第十話 魔王、神様に出会う
「…貴様らが臨時教師の依頼を受けた冒険者か。」
初日の授業が終わり、与えられた部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、不意に声をかけられた。
声の方を向くと、眼鏡をかけ、目つきの悪い、どこか神経質そうな男が立っていた。
「うむ、確かにそうだが。あなたは?」
「私はゴーシュ、Sクラスの担任だ。」
これは好都合、ちょうどこっちも話をしたかったところだ。
「今日の授業を私も拝見させてもらった。確か…魔力操作といったか、聞いたことのない技術だ。」
「それはそうだろう。もっとも、普通は無意識にやっているものを意識してやるというだけだが。」
「ふむ…具体的にはどういった技術なのだ。」
「そうだな…。ひとつの属性の魔法を使い続けると、魔法の威力が上がったり魔力の消費が抑えられたりするだろう。あれは魔法を使うときの魔力の動きがスムーズになったりするためにそうなるんだ。」
「なるほど、それはとても興味深い話だな。もしもそれが本当の話であるとするならば、だが。」
「なんだ、疑っているのか?言っておくが事実だぞ。なんなら見せてやろうか、魔力操作の賜物を。」
「いいや結構。事実かどうかはこの二週間で判断させてもらう。もっとも、あまり変なことを生徒に教えるようなら二週間もここに居させはしないがな。」
…嫌な奴だなこいつ。
まあ、全く知られていないのだから仕方のないことかもしれないがな。
「そんなに心配するな、この二週間の内はあいつらは俺の生徒でもあるんだからな。変なことなどしないさ。」
「…私は別に心配などしていない。」
「そうか、まあ別にどっちだっていいがな。」
「…ふん。」
素直じゃない…というべきなのだろうか、ここは。
「…まあいい。要件はそれだけか?」
「そんな訳無いだろう、馬鹿なことを言うな。」
怒られてしまった。
「教師として仕事するにあたって色々要るだろう、特にあの三人は。つまり、あの三人について色々と教えに来たというわけだ。」
「おおそうか、それは助かる。近いうちにこちらから行こうとも思っていたんだがな。」
「ふん、構わん。これが資料だ、何か質問があれば今にしろ。担任の仕事がないとは言え、私は忙しいのでな。」
「…あー、じゃあ俺たちの部屋に上がるか?長くなるかもしれんし、その間立ちっぱなしも辛いだろう。」
「…なら、上がらせてもらおう。」
「そうか、俺達の部屋はもう少し歩いたところだ。ついてきてくれ。」
…しかし、引き継ぎのためにこんな早く自分から出向いてくれるとはな。
意外と悪い奴ではなさそうだ。
*********************
「さて、じゃあ適当にかけてくれ。今お茶を入れるから、ユウが。」
「む、ならばいただこう。」
「はいはい、今入れるから待っててくれ。」
さて、じゃあ俺はこの資料を読んでおかないとな。
「………。」
「………。」
「………。」
「…おい。」
「………。」
「おい貴様、無視をするな。」
「…なんだ。」
「暇だ、何かないのか。」
「知るかそんなこと。おとなしく待ってろ。」
「…ふん。」
子供かこいつは。
「おーい、お茶が入ったぞー。」
「うむ、ありがとう。…ふむ、なかなか美味いな。」
「まあ、よく入れさせられてるかな奴に。」
「奴とは何だ、師匠と呼べ師匠と。」
「うわ懐かしい。前はそんな風に呼んでたなあ。」
「結局面倒になって一年くらいでやめたけどな。」
「…おい、私を無視するなと言っているだろう。」
「…はあ。まったく、そんなに暇なら仕事でもしていたらどうなんだ。」
「そんなもの、準備しているわけがないだろう。」
言い切ったなこいつ。
「…おいユウ。そこのでかい子供の相手してやれ。機嫌を損ねられてもかなわん。」
「貴様、子供とは誰のことだ。まさか私ではあるまいな。」
「……。」
「おい、なんとか言ったらどうだ。」
「ほら、ユウ。」
「ええー、そうやって困ったらすぐに俺に押し付けるのやめろよ…。」
「仕方ないだろう、こっちは資料を読むのに忙しいんだ。魔力操作についてでも適当に話してやれ。」
「む、だからそれについては私がこの目でだな…。」
「別に、話を聞くぐらいいいだろう。さっきも簡単な説明はしたじゃないか。」
「…確かにそうかもしれんが…。」
「というわけでユウ、相手しといてくれ。」
「…はあ、わかったよ。」
ふう、ようやくこっちに集中できるな。
資料といっても、三枚だけだが。
性格だとか出身だとか、プロフィールみたいなものだ。
まあ、性格はこの目で見て知っているし、出身も特筆すべき点はないな。
…ふーむ、見た感じそこまでおかしなところは…ん?
