数年後。
■ナイト。
南大陸・西の方角に位置するオルボーア国、王族御側人四族の一つ。
オルボーア国を護る「オルボーアの剣」として大活躍を見せていた騎士貴族の一族。
当時のナイト騎士長が国境線地帯のウィル=ヴィレッジ村領主の娘と熱愛。
【ナイト】の銘を捨て結婚。二人の間には「サイナ」という娘を授かる。
それから十数年後、現領主はサイナ=ウィル=ヴィレッジ=ナイト。
オルボーア国とは完全に独立しても他国との交易は友好的に行い、様々な技術を開発・発展させていき、段々と他の大陸からもその名が知れ渡る程のものとなった。
■魔法。
『魔力』という存在を媒介に起こす自然や物理の法則を無視した摩訶不思議な技術。【魔法】を用いた者はかつて昔に存在しており、主に国を束ねる者や救世主と呼ばれる者などが伝説として残されている。
特別な存在にしか使えず、世界中の者が欲する存在。
血族は遠い太古に滅びたと語り継がれているが………。
オルボーア学園の卒業式から数ヶ月後。
オルボーア国の王族の養子・アヤカがオルボーア国の正式な王女となった報せは瞬く間に南大陸中に広まった。
突如としてオルボーア国に現れた【異世界】の美少女・アヤカ。
何故一介の少女が? そんな疑問はこの一言によって説明が付いた。
【アヤカねっ。神様に「莫大な魔力」を貰ったの!! 『魔法』が使えるの!!】
…彼女はあの『魔法』を使える存在であったからだ。
誰もがアヤカを慕っていた。
誰もがアヤカが王女になる事を喜んだ。
【アヤカ様は光と共に現れた異世界の美しき少女。】
【魔法を使え、繁栄をもたらす女神として現れた存在。】
【これで他国や他大陸に脅かされる事もなくなる。】
【オルボーア国は南大陸随一の王国となる。】
【私達の暮らしは一気に楽になるわ。】
【万歳!!】
【万歳!!】
【アヤカ王女様、万歳!!】
南大陸中の王族達や、交易を深めようとしている西大陸の大使館や王族達も招いたその祝いは、三日三晩の贅沢三昧大盤振る舞いの盛大であったらしい。
これでオルボーア国の未来は輝き続けると、オルボーア国の民衆も王族関係者達もそう信じて疑おうとしなかった。
それ程に盛大な「吉報」であった。
オルボーア国でも指折りの農産地であったウィル=ヴィレッジ村の領主の娘・サイナ=ウィル=ヴィレッジ=ナイトが新領主となり、ウィル=ヴィレッジ村領がオルボーア国と独立したという報せを掻き消す程に。
それから数年。
父の跡を継ぎ,領主となったサイナは、領主の仕事の一つ、書類作業に精を出している。
書類を見て。サインをする。或いは別に分ける。
一見単調そうな仕事だが、実はかなり重要な仕事。
一枚一枚の書類には領地を左右する重要な内容が記されているものばかり。
慎重に書類を見て、サインをするか否かに統治の善し悪しが懸かっているのだ。
それでもサイナの動きは一定のリズムを崩さず、書類を見て。深く理解して。サインをする。或いは別に分ける。山の様に溜まってる未分類の書類が段々と削られていく。
そんなハイスピードにも関わらず、彼女は一度だって間違えた事が無い。
元領主である父の力も借りる事無く、結婚記念日の旅行を二人にプレゼントした程だ。
『お父さま,お母さま。もうすぐお二人の結婚記念日でしょう。西大陸へ旅行でも行ってきたらどうですか? 領地の方はお父さまのご指導でボク一人でも充分になりましたから…。』
「いいわねサイナ!! あなた,新婚に戻った気分で行きましょう!!」
「くぅう……、サイナがこんなに大人になってお父さん寂しい…!!」
二人ともサイナへの旅行を大喜びだった。(父はサイナの成長にやや寂し泣きをしていたが)
『(今頃二人はイチャイチャに更に輪を掛けたイチャイチャをしてるんだろうなぁ…。)』
周りの人間は砂を吐いているのかなぁ…。
サイナは筆を止めて、やや遠い目をして窓辺を見る。
『(そして帰ってきたらなんと子供を身籠もってしまいました………なーんて…。)』
「サイナ領主様。お茶が入りましたので休憩しましょう。」
『ああ、有難う。』
メイドの声かけにサイナは作業を止めて、休憩をする事にした。
「本日のお菓子は、サイナ様の発案によって栽培された砂漠地帯の"めろん"タルトで御座います。」
『砂漠地帯での栽培は上手くいってるようだね。』
「はい!!農業なんて不可能の砂漠地帯が、サイナ様の考え出した技術によって今では品質の良い作物類が面白い様になっているとの事です!!」
自分の事の様にはしゃぐメイドの姿にサイナは笑みを溢す。
『悪いね。メイドなのにボクの秘書みたいな事やらせちゃって。』
「とんでもないです!!何せサイナ様は私の大恩人なんですよ!?サイナ様に拾われなければ、あのオルボーア国共の奴等に心を殺されたまま野垂れ死にいていたのですから!!一度私の心を蘇らせて下さったサイナ様には一生感謝しても足りません!!どうか存分に私を扱き使って下さい!! そして身体も…(ポッw)」
