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貴族令嬢物語

仮面令嬢

作者: 梨宮紗夜

 一部、訂正しました。

「――貴女との婚約は破棄する。貴族にあるまじき振る舞いの数々、知らないとは言わせない」


 わたくしの笑顔の仮面は剥がれてませんかしら。

 彼――我が国・グレンフィルの、第二王子にしてわたくしの婚約者――の言葉を聞いて、第一に思ったことがそれですわ。


 容姿端麗、文武両道、成績優秀。民を支えるだろうと名声を浴びる王太子と共に、更なる発展を築くと期待されるお方。

 それが彼の人――アルフォンス殿下の謳い文句ですわ。いえ、厳密に言うならば“でした”でしょうか。


 今の様子を見る限りでは、哀れとしか言い様がありませんわね。

 この流れはどうでもよろしいのですが、一言も申さず去る行為はお父様の逆鱗に触れてしまいますわ。わたくしにとっては、そちらの方が重要ですの。

「――殿下、わたくし、お恥ずかしながら心当たりがございませんわ。どのようなことをしてしまいましたのでしょうか?」

 あらあら、王族とも在ろう方が露骨に嫌そうな顔をなさらないでくださいませ。外交も任せられませんわ。

 わたくしと同じように、社交の場では常に完璧な笑みを浮かべておりましたのに。かつての名残すらもありませんのね。お困りになるのは殿下ですので、構いませんが。

「心当たりがないだと? 恥を知れ‼」

 ……何様ですの、この方。

 少し情報を整理してみましょう。

 まず、わたくしの立場は公爵家令嬢。現段階では、まだ王子殿下の婚約者。

 次に、今の言葉を口にした方ですが、侯爵家令息。

 明らかに身分を間違えてますわ。お父様がいらっしゃらなくて良かったですわね。わたくしを侮辱する行為は公爵家を侮辱することと同義ですもの。わたくしが帰宅する頃には、伝わるでしょう。

 頭の回転は速くなくてはいけませんわ。不測の事態だから対応出来ないなどでは、お父様のお怒りを……いえ、公爵家に相応しくありませんものね。

 名前は確か――。

「バートランド様、わたくし、恥は知っていますのよ。バートランド様こそ、身の程を知るべきですわ」

「なっ‼ 過ちを認めないとは公爵家の振る舞いではない!」

 この方と話しても、意味がありませんわ。

「殿下、お教えくださいませ」

 無視されたくらいで顔色を変えてはいけませんわよ。貴方はわたくしより格下、なのですもの。

 殿下も嫌そうな顔でこちらをご覧になられますのね。

 わたくしはその程度で引き下がるような女ではありませんわ。お父様のお怒りに比べたら……比較にすらなりませんでしたわね。

「――エリカ嬢のことだ。見に覚えはあるな?」

「いいえ、存じませんわ」

 確定事項のように言われても、知りませんもの。

「貴女は王族と婚約したんですよ、その立場に見合う行いをしてください! 罪を認めないなんて、エリカ嬢が可哀想だとは思わないんですか‼」

「……謝罪を要求する」

「早く謝れ! 今なら温情が与えられる。その殿下のお心遣いを無下にするつもりか‼」

「アナスタシア、見損なったぞ」

 どうしてこのように、責められなくてはいけませんの。

 そもそも、バートランド様には先ほど注意して差し上げましたのに。何故、それより下位の、伯爵、子爵にまで責められるのでしょうか。

 殿下は説明してくださる気はなさそうですし、ね。


「――もう、止めてください‼ アナスタシア様にも事情があったんです、そんなに責めないであげてください!」

 ここで、この方をお褒めになるのでしょう。ですが、それを許してしまえば、わたくしは何も知ることが出来ませんわ。

 1秒にも満たず思考を巡らして――。

「その言葉の意味、お教えくださいませ。エリカ様」

 ハニーブロンドは光を浴びて、柔らかそうに輝いていますわ。羨ましい限りですわね。

 彼女の名は、エリカ・ミーリック。

 元々は商人の出でしたが、功績が認められましたの。それにより、父君が男爵位を賜ってますわ。良かったですわね。

 あら、話がずれてしまいましたわ。

「は、い。……いつかはきちんとお話ししなければと思ってました。あの、確かに婚約者の近くに私みたいなのがいたら不愉快だと思うんです。でもっ、あんなことしなくても……ッッ」

