MITの研究室に続く、研究者の筆音
前半は、考察の話で後半は、家族ドラマです
「ここがMITなんですか!」
優子が目を輝かせる。
「何か嬉しそうだけど、MITってなに?」
良美の質問に空気が真白になる。
雷華が頭を掻きながら言う。
「確か、アメリカの有名な大学の事だよな」
智代が偉そうに言う。
「正式名は、マサチューセッツ工科大学だよ」
そこで較が言う。
「ところでマサチューセッツってどういう意味だか知ってる?」
智代が黙ると呆れた顔をしてエアーナが言う。
「今居るこの州の名前ですよ」
そして小較が言う。
「確か、シリコンバレーと並ぶ先端技術産業の集積地のボストンでも中核になる研究がされているところだよね」
優子が頷く。
「そう、日本の東大より凄いって言われてるわ」
それを聞いて雷華が言う。
「そんな科学の巣窟みたいな所にどんな用事があるんだ?」
較が頬を掻きながら言う。
「ここにあるんだよ。畑違いすぎて、八刃の脅しも通じないから、物々交換用の手土産まで持ってきたんだから」
二つの包みを見せる較に風太が言う。
「物々交換って何を持ってきたんだ」
較があっさりという。
「一つは、ウラン」
風太が較の肩に手を置いて言う。
「そういう危険物を何処から手に入れてくるんだ?」
較が笑顔で答える。
「襲ってきた米軍の最新兵器に搭載されてたのを何かに使えるかもって強奪しておいたの。備えあれば憂いなしだね」
智代が手を叩く。
「なるほど」
エアーナが疲れた顔をして言う。
「納得しないで下さい。そんな用意が必要なこと自体に激しく問題を感じます」
「もう一つは、竜魔玉と同等の神器」
較の言葉を少し考えてから優子が言う。
「それって危なく無いんですか?」
それに対して較が頷く。
「今は、危険が無いよ」
嫌な予感を覚えて雷華が言う。
「まるで昔は、問題あったみたいじゃないか」
較が遠い目をして言う。
「これに力を持たせる為に、数百人の人間の魂が捧げられたそうだよ」
風太が怒鳴る。
「お前のところには、そんな物しかないのか!」
そんな当然な指摘を無視して較は、待ち合わせの場所に向かうのであった。
MITのある研究室の前。
「あちきが投資しているボストンの企業を通してアポをとったの」
較は、そういってノックする。
「どうぞ、お入り下さい」(英語)
その言葉に答えて、較達が入ると、そこには、一人の眼鏡をかけた博士が居た。
「初めまして、あちきが白風較です。後ろの人間は、単なる連れですので気にしないで下さい」(英語)
それに対してその博士が頷く。
「初めまして。私の名前は、ウルス=ネクソン、物理学に関して研究を行っている。そちらが求めている竜魔玉も、物理学の研究の一環として所有している」(英語)
それを聞いて優子が尋ねる。
「私は、鈴木優子と言います。少し疑問に思ったのですが、物理学の研究にどうしてオカルトアイテムが必要なのでしょうか?」(英語)
それに対してウルスが答える。
「本来絶対であるべき物理法則。それを変動させるオカルトと言う物に興味がありましてね。この竜魔玉は、その点では、間違いなく研究対象になる一品ですよ」(英語)
それを聞いて較が先ほど出した神器を取り出して言う。
「そういうことでしたら、こちらの神器でも同様な結果が得られると思われます」(英語)
それを受け取りウルスが言う。
「これの効果を信じるに値する証拠は、ありますか?」(英語)
較が笑みを浮かべて言う。
「実際に実験してみてください。使い方については、マニュアルもつけてあります。三日もあれば結果がでる筈です。その際に竜魔玉を返却して頂ければ問題ありません」(英語)
ウルスがマニュアルを見ながら言う。
「噂と違い、理性的なお方だ。その条件を受けましょう」(英語)
風太が呟く。
「噂の方が合ってると思うがな」
苦笑するエアーナが英語のわからないメンバーに無事に交渉が終わった旨を通訳する。
そんな中、ウルスが小較を見て言う。
「ところで、私は、そこの少女、ドロシー=マイクソンとは、二度目の対面と言ったら驚くかね?」(英語)
較の顔が引きつり、小較が震える。
「皆御免、こっから先は、あちき一人で話す」
雰囲気を察した良美が言う。
「了解。出るぞ」
そして部屋を出て行く良美達。
