中国の万里の長城の轟く、走者の足音
万里の長城を走り抜けるレース。智代達の体力がもつのであろうか?
「今回は、中国です」
エアーナの言葉に優子が眉を顰める。
「誰に言っているの?」
エアーナが肩をすくめていう。
「自分に。こんな短期間にここまで世界各国を周る事になるなんて思わなかったからね」
良美は、平然と言う。
「ヤヤと付き合っていると、良くあることだよ。一度なんて、五大陸を一週間で周ったからね」
「嫌な事を思い出させないでよ。それより、今回も現地の組織に竜魔玉を確保されていて条件を出されてるよ」
較の言葉に雷華が言う。
「また、団体戦でもやるのか?」
優子が嫌そうな顔をする中、較が首を横に振る。
「竜魔玉の争奪が激しくなりすぎたから、レースをやって所有者を決める事になっているから、あちき達もそれに参加する事になった」
智代が面倒そうに言う。
「どんなレース。あたし疲れるのは、嫌だよ」
「情けないな。少しは、運動しないと太るぞ」
良美の突っ込みに智代が痛い所を突かれた顔をする。
「普通のレースじゃないんだよね?」
小較の問いに較が頷く。
「万里の長城を走り抜けるレースで、勿論妨害ありの上、主催者側も参加者の行く手を阻むそうだよ」
「そんな野蛮なレースに出て大丈夫なんでしょうか?」
心配そうな優子の肩を叩き較が言う。
「大丈夫、優子の事は、相手にも伝えてあるから、危害を加えようなんて馬鹿は、居ないから」
納得する一同。
「それで、勝ち目は、あるのか?」
風太に較が言う。
「まあ、負けても勝った相手と交渉するつもりだから、駄目元でやるよ」
こうして、較達は、万里の長城に向うのであった。
そして、レースの開始直前、ジャージを着る較達。
「あたし達って浮いてるね」
智代が言うように、周りは、完全に戦闘モードで、動き易さより、戦いに適した格好をしている。
「白風流戦闘撃術は、無手が基本ですから武装は、要りません!」
小較が自信満々に答える。
「正直を言えば、武装したらただで遅い智代や優子が完走も無理そうだから、動き易さを重視しただけなんだけどね」
実際、雷華は、心光刀を持ち、手甲等を装備している。
そんな中、一人の道士服を着た少女がやってくる。
「お久しぶりね」
その少女を見て良美が言う。
「あんたは、確か鳳凰件だったよな?」
雷華も思い出したように言う。
「あの時の黒服に追いかけられた中国人だな」
それを聞いて件が言う。
「そういえば、貴女にもあった事があったのよね。それより、大変な事になってるわね」
較が頷く。
「そうですけど、鳳凰家も今回のレースに参加するんですか?」
件が肩をすくませて言う。
「まさか、貴女の化け物ぶりを知ってるから、今回は、レースに協力して、恩を売るのが目的よ」
「まさかと思うけど、白虎達を使うの?」
較の質問に件が頷く。
「そうよ。主催者側は、参加者を全部撃退して、自分達が竜魔玉を手に入れたいみたいだけど、貴女達を甘く見てるとしか言い様がないわね」
苦笑する件。
「そうなると少し面倒な事になるな」
較の言葉に嫌そうな顔をする件。
「一族の切り札を、少し面倒で済ませられるんだもの、本当に化け物よ」
そんな中、件が呼ばれて去っていく。
「色んな所に知り合い居るんですね」
優子が感心すると良美が言う。
「敵もその何倍も居るんだけどね」
「否定しないの?」
智代の言葉に較が遠い目をして言う。
「運命だと思って諦めてるから」
遠まわしの肯定に苦笑するエアーナと智代であった。
準備も終わり、スタートラインに参加者達が並んだ。
「レース開始」(広東語)
スタートの合図と共に一斉に駆け出す。
最初に動き出したのは、仙術を使う道士であった。
万里の長城の石畳を盛り上げさせる。
「五行術だよね」
小較が呑気に言うが、周りの参加者は、鮮やかな術に驚き、飛び越えようとするが、較は、速度を緩めず、土壁に触れる。
『ナーガ!』
相手からコントロールを奪い取り、道を作り出してしまう。
動揺する道士達を尻目にその道を行く較達だったが、智代達、足手纏いが居るため、すぐさま抜かされてしまう。
「あの人たち、あんなスピードで保つのかしら?」
優子の言葉に小較が頷く。
「あの位のスピードでしたら、大丈夫でしょうけど、そろそろ始まりますよ」
その言葉通り、前方で妨害合戦が始まる。
術や武器が乱れ飛ぶ中、較は、自分達に向って来る物だけを弾き、前進を続ける。
「それにしても不思議ですね、何で直接、あたし達を妨害しないのでしょうか?」
不思議がるエアーナに智代が言う。
「それは、ヤヤが居るからじゃない?」
「白風さんは、有名ですからね」
優子の言葉に良美が言う。
「それは、違うぞ。ヤヤは、有名だけど、ここに出てくるような奴だったら戦いを挑んできてもおかしくない。本当に怖がっているのは、優子に寄生している淫虫の魔王だぞ。あれとは、まともな戦いにもならないからな」
前回の事情を聞かされた優子が嫌そうな顔をする。
「あんな真似は、もう嫌ですよ!」
「相手も嫌だから、手を出して来ないって訳だな」
雷華の言葉に較も頷く。
呑気そうに走っているが、先頭との差は、着実に開いていた。
「このまま行ったら負けかも」
較の言葉に良美が言う。
