第十二話 魔王、日常を噛み締める
「~♪」
「…随分と楽しそうだな、エリック。」
俺にはただの草むしりとそう変わらんのだが。
「まあ、薬草採りは僕にとって人生だから。」
人生とまで言うか。
「この辺は魔物が少ない割に良いのがあるからね。王都に来た時はいつも寄っているんだ。」
「ああ、薬草も魔力に影響されるんだったか?」
「そうなんだよ。だから良い薬草があるところには強力な魔物がいることが多いんだけど、王都の近くだとあまり魔物がいないんだ。もう少し外の方へ行くと出てくるんだけどね。」
ちなみに、魔物が少ないのはシエルが結界を張っているからだ。
なんでも、邪神の魔力の影響で凶暴化する可能性があるそうで。
邪神が封印されている場所にはあらかた結界が張られているらしい。
まあ、俺には結界がどんなものかさっぱりわからんのだがな。
一応魔法の内らしいが、光魔法と同じく聞いたことが無い。
教えてくれと頼んだら、学院に入ったら教えると言っていた。
もどかしいが、今は我慢だな。
「確か依頼の物は傷薬の材料だったな。」
「もう少しは、そっちに任せても良いかな?ちょっと私用で使う薬草を探したいからさ。」
「ああ、別にいいぞ。そっちの薬草探しは俺も手伝えなさそうだし。」
「ありがとう。じゃあ頼むよ。」
傷薬か…、高いんだよなあれ。
一般人が気軽に手を出せる物ではない。
まあ、一部の小金持ちだとか、需要自体は結構あるらしいがな。
ちなみに大金持ちは回復魔法専門の魔法士を雇うらしい。
魔法士を雇うのは高くつくからそう多いものではないが。
まあ、どちらとも俺には無縁な話だ。
なにせ俺も回復魔法を使えるからな。
少し疲れるが、簡単なものであれば俺も使える。
慣れていないから本当に簡単なものしかできないが。
それでも、傷薬ですぐに治るような傷であれば一瞬だ。
「ところで、どういう薬を作るつもりなんだ?まさか傷薬ということはあるまい。」
「まあ、傷薬を作ることもあるけどね。今彼女に必要なのはそういう類のものではないよ。…簡単に言うと、魔力の回復を早める内服薬って感じかな。と言っても、僕が作る訳ではないんだけど。」
「じゃあ、材料を渡して作ってもらうのか。」
「まあ、そうなるね。僕としては作ってあげたいんだけど、彼女が許してくれないからね…。」
「なんだ、素人が作るのは信用ならないってことか?」
「違う違う、彼女は僕の技量を認めてくれているよ、そこらの薬師よりも腕がいいってね。」
うん?
じゃあ、どういうことだ?
