犯罪者
『世界一の犯罪者デストが、今夜また宝石店に押し入り金品を強奪して逃走した模様です! 近くの警官にデストをどう思っているかインタビューしてみましょう!』
『デスト? あいつは世界最低だよ。強盗だけに飽き足らず、政治家に殺しまで働くんだから。でももう少しであいつも終わりだ。既にあいつのアジトは突き止めてある』
『それは頼もしいですね! 皆さん、一刻も早くデストが捕まるのを待ちましょう! 平和な世界はもう目前!』
テレビの中で忙しなく動き続ける女性リポーターが良く通る声で画面の向こう側に話し続ける。
時刻は既に11時を回っており、あと少しで12時になり日付けが変わる。そんな夜更けに、1人の少女はテレビをぼんやりと眺めていた。
「お兄ちゃん、帰って来ないかな」
虚ろな瞳で画面を見つめ、その小さな口からは本音が漏れる。外からは頻りに雨が降る音が聞こえ、寒さから体を守る様に肩を抱き、体育座りで俯いた。
少女は今小さな小屋の中におり、置いてある物は殆んど壊れ、テレビも随分と古めかしい物だ。
少女が再び顔を上げた時、テレビにはデストが警官と戦う姿が大きく映し出されていた。雨に打たれ、拳銃の弾を浴び、血を吐きながら警官を1人、また1人と無力化していく。
鬼人の如き猛攻を繰り広げるデストは、黒い革のジャケットを来て、中には白いシャツを着こんだ長身の男だった。頭部には髑髏を模したマスクを着け、異様さを引き立てる。
奇怪で恐ろしい姿をしたデストは、未だに戦闘を続けており、その体は既に吐いた血と吹き出した血で真っ赤に染まっている。そして至近距離からの銃撃により、漸く膝を着く。
劣勢と判断したデストは、煙幕を発生させ煙に紛れ姿を消した。しかし深手を負った為、血痕は点々と続き逃亡先を教えていた。
少女はテレビから目を離し、時計に目を向ける。後数分で12時。兄はまだ帰らず、少女の瞳は次第に潤んでいく。
「お兄ちゃん……怖いよ……寒いよ……帰って来て」
その呼び掛けに答える様にして、小屋の扉がゆっくりと開いた。その先に居たのは、血まみれになった長身の青年。手にはなにやらマスクを持っている様子だった。
「お兄ちゃん! お帰り!」
少女は歓喜して駆け寄るが、すぐにその異常に気づいた。血まみれの時点で異常だが、少女が気づいたのはそこではなかった。
「お兄ちゃん……? どうしたの? なんでそんなに悲しそうなの?」
少女の問い掛けに、青年は何も答えない。その代わり、少女に近づき、優しく抱き寄せた。
「ごめんな……ごめんな……お兄ちゃん、変えられなかったよ……ごめんな」
「お兄ちゃん?」
「お前を幸せにしてやれなくて、ごめんな」
「お兄ちゃんどうしたの? 何を変えるの?」
「俺は、俺はただ……貧しい人々が普通に暮らせる世界を作りたかっただけなんだ」
青年の静かで、正気の無い話に少女は耳を傾けるしか出来なかった。青年の声音に哀愁と後悔が入り混じる。
「ごめんな……俺、もう行かなきゃ。せめて、お前だけは生きてくれ。もうすぐ、青い服の人達が来る。そうすれば、お前は幸せに暮らせる」
「お兄ちゃんはどうなるの? 私、お兄ちゃんが居ない幸せなんて欲しくない!」
「ごめんな……ごめんな……」
「待って! お兄ちゃん、行かないで! 私も一緒に行く!」
「せめて、俺の事を忘れないでくれ」
少女が必死に青年に縋り付くが、それを優しく離すとマスクを被り、青年だった者はデストをとなった。
少女に背を向け、肩越しに怯える少女を見た後、デストは雨の降る街の中に消えて行く。そして、車のエンジン音が聞こえ暫くすると、1つの銃声が響き渡った。
程無くして、体を震わせる少女の下には数人警官が集まっていた。警官達は、辺りを隈なく調べた後、少女を抱き上げる。
「それにしても天下の大犯罪者が人質まで取ってるとはな」
「全くですね。あんな劣悪な環境に幼気な子供を住ませるなんて」
「でも、もう安心だな。デストはもう死んだんだから」
警官の腕の中で震え続ける少女は、この時初めて自身の兄が死んだと知った。震えはもう、止まっていた。
デストが死んで、早十数年。彼が人質の少女を住まわせていた小屋の前に、1人の女性は佇んでいた。
長身の女性はクローバーとカブを小屋の前に供え、静かに両手を合わせ合掌する。
「お兄ちゃん、カブ好きだったよね。貧しいのに、いつも弱い所を見せないで私に優しくしてくれた。ありがとう。今度は、私が頑張る番だよ」
女性は側に掛けられていたくろい革のジャケットを着て、髑髏を模したマスクを被る。その姿は、拳銃で胸を撃ち抜かれ息絶えたデストに瓜二つだった。
歴史は繰り返される。例え殺したとしても、それはその場凌ぎに過ぎない。戦争が繰り返される様に、大きな過ち程消える事は無い。
今日もまた、雨が降る。警官達が騒いで車を走らせる。何度も銃声が鳴り響く。そして、過ちを繰り返す。
断言する。これは架空の話だ。だが、だからこそ様々な事を考えられる。もし現実にあったとしたら、調べれば全て分かってしまう。
だが、空想の物語なら、この人はこんな生き方をしたのかも、と考えられる。
勿論これは私の考えに過ぎず、違う考えを持つ人は大勢居るだろう。
こんな下手な作品読ませてんじゃねーよとか、もう少し勉強しろとか思うかもしれない。
しかし、私の作品を読んで何か発見があったなら、その時間は無駄では無かった。
今この瞬間にもまた、人は過ちを繰り返している。