「なあ、資料の事なんだが、ちょっといいか?」
「どうした。」
「この三人の魔力の異常な伸びはなんだ?」
魔力というのはもともと、ある程度の個人差があるものの成長するにつれ増えていくものだ。
もちろん、あるときから急に魔力が増えてもおかしくはない。
そういう転機がある者もいるし、ある時から急に効果が出てくる鍛え方もある。
しかし、それを含めてこの増え方はおかしいのだ。
「ああ、それか…。もちろん、私たちだっておかしいとは思うが…。」
「なんだ、はっきりと言え。」
「うむ…それが、院長が気にしなくてもいいといったのだ。別に悪影響ではないと。」
「む、それは変な話だな。まあ、後で校長に聞いてみるか。」
「それがいいだろう。他には何かあるか?」
「いや、もう大丈夫だ。」
「そうか、なら帰らせてもらうとしよう。」
「おう、また来いよ。」
「さようならー。」
「邪魔したな。」
そう言ってゴーシュは去っていった。
さて、じゃあ時間もあることだし、院長のところに行くとしようかな。
「ユウ、院長のところに行ってくる。遅かったら先に食堂に行って食べておいてくれ。」
「ん、わかった。」
多分、院長室にいるだろう。
*********************
「院長、マオだ。今大丈夫か?」
一応、ノックをしてから声をかける。
「大丈夫だ、入って来てくれ。」
「ん、わかった。」
中に入ると、院長が持っていた書類を机に置いた。
どうやら、仕事中だったらしい。
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。あの三人の魔力についてだろう?」
「…ああ、そうだ。」
「やはりね。君なら気づくだろうと思っていたが、どうやら期待通りだったみたいだ。」
「…期待通り、か。まるで俺を知っているかのような口ぶりだな。」
「うん、知っているよ。なにせ君はあのエルとイアの息子だからね。」
ここでもあの二人が出てくるとは…。
俺の両親は実は結構な有名人だったりするのか?
「まあ、君の場合はもう一つあるのだがね。」
「なに?」
「だって君、元々こっちの人間じゃないだろう。」
「…何を言っている。」
いや、何を言っているのかはわかる。
十中八九、俺が転生してきたということだろう。
それもただの転生じゃなく、異世界からの。
「君が驚くのも無理はない。普通の人間ではそんなこと、気づくどころか考えもしないのだからね。」
「…まるで自分が普通の人間ではないような口ぶりだな。」
「そうだ。といっても、今はほとんど普通の人間と変わらないのだけれどね。」
「…何者だ、あんた。」
「うーむ、何者と言われると困るけれど…。所謂、神様ってやつなんだろうね。元、ではあるけど。まあ、今でも世界を把握するくらいの力は持ってるからね、君のことはそれで分かったんだ。」
神様…ねえ。
俺はそういうのにやたらと縁があるな。
「で、その元神様が俺達に何の用だ。この依頼だってどうせ元から俺達に受けさせるつもりだったんだろう?」
「そうだね、まあ呼ぶのは君だけでもよかったんだけれど。それで、君には見せたいものがあるんだ。」
「見せたいもの?」
「ああ、しかもそれはユミト君達の問題の原因でもあるんだ。」
ということは、魔力が増えることになった原因か。
「わかった、案内してくれ。」
「ありがとう、君ならそう言うと思っていたよ。それはこの学院の地下にあるんだ、ついてきてくれ。」
「地下…?」
「うん。まあ、あるというよりも居ると言ったほうが正しいのかもしれないけれど。」
…どうやら、予想以上に厄介な物のようだな。
できれば、静かに生きていきたいのだがな。