 エリカ様、途中で止められても困りますわ。

 ……というか、わざとらしいですわよ。演技をするならお上手に――と違いましたわね。このような時に演技指導をしてどうしますの。いえ、このような時でなくともしませんが。

 ですが、これですと――。

 わたくしは彼らへと目を向けますわ。皆様、完璧に騙されているようですわね。ええ、分かっていましたわ。問題はわたくしが“悪女”の役割を担っているということですの。

「エリカ嬢……‼」

「貴様も、この優しさを見習ったらどうだ!」

「謝るべきだと、思わないのか……?」

 とうとう、貴様にまで落ちましたのね。

 バートランド様は、公爵家からの怒りをその身を以て体験していただきましょう。

 お父様のお怒りは凄まじい……近頃、弟も似てきたような気が。いえ、気のせいですわね。

「――もういい。貴女の良心に賭けていたのだが、無駄だったようだ」

 呆れを表す殿下。

 下手な芝居ほどつまらないものはありませんわね。早く説明してくだされば、よろしかったですのに。

 あら、終わったようですわね。

 冷たくこちらをご覧になられておいでですもの。

「エリカ嬢への陰湿な虐めだ」

 そうですの、イジメですのね。虐め……と、お待ちくださいませ。

「わたくし、そのようなことはしていませんわ」

 濡れ衣を着せられるのは、御免被りますわ。してもいない罪など認められる訳ありませんでしょうに。

「まだ言うか!」

「バートランド、もう止めろ」

「しかし‼」

「言う言葉は決まっている」

「……」

 漸く静かになりましたのね、バートランド様。

 さてどのようなお話でしょう。

「――アナスタシア・アッシュホードとの婚約を破棄する」

 最初にお聞きしましたわ、その発言。

「更に、アナスタシア・アッシュホードはその身分を剥奪し、国外追放とする」

 あら、終わりましたわね。

 申し上げたいのですが、罪と罰の重さが等しくありませんわよ。どちらか1つで十分ですわ。

 と言っても、お聞きくださらないでしょうね。わたくしはどちらでも構いませんわ。殿下の評価はこれ以上ないと思えるほど、下がってしまいましたもの。

 わたくしは一言、お許しいただければ、結構ですわ。

「殿下、アッシュホード家がどうなるかお訊きしてもよろしいでしょうか?」

 その発言に殿下は驚かれたようですわね。

 目を見開いていますもの。

 まぁ、失礼な方ですわね。一応、訊ねているだけですわよ。これで傾く公爵家ではありませんもの。

「貴女にも、家族を想う心があって何よりだ」

 ……失礼の上書きをしましたわ。

「安心しろ。公爵家の今までの実績は、王家によく仕えてくれた。貴女のことがあっても、問題はない」

「それを聞いて安心しましたわ」

 そして、ここからがわたくしにとって重要ですの。

 わたくしは今、どのような笑みを浮かべているのでしょう。強張ってなければよろしいですわね。

「もう1つ、申し上げたいことがございます。――殿下、様々な観点から事実を見抜いてくださいませ。一方を優遇するのではなく、中立に立ち物事を見極めてください。――わたくしの言葉は以上ですわ」

 すべき諫言もせずに引き下がっては、公爵家の誇りに傷が付きますわ。それを許すわたくしではありませんのよ。

「何を言って――」

「――では、失礼致します」

 不思議そうな、唖然としたお顔ですわね。わたくしの忠告すら、最早届かないということが分かりましたわ。

 国を想い行動するアルフォンス殿下は、もういらっしゃらないのですわね。

 立ち去る間際、優雅に微笑んでそのようなことを思いましたの。


 ところで何故わたくしがこれほど落ち着いているのか、疑問に思っているようですわね。

 どうして気付いたのか、ですか。貴女、顔に全部出てますもの。

 では気を取り直して。

 わたくし、“異世界転生”なるものをしましたの。しかも、“乙女ゲーム”の“悪役令嬢”にして“ライバル令嬢”という役ですわ。

 わたくしの前世は“ニホン”という国に住む、平凡な女性でしたの。一般的と呼べる家族構成、友人関係、職業……。確か享年は、20歳代前半だったように思いますわね。事故死というありふれたもので儚くなってしまいましたのよ。