「バトルの関係者に貴方の名前は、ありませんでしたが?」(ここから先は、暫く英語)
肩をすくめるウルス。
「私は、バトルに所属し彼女を改造したノーベ=ルショー博士とは、知人でね。そして、彼女の主治医とも知り合いだった。どうにも助けようがない彼女を救う方法として私がノーベに紹介し、その仲介の際に一度だけ彼女に会っていたのだ」
較が頭を掻きながら言う。
「了解しました。それで、そちらの要求は、何ですか?」
苦笑するウルス。
「話が早くて助かる。私が知りたいのは、オカルトの世界の最先端を行くと言われる八刃のオカルト論理。正直、手詰まりでね。ヒントが欲しかったのだ。こちらの提示する条件は、彼女の両親の現在の居場所だ」
一枚の封筒を取り出すウルス。
今度は、較が肩をすくめる。
「別に秘匿している訳では、ないんですけどね。とりあえず、これを見てください」
そういって指を擦り付ける。
『フェニックスキャンドル』
発生した炎を見てウルスが言う。
「手品と言う訳では、無いね」
較が苦笑する。
「種も仕掛けもありますよ。物理法則では、指を擦った程度の摩擦熱で空気上の塵が燃焼する事は、ありえない。それは、問題ないですね?」
ウルスが頷く。
「ああ、空気上の塵を燃やそうと思ったら、摩擦熱では、到底不可能。火力発電所クラスの熱量が必要だろうな」
較が説明する。
「それを指の摩擦で可能にするのがオカルトの基本ですね」
それを聞いてウルスが眉を顰める。
「随分と大雑把な理屈だな」
較が苦笑する。
「あくまで基本ですから。詳細に移る前に物理法則とは、何だと思われますか?」
ウルスが困った顔をする。
「随分と概念的な質問をするね」
較が頷く。
「意外と大切な所ですから。物理法則の中でも万有性が高い法則に温度による体積変化がありますが、これには、例外が存在します。何だか解りますか?」
ウルスが即答する。
「水だ、あの液体は、通常のそれと異なり、四度から零度の間に関しては、温度低下による体積の増加が発生する」
『シヴァキッス』
空気中の水分を氷に変化させて較が言う。
「あちき達は、これに意味があると考えています。流氷や北極大陸等は、この物理現象がない限り起こりえない現象ですからね」
それを聞いてウルスが驚く。
「面白い推論だな。どういう意味があると言うのだ?」
較が説明を続ける。
「卵が先か鶏が先か、この論争の現在の回答も知っていますよね?」
ウルスが苦笑する。
「かなり消去法的な結論だが、生物の生存中の遺伝子組み換えがありえない限り、新しい種の鶏の誕生は、突然変種としての卵が先でなければいけないという事になっているな」
較は、解けた氷を使ってテーブルの上に鶏と卵を書く。
「そこがあちき達との認識の違いです。あちき達は、基本的に鶏が先という結論をだします」
ウルスが真剣な表情で尋ねる。
「随分と大胆な結論だが、論理的な説明がつくのかね?」
較が頷く。
「鶏を生み出すために鶏の卵と言う突然変種を神が設定した。詰まり、物理法則は、この世界を構成するのに相応しいように神々が決めた物と言うのが八刃の正式な結論です」
ウルスは、較の話を考察して言う。
「詰まり君達は、結果があってそれにそった要因が神々によって産み出されたと言うのか?」
較が微笑して言う。
「三分クッキングで何を作るか決まっているので、それにそった調理手順を組み込んだのが神々にとっての世界の構成だと考えています」
ウルスが苦笑する。
「世界は、随分と簡単に作られているものだ」
較が肩をすくめる。
「そうでもないですよ。三分という縛りを守る為に、色々な制限がある筈ですから。物理法則の定義が終わった所で、本題ですが、ここから先は、ベクトルの話になります」
ウルスが頬を掻く。
「物理法則の次は、ベクトルとは、オカルトとは、随分と科学的な物なのだな」
較が頬を掻きながら言う。
「あちき達に言わせれば、科学者は、物理法則を普遍と思い込み、絶対視しているのが根本的な間違いなんですけどね」
流石にウルスが驚く。
「物理法則が絶対でないだと?」
較が頷く。
「さっきも言ったとおり、所詮は、世界の構成に都合が良い様に設定されているものですから、神様の意思で変更される可能性が高いって事です。具体的な例で言えば、電子レンジがあった時代とその前では、同じ料理でも調理方法が異なる。それは、物理法則でもありえるということです」
