる。
「騒がしいな。」
「そうか?でもいいじゃないか、街に来たって感じがして。あ、あの串焼きとか美味そうだぞ!」
「…浮かれすぎだろ、この田舎もん。」
「一緒の村から来たよな!?」
まあ、こいつは俺と違って真の意味で九歳だから浮かれるのも仕方がないか。
「まあ、串焼きくらいは買ってやろう。」
「マジで?やったぜ。じゃああれにしようぜあれ、魔狼の串焼き。」
「なんでそんな物騒なものを串焼きにするんだ…?」
もう少し簡単に狩れるものはあるだろうに。
いやまあ、山で食べた魔狼は意外と美味かったが。
「…オヤジ、串焼き二本くれ。」
「おっ坊主たち、その大荷物はさては今日来たばっかだな?いいぜ、せっかく選んでくれたんだしおまけしてやろう。一人二本ずつだ、もちろん金は取らねえよ。」
「ほう、話がわかるじゃないか。俺はマオ、こっちはユウ。これからよろしく頼む。」
「おう、よろしくな。俺の名前はアドってんだ。…うし、こんなもんか。ほらできたぞ、熱いうちに食っちまえ。」
「ふむ、どれどれ…。なかなか美味そうじゃないか。ほらユウ、お待ちかねの串焼きだぞ。」
「お、おお…。食うぞ、いいよな!」
「いいから早く食え。冷めるぞ。」
まったく、本当に浮かれてるな…。
「はむっ…。初めて食べたけど、美味いな。特にこのタレがいい。」
「ふむ、確かに美味いな。この歯ごたえがなかなか…。」
「はっはっは、気に入ってまらえたようで何よりだ。いつもはここで俺の弟がやってるから、よければこれからも来てくれよな。」
「弟がいるのか、今日は何故あんたが?」
「ちょっと風邪をひいちまったみたいでなあ。まあ、そんなに酷くはないんだがな。俺も今日は仕事がなかったもんで、代わってやったという訳だ。」
「もぐもぐ、アドさんはいつもなんの仕事をしてるんだ?」
「ん?ああ、冒険者をちょっとな。」
「む、奇遇だな。俺たちもちょうど冒険者になりに来たんだよ。」
「…ほう、どおりで。」
ふむ、わかるやつだったか。
まあ、見るからにそんな感じではあるが。
そうだな、少なくともBランクはあるだろうな。
冒険者にもランクがあり、本部が決めた基準を満たした奴は試験を受けることができる。
それを合格したら、晴れて昇給ができるという訳だ。
ちなみに、ランクは魔物と同じくSからFまであり、同ランクの魔物を倒せるかというのが力量を図るための基準となっているらしい。
…これらの知識は母さんが教えてくれたのだが、なぜここまで詳しかったのだろうか。
もしかしたら元冒険者だったのかもしれんな。
「こいつはまだまだひよっこだが、伸びしろはある。だからその修行も兼ねての金稼ぎに来たんだ。」
「いや、もうひよっこは卒業してもいい頃だと…あ、いやなんでもないっす。」
「ほおー。しかし、なんで金稼ぎなんぞするんだ?別に食うに困ってるようには見えねえが。」
「ああ、王都学院に入るためにちょっとな。」
「王都学院か。だが、あそこはあまり金がかからんと聞くけどな。」
「まあ一応、奨学金制度があるからな。でも、それはつまり借金だからあまり使いたくないんだよな…。」
「そうなのか?よくは知らないけどよ。」
「とにかく、金がいるんだよ。それで一山当てるために冒険者って訳だ。」
「なるほどな。ま、応援してるぜ、新人冒険者。」
「まあ期待しておけ。すぐにあんたにも追いついてやるから。」
「はっ、言うじゃねえか!やれるもんならやってみな。ま、お前にその気があればだけどな。」
む、その気があればとはどういうことだ…?
「あ、そういえばアドさんのランクはいくつなんですか。」
「そういえば言ってなかったな。俺はこの街の冒険者ギルドの支部長をやってるんだ。」
「は?」「え?」
「「…はあああああああ!?」」
「はっはっは!というわけでこれからよろしく頼むぜ!」
こいつ絶対にからかってただろ!
