第十八話 勇者
「はああ…クソ。なんでこんな依頼受けたかなあ、俺…。」
山登りだけでも辛いっていうのに、この後にもっと辛いのが待ち構えてるんだろ?
まったく、やっぱりハッキリと断っておけば良かったぜ。
「…でも、魔力枯渇と聞いたら黙ってられないよな。」
魔力枯渇というのは、その名の通り魔力が徐々に減っていく病気だ。
罹ると行動する気力を無くしていき、死に至る。
最終的に食事をとることができなくなり、呼吸も止めてしまう。
そして特徴的なのが、この病気は女性しか罹る事がないという事。
もっと言うと、妊娠した女性だけどな。
まあ、そもそも罹った数も資料も少ないし、偏りがある可能性もあるんだけど。
…俺の母親が罹った病気だから、よく知ってる。
「…そもそも罹ること自体数百年に一度くらいだって言われてるのに、なんで二人目が出たのかね。」
まあ、どんな理由でも関係無いけどな。
病気を無くす事はできないけど、せめて助けれる命くらいは助けたい。
「それに、どうやら色々と悲惨らしいしな…。」
なんでも、山賊に襲われたとかなんとか。
そのままアジトに連れられて、しばらくの間…まあ、そういうことに使われてたらしい。
冒険者がその山賊を捕らえてくれなければ、売られていたかもしれないのだそうだ。
その時に身籠った子供ごと、な。
…山賊共は許せんが、捕らえられたのならもう何もできん。
「…本当、山賊ってやつはクズばっかりだ。まあ、クズだから山賊になんてなったんだろうが。」
しかし、そんなことを気にしていても仕方ない。
気にするのは、家族の仕事。
俺の仕事は薬の材料をとってくることだ。
「そのためにも、まずはてっぺんまで登らないとな。」
さて、気を取り直して行くか。
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「ぜえ…はあ…はあ…。よ、ようやく頂上か…。」
広間みたいに整った空間に、洞窟がある。
これ自然にできたものとは思えんな、整いすぎだろ。
「しっかし高いなあ…。雲が凄い下にあるぜ…。」
こんなに高いと股間がすいーってなるな。
『ほう、此処に人が来るとは珍しい事も有るものだの。』
む、なんだ、この頭に響く感じの声は…。
『今お主の頭に直接語りかけておる。』
えっ何それ怖い。
大丈夫なのそれ、頭がボンッてなったりしない?
『安心せえ、今迄何度かやっとるが、そんな事一度もありゃせんかったよ。』
なるほど、それなら安心だ。
「…ところで、この声の主は誰ぞ?」
『すまんの、今出るからちと待っとってくれ。』
ううむ…このおじいちゃんな感じ…。
もしこの声がドラゴンの物だったらやり辛い事この上無いんだが、どうしようか…。
『待たせてすまんの。で、こんな所までわざわざ何用じゃ?まさか観光という訳でもあるまい。』
洞窟から、赤い肌で羽を持った、でかい蜥蜴みたいなのが出てきた。
…ドラゴンはでかい蜥蜴みたいな物だとは聞いた事があるが…でかすぎだろ!
『どうしたんじゃ、急に呆けおって。質問にはちゃんと答えんか。』
「お、おう…すまん。」
いやいや、こんなでかいのを前にしたら誰だって止まるって。
『まあよい。で、此処に何か用かの?言っておくが何もありゃせんぞ。』
「あ、ああ。ここにドラゴンが居ると聞いたんだけど…あんたがそのドラゴンか?』
『うむ?確かに儂はドラゴンじゃが…。それがどうかしたかの?』
うん、まあ…見た目からしてそうだよなぁ。
えええ…、俺このおじいちゃんドラゴン殺したく無いよ?
「…ちょっと肝分けてくれない?」
駄目元で聞いてみる。
ドラゴンだからちょっとくらい無くなっても平気かもしれないし、ゲロっと出してくれるかも。
『阿呆、そんなものどうやって分けろと言うんじゃ。儂に死ねと申すか。』
ですよねー、うん知ってたー。
『…まあ、どうしてもと言うなら別にやれん訳では無いがの。』
「本当か!?」
すげえ、ドラゴンすげえ、マジ生命の神秘。
「じゃあ、適当にゲロっとやっちゃってください。持って帰るんで。」
『そんな都合良くできる訳なかろう。生物として気持ち悪いわ。』
ええ…じゃあどうやってやるんだよ…。
なに、もしかして俺が腹搔っ捌くの?
ちょっと変なとこ切っちゃいそうで嫌なんだけど。
『儂をもしも討つことができれば、その時は肝くらい持ってくがよい。』
なにそれ、死にたがりなの?
さっき死ねと申すかって言ったよね?
どっちなの?
『お主の覚悟と力を示してみよ。見事儂を討った暁には、この身を余すことなくくれてやろう。』
すげえ、滅茶苦茶強そうなこと言ってる。
え、俺こんなのと闘うの?
無理じゃね?
『安心せえ、負けても体が死ぬだけじゃ。魂までは殺さんよ。』
なにそれ知らない。
え、なに、どういうこと?
「魂…って、何のことだ?」
『む?そうか、今の者には通じんのか。簡単に言うとだな、もしお主が死んでも、また違う者として蘇るということじゃ。』
つまり、俺が死んでもまた違う奴になるだけで、そいつは俺だということか。
「なるほど…さっぱりわからん。」
『まあ、死んでもまた一からやり直す事になるだけ、ということじゃよ。少しだけ違うがの。』
なるほど…少しわかった気がする。
「やり直すだけとは言うけど、記憶とかも無くなっちゃうんだろ?それなら、なるべく死にたくは無いぞ。」
『ふむ、確かにそうかもしれんの。』
そうかもしれん、って…。
「あんたは怖くないのか?」
『うむ、儂はちと特別でな。死んでも記憶を持ったまま転生するのじゃ。』
転生…ああ、蘇りの事か。
「…って、なんだよそれ、不死みたいなものじゃないか。」
『まあ、そうじゃな。じゃが、不死というのもそう良いものでは無いぞ?』
…まあとにかく、肝を手に入れるにはこのドラゴンを殺さなくちゃいけない。
ただ、その闘いの中での不安が一つ無くなっただけだ。
「つまり、あんたは殺しても大丈夫って訳だな。」
『…まあ、確かにそうじゃが…。その言い方はどうなんじゃ?』
俺が死ぬのは不安なままだ。
記憶がどうとかじゃなくて、依頼をこなせなくなっちまうからな。
「じゃあ、お手柔らかに頼むよ。」
『約束はできんが、まあ頭の片隅には置いといてやろう。』
さて、悲劇のヒロインを救うため、伝説のドラゴンに立ち向かう勇者様だ。
ここは一つ、気張っていこうかね。