 そんな馬鹿な、と思いますわよね。大丈夫ですわ、事実ですもの。信じてもらえようが頭を疑われようが事実ですのわよ。

 貴女を責めるつもりはありませんわ。わたくし自身、そう思いましたもの。


 さて、この世界についてと先ほどの状況について説明致しますわ。わたくしのことはお気になさらず。馬車で邸に着くまで暇ですの、暇潰しに付き合ってくださいませ。

 貴女は侍女ですから、このような前置きは必要ありませんでしたわね。運が良いのか悪いのか……決めるのは、貴女次第ですわ。


 まず、この世界は“乙女ゲーム”であると申しましたわね。“乙女ゲーム”とは、疑似恋愛を楽しむゲームのことですわ。恋に恋する乙女の願いを叶えてくれるゲームだけあって、種類も豊富ですの。

 この世界は中世を舞台とし、主人公――ヒロインと呼ばせていただきますわ――が貴族社会に慣れて行きながら、地位良し、成績良し、顔良しの殿方と恋を育むという仕様になっておりますわ。

 ……あら、もうお分かりですの。ですが、最後まで説明させてくださいませね。


 このゲームのヒロインこそ先ほどの令嬢、エリカ様ですわ。

 となると、彼女の周りにいた方々も予想できますわね。

 わたくしの元婚約者、第二王子アルフォンス殿下。侯爵令息バートランド様。伯爵令息クレイグ様、子爵令息シリル様。

 この5人ともう1人――隠し攻略相手であり、留学生且つ隣国の第三王子エドワード殿下。総勢6名がお相手ですわ。

 まぁ、6人もいなかった、ですか。……ええ、その通りですわ。わたくしにも理由は分かってませんの。1つ言えることは現実はゲームのように簡単ではない、でしょうね。

 そんなことは分かっている、ですか。それは失礼致しましたわ。

 世界についてはこの辺りでよろしいでしょうか。


 次は、わたくしが思い出した切っ掛けですわね。

 頭を打つ? 高熱? 婚約者を見て? あら、貴女も気になるようですわね。

 正解は3つ目、ですの。

 今から11年前、わたくしが6歳の頃ですわ。

 アルフォンス殿下を拝見して、気を失いましたの。……高熱で寝込んだでしょう? いえ、そのようなことはありませんでしたわ。

 翌日にはすっかり良くなって、この先の情報を整理できましたわね。

 だから悪役にならず、一家没落・離散エンドの回避をした? いえ、わたくし、自らが動くのは好みませんの。

 そもそも、あれはゲームだから成り立っているのであって、現実的ではありませんわよ。


 何故知っていてこうなるのか、ですか。

 わたくしの予想でしかありませんが、エリカ様も転生者だからだと思いますわよ。

 彼らは優秀ですの。そんな方々をこの短期間で効率良く落とすには、ゲームの知識がなくては不可能ですわ。これがお一人であれば、可能ですが。

 “乙女ゲーム”の名前、ですか。残念ながら存じませんわ。わたくし、何故か名前だけ思い出せませんのよ。


 あら、もう着きそうですわね。最後までお付き合いくださって有難うございますわ。

 そうそう、1つ言い忘れていましたわね。

 ――貴女も転生者、なのでしょう?

 悪役の末路をご存知なら、その筈ですもの。いえ、他にも確証がありましたが……。ふふ、わたくし、彼女以外の転生者は初めてですの。もう少し早く、お話ししたかったですわね。


