第十七話 魔王、眠りにつく
「確か、ドラゴンの場所は草原だったな…。できればもう少し遠くだと助かったんだがな。まあ、周りに人は居ないだろうから大丈夫だと思うが。」
パレーテの街は人が多いため、屋根を伝って移動している。
かなり目立つが仕方ない、人死にが出るかもしれないんだからな。
『おい、おいマオ!貴様、まさか一人で行くつもりか!?』
『当たり前だろ、他に連れてって死なれたらかなわん。』
ドラゴンなんて、余程の精鋭を持って来ない限りは犠牲をゼロに抑えるのは無理だ。
『安心しろ、俺は一度倒したことがある。』
『倒したことがある、だと?貴様…冗談も休み休み言え!』
『別に、信じないなら信じないでいいさ。結果は変わらん。』
『クソッ!』
どうせ乗っ取るのに死んでしまったら困る、とでも思ってるのだろう。
まだアリアに会ってもいないというのに、こんな所で死ぬ気はさらさら無い。
もちろん、こんな奴に身体をくれてやる気もな。
「そろそろ門が見えてきたな。…案の定、門の辺りは大混乱か。」
大方、外に出ていたのが帰って来た時に言いふらしたのだろう。
普通なら戯言だと切って捨てるだろうが…今回はエクスのパーティがいたからな。
この街だと上の方の冒険者達なんだ、それがあんなに焦っていたら本当だと思うだろう。
「しかし、あんなに混雑していたら出れんな…。門番には悪いが、上から出させてもらうか。」
この非常事態だ、仕方ない。
門の高さは確か…四十メートルだったか。
まあ、魔狼みたいに風で足場を作れば余裕だな。
「一回に五メートル跳ぶとして、八回分か。…風壁!」
下から吹き上げる風を蹴って跳び上がる。
一層注目を集めているが、気にしない。
「よっ…と。さて、門の上まで来たはいいが、ドラゴンはどの辺りにいるんだ?」
流石にすぐ近くには居ないし、もっと向こうを見てみるか。
…ふむ、どうやら結構遠くに居るようだ。
これなら、一般人に見られる可能性は限りなく低い。
「よし、じゃあ行くか。」
さっきの要領で、今度は降りていく。
門の近くに着地すると面倒そうだから、なるべく遠くにな。
着地した後は、走ってドラゴンの元へ向かう。
今はユウが一緒じゃないからいつもよりもスピードが出せる。
しかも遮蔽物の無い草原だ、視認できる距離なんてものの一瞬で着いてしまう。
…ほら、もう見えてきた。
どうやらまだまだ食事中のようで、隙だらけだ。
「一発小手調べといこうかね。…雷霆!」
俺の手から光の矢が轟音と共に放たれる。
その威力は、ユミトの物よりも数倍はあるだろう。
「グウゥ…。」
しかし、ドラゴンには全く効き目が無いようだ。
ドラゴンの皮は電気を通しにくいから、一発程度では当然だがな。
「…少しは成長してると思ったんだがな。まあ、想定内だが。」
「グウアァアアア!」
どうやら気づかれたようだ。
次は剣を試してみるか。
「セイッ!」
懐に潜り、足を斬りつける。
しかし剣は足を断ち切るどころか、刃を入れることすら叶わなかった。
「グオオオオオ!」
「チッ、全然駄目だな。」
まったく、ドラゴンってやつはどうして皆こうも硬いんだろうな。
こう、スパッと切れてくれるという助かるんだが。
『おい!倒したことがあるのでは無かったのか!』
『煩え、あの時と今じゃ状況が全然違うんだよ!黙って見てろ!』
あの時は確か、中位火魔法の業火を使い続けて擬似高位魔法みたいにしたんだったか。
アリアから貰った力が無くなった今、そんな魔力は無い。
とすると、やはり複合魔法を使うしか無いのだが…。
「グオオオオオ!」
『危ない、避けろ!』
マールが頭の中で叫ぶ。
横を見ると、ドラゴンの尾が迫って来ている。
どうやら、注意が足りなかったみたいだ。
これは防御するしか無いな。
「ガッ…!」
流石に剣で防げるとは思っていないので、衝撃を少しでも逃すために自分から横に跳ぶ。
しかし、逃し切れなかった衝撃が襲ってくる。
俺はまるで重さを感じさせないような速度で吹っ飛び、偶然進路上にあった岩に叩きつけられる。
瞬間、尻尾を叩きつけられた痛みと、岩にぶつかった時の痛みが同時に襲ってくる。