言ってなかったか、じゃねーよ!
…はあ、完全に騙された。
「ところでよ、お前たちはいつ登録するんだ、今日か?」
「いや、今日は宿だけとって休むことにする。…そうだ、支部長だってんなら何処かいいとこ知ってるだろ、教えろ。」
「ほう、マオお前支部長にそんな口きいていいのか?昇級が遠ざかるかもしれんぞ?」
「お、おいマオ謝れって!昇級できなくなったらどうすんだよ!」
「…お前は本当に馬鹿だな。そんなことを支部長がしていいわけないだろ。もしそんなことしたら本部の方から処罰が下るわ。」
「ちっバレたか。」
「なあ!だ、騙したな!?」
「はっはっは!こんな簡単な嘘に引っかかる方が悪いんだよ!それにな、そんなんじゃ他の冒険者や依頼人に騙されて、簡単に死んじまうぞ。」
「なっ。う、うむう…。」
そんなごまかしに丸め込まれてるじゃねえよ…。
こいつちょっとちょろすぎないか?
今更心配になってきたぞ。
「で、いい宿だったか?そうだな、やっぱ冒険者ギルドととしてはギルド横のがおすすめだな。」
「ほう、なぜだ?」
「まあいろいろあるが、一番はいない間も部屋をとっといてくれることだな。事前に言っておけば、一週間くらいならタダで部屋を空けといてくれるぞ。あと安いし飯も美味い。」
「なるほど、じゃあそこにするか。教えてくれてありがとう、助かった。」
「ま、いいってことよ。新人にアドバイスをしてやるのも先輩の仕事のうちってもんよ。」
「先輩ではないと思うけどなー。」
「何言ってんだ、俺だってたまには依頼を受けたりもするんだぜ?まあ、ほとんどが緊急だとかそういう人手が少しでも欲しいようなやつばっかだが。」
「へー、そうなのか。支部長ってのも大変なんだなあ。」
「ほら行くぞユウ。部屋がなくなったらかなわん。」
「ちょっ、待っ、待ってくれって!」
「待たん、お前が早く来い。じゃあな支部長、串焼き美味かったよ。」
「おう、またな。」
「ちょっと待てって言ってるだろー!」
さて、ギルド横か。
確かギルドはこの大通りを進んだところにあるはず…。
お、あれかな?
三階建ての赤い屋根の建物が冒険者ギルドで、その横のが宿屋だろう。
多分。
「多分あれだな。よし、行くぞユウ。」
「あ、あれだな?ええと、なになに…止まり木?」
「ほお、なかなか良さそうだな。」
まあ、とりあえず入ってみよう。
「おやいらっしゃい。二人かい?」
「ああ、二人部屋で、夕飯も付けてくれ。」
「ん、わかったよ。…ところで、二人はもしかして冒険者志望かい?」
「まあそうだが。」
「やっぱりそうかい。いやー、子供二人で宿までとって、何事かと思ってねえ。」
「ああ、別に食いっぱぐれてるわけじゃないぞ。まあ、見ればわかると思うが。」
「ん?確かに見ればわかるけど、どうしたんだい急に。…ああ、さては来るときに聞かれたね?」
「まあな。」
「ま、なんでもいいさ。…期間はどうするんだい?」
「とりあえず一週間で頼む。多分延長するだろうけどな。」
「ん、了解。部屋は二階の一番奥だよ、これは部屋の鍵。夕飯は毎日七時から九時に出すから、言ってくれれば用意するよ。」
「わかった。じゃあ七時に用意してくれ、それまでに俺たちは休んでいる。あっちの食堂に行けばいいな?」
「そうだよ。じゃ、七時に食べれるよう作っておくから、それまでに食堂に来てね。」
「了解。」
「お願いしまーす。」
ふう。
さて、七時まであと一時間程度か。
それまで休んでおくとしようかな。
「うおー、宿屋ってこんなふうになってたんだな!初めて来たよ!」
「よし、ここか。入ったら俺はもう休むからあまり騒ぐなよ。」
「…わかったよ。」
まあ、騒がなければいいがな、別に何をしてても。
さて、じゃあゆっくり休むとしますかね。
…ちなみに、後で食べた夕飯は美味かった。