『あはは…。』
その苦笑は彼女の大袈裟過ぎる言葉からか,彼女の最後の小声からか、サイナは紅茶を啜る。熱く言い寄るメイド…。実は彼女はオルボーア国の【元】・貴族御令嬢であった。
『もうボクと出会って半年か…。随分たくましくなって………。』
何故オルボーア国の人間が独立したウィル=ヴィレッジにいるのか。
何故貴族御令嬢がメイドとしてサイナの元に働いているのか。
それは数年前。当時オルボーア国の貴族御令嬢であった彼女は、アヤカによって貶められて追い出されたのだ。オルボーア国からも。実の家族からも。
■■■
数年前。始まりは貴族達のお茶会の途中…、
「ちょっとお話があるんだけれど、いいかな~?」
顔見せだけで僅かな面識しか無い“アヤカ様”からのお話。
一体何かと怪しんだが,王女たる“アヤカ様”の機嫌を損ねてはならないと呼び出し通りに呼び出された部屋へと向かい、彼女とアヤカの二人っきりとなったと同時に。アヤカの顔が邪悪な笑みに醜く歪む様子の一部始終が、彼女の瞳に映り…。
「きゃああああああ!!!」
気が付けば、いつの間にか自分は全く身に覚えのないナイフを持っていた。
彼女の貴族御令嬢であった人生は,アヤカの悲鳴によって終わりを告げた。
「ひっく…。“調子に乗らないでよ このブス”って……アヤカを…。」
アヤカの言葉に反発したが、手にナイフを持っていた事で誰一人として彼女の言葉を信じず、更には………。
「この女がアヤカ様にナイフを向けて襲い掛かった。」
と、ランドルフ=ヨルムンガルドの【証言】。
彼女はようやく気付いた。
自分は『魔法』によって嵌められたという事に。
一介の貴族令嬢と国王の養子。権力と評判と証言。彼女の状況は圧倒的に不利。
曲がった事を許さない生真面目な性格が災いして断固として無実だと言い貫いた。
その結果。
オルボーア国から追放処分を受けられ家族からも信じて貰えず"我が家の恥晒し"と冷たい眼で睨まれ荷物も持たずに追い出され。彼女の心は……想像に難くなかった。
その後の彼女の記憶は殆どぼんやりとしたまま。
ただ呆然と行く宛も無く道のあるままにとぼとぼと歩いた。
…歩いた方角が西で無ければ、彼女は生きてはいなかっただろう。
そして道から外れて森の中…。オルボーア国とウィル=ヴィレッジ領の境目の森。力も尽き果てて生き倒れて………警備調査をしていたサイナ達一行に拾われた。
『…そっか、君も[一つ前]のボクと同じくアヤカに……辛かったね。家族からも誰からも信じて貰えずに……………それでも生きてくれて、有難う』
「………………………………………………………………えっ?」
サイナに言われたこの言葉。この言葉こそ、彼女にとって心も身体も死んだ自分を生き返らせ、今こうして生きる自分にとっての神の言葉であった。
■■■
「サイナ様のあのお言葉があってこそ、私はこうして生きている! まさにサイナ様は私にとっての神です!!」
『大袈裟過ぎるけど、そんなにボクを慕ってくれるなんてて嬉しいよ。』
…若干イッている事に、サイナ本人は気付いているのか。
『ところで、オルボーア国の背景は?』
「“ざまぁみろ” その一言に尽きますわ。」
『……………やっぱりか…。』
アヤカが王女となった数年前まで、豊かになると民衆達から信じられて疑おうとしなかったオルボーア国。それが今となってはアヤカが王女になった祝いがあった面影なんて影も形も無い程に、オルボーア国は崩落状態にあった。
アヤカが王女となった事でオルボーア国は、将来有望として他国との交易が盛んとなった事でウィル=ヴィレッジ領が独立した事にも無関心に、夢中に勤しんだ。
だがしかし。オルボーア国の情勢は最初はよかったものの…。
次第にメッキが剥がれ落ちる様にボロが出始めた。
南大陸各地の不作や天災。西大陸への商売品を積み込んだ商船の事故。最初は只の偶然だろうと笑っていたが段々と税金や物価が高くなり、比例して起きる暴動や内乱。
オルボーア国の民衆達はアヤカに救いを求めようと縋ったが、当の本人は贅沢三昧の日々を送るばかりで悪循環に悪循環を塗り重ねていくばかり。
偶にアヤカの『魔法』で何とかしようとするが、『魔法』は全て保身ばかりの貴族達にしか使われず民衆達の救いには一切届かない。
………そして次第にこんな噂が流れてくる様になった。
【アヤカ様の『魔法』は、オルボーア国の民の幸福を吸い取って発動されている。】
【国が不幸になっていく事で、アヤカ様が『魔法』を使えなくなっている。】
最早『魔法』という虚飾は朽ち果てていく有様。
最早オルボーア国に未来は無いと他国は、我先に同盟を破棄していった。
瞬く間にオルボーア国は、南大陸や西大陸からも孤立する形となった。