「彼女、僕の師匠なんだ…。それで、師匠が弟子の薬の世話になってたらいけないんだってさ…。だから僕にはいつも材料を渡す事しかさせてくれないんだ。」
「師匠にそんな制約が…。」
俺の場合はユウが自分で編み出した技術を使ってはいけないという感じになるのだろうか。
使おうとも思わんが。
「しかも探究心の塊みたいな人でね。その薬に使わなくても他の薬草を持っていかなくちゃいけないんだよ。忘れると怒るんだ。」
「それはまた…気難しそうな人だな。」
「本当にね…。」
まあでも、病気と言ってもそう深刻なものではなさそうだな。
俺には病気の事なんてさっぱりだが。
「…うん、こんな感じでいいかな。そっちの方はどうだい?」
「こっちもあと一本だけなんだが…お、あったあった。」
思ったよりも早く終わったな。
正午をもう少しで回る頃か。
「どうする、なんなら昼飯も一緒に食べるか?」
「せっかくだし、そうしようか。この依頼の後は僕も暇だからね。」
「よし、決まりだな。それじゃあ帰って早く飯にしよう。結構腹が空いてきたんだ。」
「ああそうだ、王都にいいレストランがあるから紹介しようか?」
「お、それはいいな。頼むよ。」
「そうかい、それなら紹介するよ。良いところだからきっと気に入るはずさ。」
へえ、そこまで言うとは、俄然楽しみになってきたな。
まあ、その前に物を渡しに行かなきゃいけないが。
***************
「よし、報酬も受け取ったし、行くか。」
「じゃあ案内するから、ついて来てね。」
俺も王都の店は利用しているから、色々と知ってはいるんだけどな。
どうせなら引き出しは増やしておくと便利だろう。
そういう訳で、新しい店を探したり、目にとまった店には入ったりしている。
外れだった時のダメージはでかいが、当たりの店を見つけた時は気分が良いんだよな。
この前入ったところは美味かったなあ、その分高くはあったが。
安くて美味いというのは重要だ、なにせ俺達は金が無いからな。
貴族御用達の所なんかは文字通り桁が違うらしい。
俺達には関係の無い話だがな。
「…む、マオではないか。奇遇だな。」
「ゴーシュか、どうしたんだこんなところで。」
「私が外出してはいけないと言うのか?」
「いや、そんなことは一言も言ってないが。」
相変わらず面倒な奴だな、ただの世間話だろうに。
「あれ、もしかしてゴーシュ君かい?」
「そういう貴様は…エリックか?」
「なんだ、二人とも知り合いか?」
「うん、学院で同じクラスだったんだ。」
「貴様らはどういう繋がり…いや、確か二人とも冒険者であったな。」
「そういうこと。そっちはマオ君の依頼かい?」
「うむ。」
二人にそんな繋がりが…。
なんか、俺の周りは学院関係者が多いな。
まあ、親が二人とも生徒だったことを考えると、自然なことかもしれないが。
これも縁ってやつか。
「そうだ、ゴーシュ君、昼食はもう取ったかい?」
「いや、今から取ろうと思っていたところだが。」
「だったら、一緒に取らないかい?少し話もしたいしさ。」
「む…まあ、構わん。どうせ行くところは同じだろうからな。」
「ああ、やっぱり君もまだ通っているんだね。」
「まあ、外で食べる時だけではあるがな。」
二人の御用達の店という訳か。
学生時代に通っていたのかもしれんな。
「ならば早く行ったほうが良いな。わざわざ立ち話する必要もあるまい。」
「そうだね、もう行こうか。席が空いてると良いけど。」
***************
「美味いなここ、割と安いし。少し混んでるが。」
「でしょ?学生だから高いところは行けなくてさ、安いところを探してたらここを見つけたんだよ。店が少し小さいからすぐに混んじゃうんだけどね。」
「ここは安く味が良いからな、私もたまに利用させてもらっている。平時は自炊で十分だがな。」
やっぱり、学生時代から通っているみたいだな。
しかし良いところを教えてもらった、自炊はできるがあまりバリエーションがあるとは言えないからな。
飽きるので夕食だけは外で食べることにしているのだ。
「そういえば、二人はどのクラスだったんだ?」