唾を飲み込むウルス。
「そうだとするといきなり重力が無くなったりする事もありえるのだな?」
『イカロス』
軽く空中に浮く較
「重力中和の技です。重力が発生させている神の意思という名のベクトルに対して重力が発生しないというベクトルが勝ることで発生していますが、種も仕掛けもあります。普通にやって人の意思で神の意思に勝るベクトルを発生させられません。しかしここが宇宙空間だと錯覚させる事が出来たら、神の意思とは、反しません」
そう言いながら、較は、一本の大きな矢印とそれと反対側に斜めに向かった細長い矢印を書いて続ける。
「実際は、そんな事は、不可能なので、あちきがやったのは、実際より自分が地球の中心核より遠い位置にあり、同時に重力が発生しない言う意思を織り込む事でやっています」
較は、更に別の矢印を描いて、二つの矢印の長さの和が最初の矢印と同じになる様にする。
ウルスは、その図を見て言う。
「詰り、単独では、打ち消せないベクトルを二つのベクトルを利用する事で打ち消したのがその現象なのだね?」
較が頬を掻きながら言う。
「本当は、もっと大量のベクトルを使ってやっているんですけどね。解りやすく二本で書きました。結局の所、オカルトとは、この神の意思という強力なベクトルを打ち消す為の方法と考えてください。ついでに言えば神器と呼ばれる物の大半は、多くの人間の意志を束ねた強力なベクトルを生み出す為の道具と考えられています」
ウルスが満足そうに頷く。
「中々面白い論理だ。それが全て合っているとは、即断できないが、私の研究に大いに役に立ってくれるだろう」
そして較が封筒を受け取り立ち上がった所でウルスが言う。
「今更なのだが、それを彼女に見せるのかね? 交渉材料として使えるから提示したが、彼女にとっては、知りたくない真実があると思うぞ」
較が重いため息を吐く。
「それでも、家族として知っておかなければいけない事です」
そして較は、研究室を出て行く。
ウルス博士の検証結果が出るまで滞在する事になったホテル。
「何か凄く暗いんですけど」
智代の言葉に雷華が頷く。
「まあな、しかし仕方ないだろうな」
視線が小較の篭っている個室に集まる。
大きなため息を吐いて優子が言う。
「身体的な事情があったのかもしれませんが、自分を売った親の事は、辛いでしょうね」
エアーナが複雑な顔をして言う。
「それでも、生きているんだったら会った方が良い筈だよ」
それを聞いて風太が辛そうな顔をする。
「それを決めるのは、本人か、今の家族だ」
その時、良美が個室のドアを開けて小較を引っ張りだす。
「それで、お前は、どうしたいんだ、ドロシー?」
それに対して小較が怒鳴る。
「あたしは、小較! 白風小較だもん!」
半べその小較に良美が言う。
「それじゃあ、会わなくても良いのか?」
躊躇しながらも小較が頷く。
「当然だよ。あたしの親は、エンお父さんだけだもん!」
「父親として認めてもらえていて嬉しいよ」
その声と共に何処にでもいそうな中年、較の実の父親で、小較の養父、白風焔が現れた。
一緒に入って来た較が言う。
「流石に今回の事を一人じゃ決められないから相談したら、飛んで来たの」
それを聞いて風太が戸惑う。
「ちょっと待ってくれ。貴方がそんな事をすれば、大問題になる筈だぞ!」
それを聞いて苦笑する焔。
「娘の一大事だからね、この程度の無茶は、しかたない」
それを聞いて感動する優子達だったが、良美が小声で突っ込む。
「確か、小較がシシとデートするって話の時もいきなり帰ってきて、騒動を起こしてたぞ」
聞こえたのか頬を掻く焔だったが、気を取り直して言う。
「これから、小較の元のご両親の家に行く。一緒に来るかい?」
小較が困惑し、他のメンバーが何も言えないでいる中、良美が言う。
「さっき自分で言ったんだろう。小較は、小較だ。ドロシー=マイクソンの両親に会っても平気の筈だぞ」
小較が胸を張って言う。
「当たり前だよ!」
こうして、焔と較、そして小較がドロシー=マイクソンの両親の家に向かった。
ドロシー=マイクソンの両親の家は、都心から少し離れた場所にあった。
焔がチャイムを鳴らすと、一人の女性が出てくる。
「どちらさまで?」