 お父様からお説教を頂戴するのでしょうか。

 わたくし、ちゃんと冤罪だと申しましたし、諫言も申しましたわ。これで怒られるなど……いえ、まだ決まってませんわね。

 杞憂で済むとよろしいのですが……。

「お嬢様、旦那様がお呼びです」

「分かりましたわ」


 相も変わらず、厳めしいお顔ですわね、お父様。

 などと思っている場合ではありませんでしたのよ。理由は簡潔に、お母様が抱きついてこられたからですわ。

「ぐぇ‼」

「凛々しかったそうですねぇ‼ わたくしも娘の勇姿を見たかったです!」

 あら、淑女らしくない声が……。仕方ありません。

 これは耐えられるものではありませんのよ。抱きつくというより、締め上げていますわ、お母様。

 お父様、お助けくださいませっ。

「ミランダ、放してあげなさい」

 お父様のお言葉でお母様が離れますわ。

 まぁ、生きているとは素晴らしいですわね。わたくしとしては、その優しさの砂粒ほどで構いませんので、分けてくださいませ。

「何故呼ばれたか、分かるな?」

 ほら、別人ですわよ。

 不満を出したところで、悪化することしかないと学びましたもの。ならば、心の奥に閉まっておかなければなりませんわね。

「学院での件、でしょう?」

 それ以外に思い当たりませんわ。

 そういえば、これも殿下に呆れさせられた理由の1つでしたわね。

 貴族の令息令嬢が通う学院は、言うなれば国家の縮図。王立ラッテリンク学院を見れば、今後の貴族社会が分かるというものですの。

 殿下はそのような場で、婚約破棄を申し出たのですわ。これでは、見限られるのも時間の問題ですわね。しかも、婚約者がいる身で他の令嬢と一緒におられる姿を見かけるとは、言語道断ですわ。

「お前は何をした?」

 あら、同じような問いをつい先ほども受けましたわ。

「冤罪だと弁明し、忠告致しましたわ」

 お父様、今回はお叱りは受けませんわよ。

 自慢気に笑いたいのですが、堪えましょう。あら、何故溜め息などしていますの。

「冤罪だと言うならば、最後まで弁明しろ。中途半端なことはするな、紛らわしい」

 な‼ 紛らわしい、ですって。言うにこと欠き、酷い扱いをなさいますのね。

「しかも、国外追放……とは。殿下も面倒なことをしてくださる。――お前もせめて、謹慎処分にしてもらえるように図れば良かったものを」

 飛び火するなんて聞いてませんわよっ。

「お前が国外にいる間になんとかしておく。知識は詰め込んで損はなかったな。――出立は明日の朝だ、今日中に準備を済ませろ。後はエドも連れて行け。分かったな」

 ……お父様、決断力がありますわね。寧ろありすぎ、ですわ。もしやわたくしの即決はお父様譲りでは。

「国外に出る機会なんてそうそうありませんよ。楽しみながら、沢山のことを学んできてくださいね」

 ……いえ、おっとり気質のお母様も意外と。

 血筋、でしょうか。何故か悲しくなってきたのは、気のせいではありませんわね。

 この状況で言える言葉など限られてますわ。

「分かりましたわ」

 貴族の振る舞いから離れるとどうなるのでしょう。ほんの少し、ワクワクしますわね。


 改めて、我が家に仕えてくれる者たちの優秀さを感じましたわ。

 お父様とお母様とのお話の後、彼らは可及的迅速にお父様の望みを叶えましたのよ。

 因みに今は、夕食をとっていますわ。糾弾事件――勝手に名付けましたわ――が起こったのが、お昼休みの時間帯でしたの。これが最後――となるかは分かりませんが――の夕食ですもの。美味しくいただきましたわ。