「Sクラスだよ、言っていなかったっけ?」
ということは父さん達もSクラスだったのか。
なんだかどんどん新事実が発覚していくな…。
「うむ。あの時は本当に大変だった。特にあの二人がな。」
「ああ、イアとセロだね。あの二人は本当に問題児だったからねえ。」
「あの二人にいつも挟まれてたエルには同情する。」
ゴーシュの口から同情という言葉が出てくるとは…。
何やってたんだ母さんは。
というかその時から父さんと母さんは一緒に居たんだな。
「セロ?誰だそれは。」
「ああ、奴は屈指の問題児でな。教師に敬語を使わない、授業はよくサボる、問題は起こしまくる。そのくせ成績だけはトップという奴だ。」
「でも、良い人だったよね。」
「…まあ、悪い奴では無かったな。」
「所謂、天才ってやつか。」
「そうだね…、確かに彼は天才という言葉がとても似合う人だったよ。彼しか使えないような魔法もあったしね。」
「へえ、それは興味深い話だな。」
「やめておけ、あんなもの理解しようとするだけ時間の無駄だ。」
「確かに、あれは難しすぎるからね。使えたら凄く便利だと思うけど。」
そんなことを言われると、逆に興味が湧いて来るというものだ。
「どんな魔法なんだ?それ。」
「確か、空間魔法といったな。どんなイメージをしているのかさっぱりわからなかったが。」
空間魔法…全く想像がつかないな。
光魔法もそうだが、この世界には俺の知らない魔法が意外とあるようだ。
しかも、どちらも学院が関係している。
やはり学院に入るのは正解だな、入ればさらに新しく魔法を知ることができるだろう。
院長から教えてもらうのは確定しているしな。
俺には複合魔法が有るが、それだけで特別だと言うつもりはない。
それに、複合魔法は魔法を知れば知るほど強化できる訳だしな。
…まあ、今の二つが複合魔法に組み込めるかどうかはわからんが。
「空間魔法か、できるのなら習得してみたいものだ。」
「うーん…難しいと思うけど、もしも会ったら聞いてみると良いよ。多分教えてくれるだろうから。」
「そうだな、奴はそういう人間だ。…そういえば、奴のことをしばらく見ていないな。まあ、変わらずくだらないことでもしているのだろうが。」
「いやいや、意外と大事に巻き込まれているのかもしれないよ?まあ、彼の場合はどちらかというと巻き込まれに行っている節があるけど。」
「奴は昔からそうであったな。何度事件に巻き込まれたことか。」
それは周りからしてみれば傍迷惑な話だろうな。
まあ当人自身が一番迷惑しているのだろうが。
「だが、迷惑度で言えばある意味イアの方が上だったかもしれんな。」
「ああそうだ、マオ君ってイアとエルの子供なんだよ。知ってたかい?」
「いや、初耳だな。確かに言われてみると似ているかもしれん。小憎たらしいところなんかはイアにそっくりだ。」
「そうは言うけど、嫌ってはいないんだろう。相変わらず素直じゃ無いんだから。」
なんか、扱いを心得ている感じだ。
それだけ付き合いが長いってことなんだろうな。
…他にもゴーシュがわかりやすいっていうのもあるだろうが。
「く…好きに言っているがいい…。」
「そうやって否定しないから皆にいじられていたんだけどね。」
「良かったなゴーシュ、人気者じゃないか。」
「ぐぐぐ…貴様ら…。」
そんな反応するから面白がられるんだろうに、エリックがニヤニヤしてるぞ。
というか、ゴーシュはこんな性格してるのにいじられるほど立場が弱かったとは。
本当に好かれてたんだな。
人との繋がりがあるというのが、少しだけ羨ましい。
と言っても、今は俺も繋がっている人は沢山いるがな。
父さん、母さん、ユウ、支部長、エリック。
王都に来てからは、シエルやゴーシュ、ユミト達の三人。
そして、アリア。
今頃、どうしているんだろうな。
王国に居るのか、帝国に居るのか、はたまた、この大陸の外に居るのか。
人間か、それともエルフやドワーフといった亜人なのか。
貴族、商人、農民、もしかすると、王族なんてこともあるかもしれない。
しかし、アリアがどんな境遇であろうとも。
絶対に、見つけ出すと約束したんだ。
