ウィーンの聖堂に流れる、聖歌団のソプラノ
声変わりと共に訪れる変化が悲劇の連鎖を生んだ
「質問! 何であたし達がこんな所で合唱を聞いているの?」
不満そうに言うのは、良美である。
較が口に指を当てて言う。
「静かに。後で説明するから」
そんな中、ウィーン少年合唱団の歌が聖堂に響く。
合唱が終わった後、較達は、近くの喫茶店に入る。
「それで今回の竜魔玉なんだけど、厄介なことに変な封印が掛かっているんだよ」
較の言葉に雷華が言う。
「どんな封印だって、ヤヤ達だったら簡単に壊せるんじゃないのか?」
較が頷くが嫌そうな顔をする。
「封印を壊して竜魔玉を奪うだけだったら簡単なんだけど、その封印壊すとね、封印を施した声の主が死ぬ可能性があるの」
眉を顰める優子。
「何ですかそれは?」
小較が手を叩く。
「それでさっきのウィーン少年合唱団なんだよね。さっきの人達の中に、封印の鍵となった声の持ち主がいるんだ」
較がため息混じりに頷く。
智代が指輪を見せて言う。
「何だったら、またあたしがやろうか?」
嫌そうな顔をする較を見て、風太が言う。
「余り、自分の命を安く懸けるのは、止めておけ」
較が事情を説明する。
「自分達の封印は、絶対に敗れないって自信満々だったから、同じ封印を近くの責任者に施させて、力技で破って見せた」
エアーナが顔を引きつらせる。
「それって、その人が死んだって事ですか?」
雷華が苦笑する。
「そっちの専門家だったら、ちゃんと対応策を施していたから死んでは、居ないだろう」
較が頷く。
「血を吐いて病院送りになってたけどね」
優子が頭を抑える。
「もう少し平和的な方法は、無かったのですか?」
小較が較を庇う様に言う。
「相手の組織は、こっちに逆らえないけど、気に入らないって意地悪してきてるんですからしかたありません」
それを聞いて智代が手を上げる。
「前から思っていたんだけど、ヤヤ達の組織って偉いの?」
複雑な顔をする較を横に見ながら風太が答える。
「偉いというのとは、違うな。どちらかというと怖がられているって言うのが合ってるだろう。例えるなら核搭載大陸弾道弾のスイッチを持った人間と喧嘩しようとする連中が居ないのと同じだな」
智代が驚く。
「ヤヤ達の組織って核なんて持ってるの!」
苦笑する優子。
「単なる例えよ。本当に核を持ってるわけ無いじゃない」
それに対して雷華が言う。
「核の方が増しだろうぜ。ヤヤ自身が、地球を破壊しかねない爆弾だからな」
重い空気が流れる中、良美が言う。
「そんな、今更の事を言っても仕方ない。問題は、その鍵になっている奴を特定して、封印を解除させる事なんだろう?」
較は、頷いて一つの箱を見せる。
「キーになっている少年の歌が聞こえれば封印が解除される筈なのに、まだこの封印が解けてないんだよね」
「騙されたのかしら?」
エアーナの言葉に較が首を傾げる。
「あちきの心象としては、騙している風には、見えなかったんだけどな」
風太も頷く。
「俺もだ。解けない筈の封印をあっさり壊したヤヤに怯えていたからな」
「時々思うんだけど、ヤヤって物凄く乱暴なの?」
智代の突っ込みに風太が良美の頭を押さえながら言う。
「これが重し代わりになる位だからな」
その場に居た全員が苦笑する中、較が言う。
「今回の合唱に参加していない子の可能性があるんで、調査をお願いしてあるからその結果待ちかな」
そのタイミングで、一人の中年がやって来た。
「その結果の資料だ」
そう言って封筒を差し出す。
それを受け取って頭を下げる較。
「ありがとうございます」
その中年を見て良美が首を傾げる。
「そこの人、どっかで見たことあるきがする」
それに対してその中年が答える。
「俺としては、二度と関わりになりたくなかったんだがな」
小較が首を傾げていると優子が思い出す。