 不満は1つありましたわね。

 説明する為に、家族構成を手短に。父、母、わたくし、弟となっておりますの。叔父様や叔母様の等のことなど話しませんわよ、沢山いらっしゃいますもの。

 問題はわたくしの弟、公爵家の跡取り息子。

 食事の間、ずっと小言ばかりでしたの。近い将来、お父様の小型版が出来上がるのが目に見えてますわ。

 でしたら、この時期に家から離れるのもいいのかもしれませんわね。……経緯はともあれ、お父様や弟が名誉挽回に努めてくれそうですもの。

 終わり良ければ全て良しとは、このことでしょうね。


 翌日になってから、わたくしは不機嫌ですの。

 目の前の従者のせいで、ですわ。

「お嬢様、元気を出してください。だって分かりきってた結末じゃないですか」

 斜め上の励ましの言葉。

 いえ、励まそうとも思ってないのですわ。わたくしが苛立っている様子を楽しそうに見てますもの。

「だから言っているでしょう! わたくしは落ち込んでなどいませんわ。……お父様は一体何を考えてますの、こんな不敬な従者を連れる意味が分かりませんわね」

 自分で思って自分に納得ですの。

 わたくしとエドは、幼少期を共に過ごしましたわ。だからか他に理由があるのか、わたくしは存じません。ですが言えることは、エドは従者らしくない従者だということですわ。

「にしても、開通ですねー。これならあっという間に国外ですよ。奥様も楽しめっておっしゃってましたし」

「……」

 エドが分かってやっているのか無意識なのかは、知りませんわ。ですが彼が不敬な態度なのは、わたくしを相手する時だけですの。尚更、苛立ってきますわね。

「エド、そろそろ説明なさい。わたくしだけ状況を理解できていないのは、不愉快ですわ」

「もう少ししてから、話しますね」

 この言葉はもう聞き飽きましたわ。

 心の中でそう漏らしますの。わたくしの従者には、わたくしの言葉は届きませんもの。ひどい矛盾を感じますわ。

 思わず溜め息が零れましたわね。エドには勿論のこと、それを許してしまうわたくし自身にも。


 あれから数日後ですわわね。あの糾弾事件から何日経ったのかは、分かりませんわ。数えてませんもの。

 エドの言った通り、驚異的な早さで国外に出ましたわ。ええ、それは別に構いませんのよ。

 さて、これでもわたくし、怒っておりますの。わたくしの疑問にお答えいただきましょうか。

「どうしてわたくしは、王宮に招かれてますの? エドの格好はどういった冗談ですの?」

 そうなのですわ。

 現在、わたくしは王宮におりますの。これだけでも理解できない状況だというのに、エドの格好が拍車を掛けてくださいますわね。

 彼、まるで王子のような格好をしてますのよ。笑ってしまいますわね。

「お嬢様――いえ、アナスタシア様。わたくしエドは本国、アルビスト国の第三王子、エドワードと申します」

「――は?」

 あり得ないと、思いますわ。その感情をそのまま口にしてしまいたいですわね。

 わたくしを馬鹿にして、楽しんでいるとでも思えればよかったのでしょう。ですが彼の言葉を鵜呑みにするなら、全ての辻褄が合いますのよ。

 お父様の態度、家の空気、何より不自然な従者。

 理解し難いですが、受け入れるしかありませんわね。話が先に進みませんもの。

「当時、我が国では王位継承争いが激化していました。わたくしの母は第一王妃なのですが、わたくしが第三王子であることが問題視されていた結果です」

 彼は語り出したのですわ、後回しにしていた“お話”を。


 我が国、グレンフィルでの情報を先に述べますわね。

 この国では、3人の王妃様がいらっしゃいますの。そして3人全員が、同程度の権力を有する家柄の出ですわ。

 王妃様をお迎えになる少し前のお話ですが、現国王陛下は幸いにも愛するお方が3人の中にいましたの。ですからこのお話は何一つ問題がないように思えますわね。

 しかし現実は違いましたわ。第一王妃様からお子が生まれませんでしたの。国王陛下は苦渋の決断をなされ、お2人の王妃様をお迎えになられたのですわ。第三王妃様から第一王子が、第二王妃様から第二王子が、そして第一王妃様から第三王子が誕生しましたの。

 ここで揉めますのよ。申し上げたでしょう? 3人の王妃様は同程度の権力を有する家柄だと。

 第一王子を擁護する者は先に生まれた者を優先すべきだと、第三王子を擁護する者は血筋を優先するべきだと。この話ですと、第二王子が権力争いに負けたようですわね。ふふ、違いますのよ。

 当時は一時的に休戦状態となりましたわ。均衡が崩れるまでの短い間でしたが。

 第一王妃様がお亡くなりになりましたの。元々病弱な方だったそうですわ。

 第三王子には、庇護がなくなりましたわ。王位継承権どころか、命の危険すらありましたの。第一王子、第二王子はどちらも優秀な方で現在進行形で揉めていますわ。


 ここから彼――いえ、エドワード殿下のお話を要約して説明しますわ。

 エドワード殿下に護りが無くなったことを危惧された国王陛下が、わたくしの父に連絡を取ったそうですの。何でも昔馴染みで、現在でも関係が続いていらっしゃるようですわ。

 父がグレンフィルへの留学だということにし、我が家――アッシュホード家で預かる形にしよう、と。ここでも不思議ですが、グレンフィルの国王陛下とは、そういった個人的なお話もされていたようですの。