たとえ邪神が立ち塞がっても、その時は倒してしまえばいい。
「…おい貴様、聞いているのか。」
「…ん、なんだ?」
「なんだじゃない、貴様、話を聞いていなかったな?」
「あー、すまない。何の話だったか。」
「いや、何の話ってことも無いけどね。急に喋らなくなったから、どうかしたのかなあ、ってゴーシュ君は心配してたんだよ。」
「誰が誰の心配をしていたって?」
「ゴーシュ君がマオ君のだよ。」
「誰がするか阿呆。寝言は永眠してから言え。」
「それは僕に死んでからも会いたいって解釈でいいのかな?」
「死んでしまえ。」
「酷いやゴーシュ君。マオ君、ゴーシュ君がいじめてくるよー。」
「くそ…鬱陶しい奴め…。」
こんな下らない言い合いも、前の世界では千年近くしていなかったのだな。
こっちの世界に来て、ユウと出会ってからくらいか、そんな余裕ができたのも。
それまでは本を読むなど情報を得るのに必死で、同年代の友人はいなかったからな。
…まあ、作ろうとしても精神年齢の違いから上手く付き合えなかっただろうが。
そう思うと、ユウは子供にしては精神年齢が高かったのだろう。
貴族だからか、それとも別の原因があるのかは知らないが。
逆に俺は精神年齢が低くなっている気がするな。
体に精神が引っ張られているのかもしれん。
…元々そう老けていた訳では無いがな。
そうだ、むしろ感覚は若かった筈だ。
後の方少し若者達の考えが理解できなくなったとか、そういうのは断じてない。
「…ねえ、本当に大丈夫かい?また上の空だよ?」
「む、ああ、すまない。少し感傷に浸っていた。」
「貴様の数十年という生でそう感傷に浸れるとは思えんが。」
「いや、俺は老けて無いぞ。」
「別に誰もそんなことは言っていない。本当に大丈夫か貴様。」
しまった、つい歳の話に敏感に…。
「何でも無い、だから気にしないでいてくれ…。」
「いや、大丈夫なら良いのだが…。」
「今、昔のエルとイアの話をしてたんだよ。」
昔の父さん達か…。
あまり変わっていなさそうではあるな。
「昔のイアは、とんでもないお転婆娘であったな。家出をしたとも言っていた。」
「ああ、そうなんだってね。詳しくは知らないけど。」
「家出…?」
確かに、親戚の家に行くということが今まで無かったな。
そう思うと、父さんの方にも何かあるのかもしれないな。
「エルは何というか、苦労人体質だったな。」
「まあ、いつもイアが近くにいたし、セロともよく一緒だったからね。」
「確か委員長もやっていただろう。そのせいか教師陣からの信頼も厚かった。」
「というか、彼は一番働いていた気がするよ。」
「…父さんと母さんは昔からほとんど変わってないんだな。」
「まあ、あの二人はね…。変わりようが無いというか、何というか…。」
「奴らはきっと死ぬまで変わらんだろうな。というより、奴らに限らずSクラスの同期は変わらんだろう。」
「まあ、濃いからね。今思えば変人しかだった気がするよ。」
「貴様もその一人だがな。」
「そんなことを言ったら君だって十分変人だからね?」
「…まあ、自覚はしている。」
「直した方がいいよ、その面倒くさい性格。初対面だと嫌な人でしかないから。」
「うむ…。」
何だかいつの間にか話が変な方向になってきたな。
まあ、確かに初対面の時は俺も嫌な奴だと思ったがな。
「あ、もうこんな時間じゃないか。そろそろ出よう、お店の方にも迷惑がかかるだろうしね。」
「む…仕方ないな、出るとするか。ところで、これからどうするつもりだ?」
「まあ、適当に時間を潰せばいいんじゃないか。ゴーシュも一緒に来るか?」
「そうだな、どうせ今日の用事は終わって暇をしていたところだ。付き合ってやろう。」
「と言っても、何もやることがないんだけどね。」
「まあ、適当に歩いてればいいだろう。面白いものとかが見つかるかもしれん。」
……たまにはこんな何も無い日があっても良いものだな。
最近は依頼だなんだと忙しかったから、こういう風に一日を過ごすのは久しぶりだ。
今度休む日があったら、ユウに付き合ってやるか。
…できれば食べ歩き以外がいいがな。