「もしかして、アトミックス島で何度かお世話になった刑事さんのミート=ミルミシーさんでは、ありませんか?」
エアーナや智代が驚き、雷華が手を叩く。
「そういえば、卒業旅行の時にこんな刑事さんが何度かクレームをつけに来てたな」
ミートは、嫌そうな顔をして言う。
「当たり前だろうが、何が楽しくてローカルな誘拐犯グループ逮捕にホテル一つ潰すことになった後始末を手伝わされなければいけないんだ?」
「優子と智代を誘拐して人身売買しようとしていたあいつ等の往生際が悪くてホテルに立てこもったからだろう」
良美の言葉にミートが怒鳴る。
「警察に任せておけばもっと穏便に済ませるわ!」
肩で息をするミートに風太が同情の視線を送る。
「ヤヤに関わったら、とにかく騒動が大きくなるからな」
そんな中、資料を見ていた較が言う。
「ところで、資料の中で一人現在の所在が不明になってる人が居て、調査中になってるんだけど、どういうことですか?」
ミートが嫌そうな顔をして言う。
「そいつは、後回しにならないか?」
較が笑顔で言う。
「詰まり、訳ありな人間って事だね。インタポールに出向している筈のミート刑事さん?」
ミートが諦めた表情で言う。
「人身売買絡みだよ。その少年だがな、声変わり始まって合唱団を退団するはめになったんだが、親が経営していた店が破産して、借金のかたにそっちの組織に売られたんだ」
「そんな事が許されて良いのですか!」
優子の正論にエアーナが言う。
「日本では、少なくとも、そう言う事が実際にあるのも事実です」
暗い顔をする一同を見ながらミートが告げる。
「そんな現実を変える為に俺達警察が居るんだ。だから、お前達には、邪魔をして欲しくないんだがな」
睨まれた較だったが気にした様子も無く答える。
「ついでだからその組織も潰しておこうか」
ミートが怒鳴る。
「だから、余計な手出しをするなって言っているんだ!」
良美がお気楽に言う。
「安心しろ、ヤヤが動けば、どんな組織でも跡形もなく壊滅するぞ」
「それが困るって言っているんだ。お前達は、潰してそれで終わりだろうが、資金の流出先やら色々と調べないと行けない事が山ほどあるんだ!」
ミートが肩を震わせて居る。
面倒そうな顔をして較が言う。
「それでも、国外に連れ出されると、あちきも面倒な事になるんだけど?」
ミートがテーブルにあった水を飲みながら言う。
「安心しろ、警察もそこまで甘くない。国外へのルートは、押さえてある。万が一にも国外に連れ出されることは、無い」
そんな時にミートの携帯が鳴る。
「なんだ?」
携帯に出て暫く話していたミートだが、苦々しそうな顔をして言う。
「すまないが問題の少年だが、二度と会えなくなった」
智代が呆れた顔をして言う。
「まさか、大見得切っておいて逃げられたの?」
風太も苦々しそうな顔をして言う。
「死体が発見されたのか?」
答えを躊躇するミートに良美が言う。
「はっきりいいなよ。黙っていても何れは、解る事だし、聞かずに済ませておけることでもないよ」
その一言で踏ん切りをつけたのかミートが話し始めた。
「内臓が無い状態で、廃棄処理場から発見された。間違いなく違法な臓器売買によるものだ」
較が立ち上がる。
「その組織の資料を頂戴。あちきが叩き潰すから」
ミートが首を横に振る。
「さっきも言っただろう、その組織を潰しただけでは、意味無いんだ。根元から潰さないと犯罪の撲滅は、出来ない!」
それに対して較が断言する。
「そんな大人の事情なんて知らないし、大人の事情で死んだその子の恨みは、消えない。あちきは、正義の味方のつもりは、無いけど、自分の目に入る外道をほって置けるほど、悟った人間でもないんだよ」
にらみ合う較とミート。
優子達が複雑な表情をする中、良美が言う。
「ミートさん、ヤヤが動き出したら、止められると本気で思ってるの?」