 わたくしの父の交友関係はどうなって……あの父なら、何があっても納得できるのが悲しいですわね。先ほどから聞いているだけですので、曖昧な表現になってしまうのも複雑ですわ……。

 とにもかくにも、そのような流れでアッシュホード家に滞在することになったらしいですのよ。


 それまでの流れでわたくしは、首を傾げてしまいましたわ。

「何故、従者などをしていましたの?」

 正当なる血を継いでおられる方が、公爵家の従者をするなど不可解ですわ。エドワード殿下も、わたくしの付き添いという形――学院には奨学金制度がありますので、無理な話ではありませんわよ――で入学なさる必要がありませんわね。

「簡単なことです」

 あら、爽やかな笑みを浮かべておいでですわ。わたくしがお嬢様で、殿下が従者であった時のような。

 どうしてでしょう、嫌な予感がしますわね。

「俺はあの関係を気に入っていました。貴女とこのような立場になるのが嫌だったんです」

 わたくし、きっと並々ならぬ事情があったのだとばかりに……。わたくしの緊張感を返していただきたいですわ。

「でも、これはこれで良かったと思うんですよね」

「――は? 少々お待ちくださいませ、エドワード殿下。先ほどから口調が……」

 驚いてうっかり流してしまいましたが、王族足る者、口調には日頃から気をつけていただきたいですわね。

「いいんです、父から許可は得てます。あぁ、俺が良かったと思う理由は、名前で呼んで呼ばれるからですよ」

「殿下、何をおっしゃっていますの?」

「殿下じゃなくて、エドワードって呼んでもらえますか?」

 質問に質問で返しましたわね。性格の悪さは変わってないということでしょう。

 いけませんわ、ここで怒っては彼の思うつぼですわよ。落ち着いて、深く息を吸いますのよ。

「エドワード殿下、これからのわたくしの処遇をお教えくださいませ」

「……今はそれでいいですよ。ところで、“アナスタシア”と呼んでも構いませんか?」

「“アナ”で結構ですわ」

 わたくしの名前は長く、友人たちには愛称で呼んでもらってますの。殿下としての彼とは初対面ですが、従者の彼も同一人物ですもの。わたくしは気にしませんわ。それより、早く説明していただきたいものですわね。

「では俺も“エド”と。――問いの答えですが、王宮を滞在地とし、そこから各国へ移動する予定です。一応言っておきますが、俺も一緒ですからね」

「どうしてですの?」

「アナが好きだからです」

 ……聞き間違いでしょうか。ええ、そうに決まっ――。

「――アナが好きですよ」

 らないようですわね。

「婚約者がいたので仕方なく諦めてたんですが、もういいですよね。アナのことです、すぐには頷かないと思うんでしょうけど、時間はたっぷりありますしからね。」

 1度区切ると、今まで見た中で最高の笑顔を見せてくださいましたの。

「俺は諦めが悪いので、逃がしません」

 妙な威圧感を感じましたが、わたくしはいつも通り笑顔を浮かべられているのでしょうか。

 こくり、と知らぬ間にあった唾を飲み込みますわ。そこで漸く、気付きましたの。

 これは捕食者の目だと。

 わたくしはもう逃れられないのだと。


 わたくしは悟ったと同時に、思い出せなかった“乙女ゲーム”の名前が頭に浮かびましたわ。

 “Fragments of the happiness”。その意味は、幸せの欠片たち。

 わたくしの思い出の中には、常に貴方の姿がありましたわ。貴方が傍にいてくれたから、頑張れましたの。

 意地の悪い貴方には、絶対に教えませんわ。わたくしは貴方がどこにいても、変わりませんもの。

 わたくしの記憶には、貴方が散りばめられていますの。わたくしが貴方を忘れない限り、わたくしは幸せですわ。

 何故忘れていたのか、理解できますわね。わたくしの答えは、すぐ傍にあったのですもの。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子たちのその後がすごい気になります!!
[気になる点] 不足の事態だから対応出来ないなどでは、お父様のお怒りを…… 不測 [一言] その後の本国の話はくるのかな?
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