確実に骨が折れているだろう、その痛みは常人では到底耐えられそうにも無い。
実際、俺も気を抜くと気を失ってしまいそうだ。
『お、おい、大丈夫か!?』
『ああ、大丈夫だ。何も問題は無い。』
『何を言う、貴様骨が折れてるではないか!その状態でまだ戦うつもりか!?』
当たり前だろ、何を言ってるんだか。
『この程度、回復魔法でどうとでもなる。』
そう、この程度なら回復魔法が効く。
完治には時間がかかるだろうが、今からやる事には何も影響はない。
「治癒。…よいしょっと、少し離れたか。まあ、こっちの方が都合がいいがな。」
さて、これをやるのは三回目、生物にやるのは二回目か。
多分終わった後ぶっ倒れるだろうが、幸いドラゴンのおかげでこの辺に魔物はいないし、ユウ達もすぐに来るだろう。
安心してぶっ倒れる事ができるな。
…ドラゴンがこっちに来てる、そろそろ始めるか。
「最初は土。」
そう唱えると、地面から三十センチ程度の球状の土が出てくる。
「土の本質は固定、不確かなものを、確かなものへと固定する。」
俺は大体の魔法を無詠唱で使う事ができるのだが、この魔法だけはイメージを掴むのが俺でも難しい。
『お、おい、何をするつもりだ?』
『まあ黙って見てろ。すぐにわかるから。』
まったく、これには結構神経使うんだからあまり話しかけてくるなよ。
「次は水。」
今度は空気中の水分がさっきの球を覆う。
「水の本質は伝達、物を伝えたり、力を流す。」
「そして風。」
そして次に風が吹き、球の周りを回り続ける。
「風の本質は移動、動き続ける事こそ、風の本質。」
「最後に、火。」
最後は火が球を覆う、その火は揺らめきながら、しっかりと球を捉える。
「火の本質は変化、火によってのみ、物の状態は変化する。」
これで、ほとんどの行程が終わりだ。
とは言っても、魔法の完成には程遠いのだが。
次が最後だ、この四つを繋いで、一つのものに変える。
「……神撃。」
最後の詠唱を唱えると、不完全だった球が輝きながらグルグルと混ざり合う。
そして、一際大きく輝くと、そこには白い、片手で掴める程度の大きさの、光り輝く球が残った。
「ふう…成功か。」
『これは何だ。もしや、魔力そのものか?』
『俺にもよくはわからん。だが、とんでもない代物だということは知っている。』
だが、魔力というのは合っている気がする。
土、水、風、火…この四大元素を混ぜたものが魔力というのは、納得できる。
「さて、名も知らぬドラゴンよ。すまないが、この魔法を受けて死んでくれ。」
「グアアアァアアア!」
光球にドラゴンの方へ行くよう念じる。
すると、それは光の尾を引きながら、凄まじい速さでドラゴンの方へと向かっていく。
それはドラゴンの胸の中へと吸い込まれていった。
そして、ドラゴンは大きな音を立てながら、崩れ落ちた。
『…凄まじいな、声を上げる間も無くか。』
この魔法は、生物にしか効き目はない。
何故なら、魂を身体から追い出すのが目的であるからだ。
土の要素が魂を強固なものにし、水の要素が魂に力を伝えやすくし、風の要素が魂と身体を分離させる。
そして最後に火の要素が身体を死へと導き、魂と身体の繋がりを完全に断ち切る。
土の要素が無ければ魂は崩れ去ってしまい、水の要素が無ければ魂を動かすには力が足りず、風の要素が無ければ魂と身体を離すことは叶わず、火の要素が無ければ魂は身体に繋がれたままだ。
つまり、どれか一つでも欠けるとこの魔法は成り立たないのだ。
『だが、四つの属性を一気に使うとなると、相当疲れるのではないか?しかもこの魔法、見かけによらず一つ一つの消費魔力も大きいだろう。』
『その通りだ、だから実はもう限界でな…。少しの間俺は眠る。身体はやらんからな、それくらいを防ぐ気力はあるから変な事はしようとすんなよ。』
『まったく、隙のないやつよ。いいだろう、我も無駄なことをする気は無い。安心して眠るがよい。』
『そうかい、じゃあ、少し眠らせてもらおうかね…。』
後はユウが来て俺を回収してくれればいい。
なるべく早く来いよ、ユウ………。