ミートが悔しそうに言う。
「俺には、出来ないな」
較が手を差し出して言う。
「だったら諦めて資料を出しなよ」
そんな較の前に出て良美が言う。
「ヤヤを止められるのは、あたしだけ。だからあたしがミートさんの捜査に協力する。それで手を打たない?」
嫌そうな顔をする較。
風太が苦笑しながら言う。
「それが唯一の手段だな」
大きなため息をついてミートが言う。
「余計な口を挟むなよ」
こうして、ミートは、良美達とタックを組むことになるのであった。
「お前達二人は、仕方ないとしよう。だが、残りの五人は、不要だろう!」
ミートが付いて来た優子達を指差すと較がため息混じりに言う。
「あちきも止めたほうが良いって言ったんだけど聞いてくれないの」
優子が頷く。
「竜魔玉に関わる事は、全て一緒に行動する事にしているのです。ご迷惑だと思われますが、よろしくお願いします」
素直に頭を下げられると強く出られないミートであった。
そして、ミートは、臓器売買に関わっていると思われる施設を指差す。
「あそこで、臓器の取り出しを行っているのは、ほぼ間違いない。しかし、問題は、証拠が無いことだ」
それを聞いてヤヤが笑顔で答える。
「任せておいて、手筈は、整えてあるから」
ミートが嫌そうな顔をして言う。
「どんな悪どい方法なんだ?」
電話をしていた小較が言う。
「もう到着するようです」
そんな会話をしている前を一台のトラックが加速して行く。
「ほら、スピード違反の車だよ、警察としては、追いかけないと」
較の一言に芝居の大枠を察知したミートが舌打ちする。
「別件捜査は、違法なんだぞ!」
そう言いながらも、近くに潜んでいたパトカーに要請を出すのであった。
そして、パトカーに追われたトラックは、施設の中に逃亡し、その中身を撒き散らす。
撒き散らされた中身を見て、智代達も口を押さえる。
「あれって、本物じゃないよな?」
雷華の質問に較が首を傾げる。
「ちょっとした人間のクローン実験の流用品だからある意味本物かも」
「そっちの方も事件性が高い気がするぞ」
ミートの突っ込みに較が笑顔で答える。
「大丈夫だよ。政府には、ちゃんとお金を払って非公式で容認させているから」
頭を押さえるミート。
「こんな奴らが居るから犯罪が無くならないんだ!」
しかしながら、人間の臓器の出所とトラックの関連性が結びつかない事から施設の調査が行われる事になり、本当の臓器売買の証拠が発見される事になるのであった。
数日後の較達が泊まるホテルの部屋。
「例の施設から、芋蔓式に背後組織が引っ張り出せた。これからその首謀者の所に行くんだが、ついてくるか?」
「当然」
良美が答え、較も頷く。
「他の候補者が全部違ったのも確認出来たしね」
そして、ミートは、較達を連れて、首謀者の屋敷に向かうのであった。
その途中に智代が言う。
「そういえば、これで七つ全部揃ったんだよね?」
その言葉に、良美も手を叩く。
「これでお終いだね」
較がため息を吐いて言う。
「何を馬鹿な事を言っているの? 竜魔玉は、全部で十三だよ」
長い沈黙の後、良美が言う。
「なんで! ドラゴンボールは、七個に決まってる!」
較が怒鳴り返す。
「あのね、十三あったのを目視確認してたでしょうが。馬鹿言っていないでいくよ!」
「絶対に七個が王道じゃない」
良美の言葉に頷く智代であった。
問題の豪邸が見える所まで来た車中。
「凄い、家。やっぱ悪いことをしていると儲かるのかしらね」
智代の言葉にミートが苦笑する。
「確かに金だけは、あるが、その代わり命の危険も多い。現在の持ち主の男は、前の持ち主の男の愛人だったらしいが、前の持ち主を毒殺したって噂だぞ」
優子の中の淫虫の魔王が言う。
「男同士の愛情ですか!」
ため息混じりにエアーナが言う。
「そこで反応しないで下さい。それに年齢を見たら、どう見てもまともじゃないですよ」