それに対して焔が答える。
「白風焔と申します。ドロシー=マイクソンの母親、マルシー殿で間違いないでしょうか?」
それを聞いてその女性、マルシーが驚く。
「何処でドロシーの名前を?」
焔は、淡々と答える。
「私は、貴女方が彼女を売り渡した組織を吸収した組織の人間です」
唾を飲み込むマルシー。
その時、奥から赤ん坊を抱いた男性がやってくる。
「マルシー、何かトラブルでもあったのかい?」
それを見て、小較が体を膠着させる。
較は、優しく抱きしめてながら言う。
「そっちの人が、父親のダランさんで、そしてその赤ん坊が新しいドロシーですか?」
首を傾げる男性、ダランにマルシーが耳打ちするとダランが怒鳴る。
「今更なんの用だ! 私達がドロシーの事を、この子の姉の事を忘れるのにどれだけ掛かったと思っているんだ!」
小較が涙を浮かべて呟く。
「やっぱり忘れていたんだ。あたしの事なんて覚えていなかったんだ」
その一言にマルシーが驚き小較を見る。
「嘘、そんな訳が無い。ドロシーは、死んだって……」
焔が説明する。
「貴女方が売り渡した組織には、ありませんでしたが、私達の組織には、彼女を救う術があった。そして、今は、白風小較、私の娘として育てています」
愕然とするマルシーとダランを小較が凝視する中、焔が言う。
「小較は、私にとって自慢の娘です。その娘を産んでくださった貴女に感謝しています」
頭を下げる焔を無視して、マルシーが小較に手を伸ばそうとした時、ダランが言う。
「その感謝をお金で示して下さいよ。うちは、そいつの治療費で借金だらけなんですから」
その一言に小較の我慢は、限界に達した。
「貴方達なんて両親じゃない! あたしは、小較は、エンお父さんの娘で、ヤヤお姉ちゃんの妹だもん!」
そういって駆け出していく。
較が慌てて追いかけていった。
「貴方、なんて事を言うの! 折角ドロシーが帰ってきてくれたのよ!」
マルシーの言葉にダランが首を横に振る。
「違う、あの子は、本人が言うとおり、この人の娘なんだ。間違っても、絶望して一度手放し、忘れ様とした私達の娘じゃない」
マルシーが黙る中、焔が真摯な態度で言う。
「先ほども申しましたが、貴女方には、感謝をしております。お金の事も必要な額を言っていただければ、用意させてもらいます」
それに対してダランが苦笑する。
「あの子の為に作った借金くらい、自分達で返させて下さい」
焔は、何も言わない。
そんな中、マルシーが家の中に戻っていったと思うと駆け足で戻ってきた。
「これをあの子に渡してください」
そういって差し出したのは、小さなリボンだった。
「あの子が好きだったリボンです。これを着けてあげると何時も嬉しそうに笑っていました。病院生活が長く、借金だらけの私達が唯一させてあげられたお洒落なんです」
焔は、それを受け取り頷くとダランは、深く頭を下げて言う。
「こんな事を頼める義理が無いことは、解っております。それでもお願いさせて下さい。あの子を幸せにして下さい」
「お願いします」
マルシーも頭を下げる。
焔は、両親の手を握り言う。
「この命に代えても幸せにします」
「ありがとうございます」
涙を流すダランとマルシーであった。
ウルス博士から竜魔玉を返却して貰った較達は、次の竜魔玉の場所に向かうために空港に来ていた。
「次の竜魔玉の所に出発!」
元気そうに振舞う小較を痛々しそうに見る優子達。
そんな中、較がリボンを取り出して、小較に着けてあげる。
「あちきからのプレゼントだけどどう?」
小較が、近くの鏡を見て嬉しそうに言う。
「本当、凄く可愛い。ありがとう」
そんな小較に良美が言う。
「どうでも良いけど、舞い上がって竜魔玉を無くすなよ」
竜魔玉が入ったポシェットをしっかり持って小較が言う。
「そんな事しないもん!」
「もう時間だよ!」
エアーナが呼びに来た。
「今行きます!」
そういって歩き出す較達。
そんな中、小較がもう一度鏡を見てリボンを弄る。
「このリボン、凄く懐かしい気がする……」
その感覚の正体に思いつく前に良美が声をかける。
「ぐずぐずしてると置いてくぞ!」
「ぐずぐずしてないもん!」
駆け出す小較を遠くから見守る一組の夫婦が居た。
こうして、八つ目の竜魔玉を手に入れた較達が次の竜魔玉の探索に向うのであった。