ミートが頷く。
「十中八九、金で買われたんだろうよ」
雷華がわりきれない表情をする。
「人身売買された男が人身売買をするなんて」
ミートが悔しそうに言う。
「警察の力が足らなかった為の負の連鎖だ」
それに対して風太が言う。
「それでも負の連鎖は、止めないといけないんだろう?」
強く頷くミートが車を止める。
そして、豪邸に入っていく。
奥に居た首謀者の男性は、美少年と言っても問題ない男性だった。
「もう来たのか、せっかちだね」
浮世離れした雰囲気をだしているがミートが気にせずに言う。
「お前に対する逮捕状は、出ている。大人しく連行されるんだ」
男性は、苦笑する。
「嫌だね」
次の瞬間、何かを飲み込もうとした。
慌てて止めに入るミートだが、間に合いそうも無かった。
『ガルーダ』
しかし、較がきっちりその薬が口に入る前に全て吹き飛ばす。
ミートに押さえつけられた男性が言う。
「これ以上、僕は、誰にも束縛されたくないんだ!」
それを聞いて較が資料を見ながら言う。
「いくつか聞きますけど、貴方は、ウィーン少年合唱団に所属していたんですよね?」
それを聞いて男性の表情が変わる。
「そうだ。あの頃が僕の全てだった」
恨めしそうに自分の体を見て男性は、続ける。
「声変わりが始まり、合唱団を退団した僕には、何も無かった。音楽の道で生きるために努力をした。狒々爺に体を売ってまでチャンスを得ようとした。しかし、奴は、裏切ったんだよ!」
壁に掛かった肖像画を睨む男性。
「体を売る男娼に歌う資格は、無いなんて言ったんだ! だから殺してやった!」
狂気に小較が怯え、較が視線を送ると、優子と智代が連れ出す。
「それで、何で臓器売買なんて始めやがった」(エアーナ通訳)
雷華の言葉に男性が言う。
「幸せそうなお前らには、解らないだろうな。世の中には、体を売らなければ生きていくことすら出来ない連中が居るんだ。だがな、僕は、自分と同じウィーン少年合唱団に居た人間をこれ以上、汚したくなかった。だから綺麗なまま死なせてやったんだよ!」
ミートが言う。
「自分勝手な言い草だな。どんな言い訳をした所で、お前が犯罪を犯した事実は、消えないぞ!」
男性が苦笑する。
「好きにすれば良い。もう僕には、何も無いんだからな」
そんな男性に良美が言う。
「歌って見ろよ」(エアーナ通訳)
それを聞いて男性が驚く。
「いきなり何を言うんだ?」
良美がはっきり言いなおす。
「自分の歌に自信があるんだったら歌って聴かせてみろよ」(エアーナ通訳)
男性は、戸惑いながらも何かを感じて歌い始める。
その歌は、聖堂に流れていたウィーン少年合唱団の様に澄んでは、居なかった。
しかし、男性の人生がにじみ出る様な感情が篭ったいい歌であった。
較が言う。
「どんな状況でも、歌を歌う自由は、誰にでもある。貴方は、その自由を奪った。それだけは、忘れないでね」
その一言に男性は、涙を流して激しい後悔をしながらミートに連行されていった。
翌日の空港。
「結局、死んだ少年がキーだった訳だな?」
ミートの言葉に較が頷く。
「不思議な巡り合わせだったけど、あちきは、思うんです。歌を歌いたかった少年の想いがあちき達を導いたんじゃないかって」
ミートが頭を掻きながら言う。
「そうかもな。そうだ、あの男だがな、死刑になる可能性が高いそうだ」
優子が複雑な表情を見せる。
「仕方ないことなんですよね」
ミートが優しい顔で言う。
「それでも、毎日歌を歌っている。死ぬ瞬間まで歌を歌い続けるそうだ。お前達は、最後の最後であの男の魂を救ったんだ」
良美が遠くを見つめて言う。
「何かをしようとするのに資格なんて無い。それが真実だよね」
全員が頷くのであった。
こうして、七つ目の竜魔玉を手に入れた較達が次の竜魔玉の探索に向うのであった。