「もう少しスピードアップしよう!」
それに対して智代がバツ印を出す。
「反対! これ以上は無理!」
良美は、不満そうに言う。
「根性無いね」
「良美みたいな体力馬鹿じゃないの!」
智代が言い返すと睨みあう二人。
そこに較が割ってはいる。
「スピードは、このまま。長丁場なんだから、一定のペースで行くのが一番」
口を膨らませる良美だが、流石にそれ以上、反論してこなかった。
較達が暫く走った所で、参加者達が足止めをくらっていた。
「どんな障害だろう」
興味心を起こす智代が前に出てみたのは、尻尾が蛇の大きな亀だった。
「あれって何?」
較が説明する。
「さっき会った件の家で生み出した高位の式神で玄武。ほぼ無限の再生能力があるよ」
その言葉通り、先行していた参加者達が必死に攻撃しダメージを与えるが直ぐに回復する。
「前回は、相手に術を解除させたけど、今回は、どうするの?」
良美の言葉に較は、小較を見る。
「良い実習だから、頑張って」
頷く小較。
「頑張る」
そういって、玄武に向っていく小較を見て、優子が言う。
「小較ちゃん一人で大丈夫なの?」
「危なくなったら、あちきが助けるよ。それより、今の内に休んでおいて」
較の答えに智代は、あっさり座り込んで言う。
「小較、ゆっくりで良いよ!」
「レース中だって事を忘れないでよね」
エアーナが突っ込むが疲れていたのか、普通に智代の横に座る。
それほど疲れていない雷華がたずねる。
「因みにお前だったらどうする?」
較が言う。
「古流で専用の術があったから、それを使う。小較もそれを知ってる筈だから、それを思いつくまでにどれだけ時間が掛かるかだね」
「お前も呑気だな」
良美の言葉に較が言う。
「他の参加者が先行しているならともかく、一緒に足止めを喰らってるからね」
そんな中、小較の戦いが始まる。
『ダブルヘルコンドル』
両手で生み出したカマイタチで玄武の足を切断すると、そのまま直下に移動して腕を振る。
『ガルーダ!』
発生した突風で玄武の体を上空に押し上げる。
『ダブルコカトリス』
玄武の体が空中にあるうちに両手それぞれから放った衝撃波で玄武を粉々にする小較。
周りも驚き、勝利を確信する小較。
「ヤヤお姉ちゃん、やったよ!」
それに対して較が指でバツ印を作って言う。
「不正解」
その言葉通り、玄武は、即座に復活してしまった。
「えー、地面から切り離して、エネルギー供給を遮断してから徹底的に壊したのに!」
眉を顰めて悩む小較。
そんな小較を見て優子が言う。
「ヒントくらい、教えてあげたら」
苦笑しながら較が言う。
「誤答した後だと、答えが出辛いから仕方ないか。小較、復活のエネルギー源なんて何処からでも吸収できるの。今ある形に拘ったら駄目。どんなに凄くても、人に操られた式神だって事を念頭に置いて考えて!」
小較がその言葉に、頭を捻っていたが、手を叩く。
「そうだ、ぴったりの術をゼロさんに教わっていた!」
そして複雑な手印を組み、そして呪文を唱え始まる。
『白い風よ、術式を包み、全てを正しき方向に正せ、白風術式破棄』
小較の手から流れ出た風が玄武を構成する術式を次々に解し、無効化していく。
そして、遂には、完全に玄武が消えてしまう。
「所詮は、人の作った術式で動くだけの存在だからね、その術式を解きほぐせば、無効化するのは、難しくないんだよ」
平然と解説する較に周りの術者達が恐れを篭めてみる。
「周りの人の心の声が聞こえてくる。そんな事を平然と出来るのは、お前等化け物だけだって思ってるぜ」
雷華の言葉に苦笑するしかない較であった。
再び走り始める較達だが、当然のように先頭集団から遅れ始める。
そんな中、いきなり較が足を止めた。
「一本道だって油断したところをやられたよ」
エアーナが言う。
「どうしたの?」
較が傍にある建物を指差して言う。
「あの建物は、十分前にもあったよ。八卦を利用した永久回廊に迷い込まされたみたい」
「でも、一本道でそんな事が出来るんですか?」
優子の言葉に較が頷く。
「この手の術って空間その物に干渉して起こすから、一本道だろうがなんだろうが、殆ど関係ないの。さてと、こういった時には、術式を解くのがセオリーなんだけど」
較は、智代を嫌そうな顔を見ると智代が指輪を見せてくる。
「あたしの出番だね」
駄目元で説得をしようとする較。
「最初に言ったけど、負けても、勝った人達と交渉すれば良いんだから、無理する必要がないんだよ」
それに対して智代はお気楽に言う。
「何言っているの。こうでもしないとあたしの活躍の場所が無くなるでしょ。委員長も活躍してるのに、あたし一人活躍してないなんて屈辱だしね」
「そういう問題じゃないでしょ」
真面目な優子が文句を言うが、智代は、気にしない。
「本人がやる気なんだから良いじゃん」
良美の一言で、何時も良美に無理させている較は、折れるしか無かった。
そして、智代は、中学生時代のトラブルで取れないで居る導きの指輪と言う、魂を使用し、装着者の求めるものへ導く指輪を使う。
「こっち」
トランス状態になった智代の導きに従って較達は、永久回廊を抜け出すのであった。
通常空間に戻った較達が走り続ける。
「ねえ何か、随分とさっきまでと風景が違わない?」
エアーナの言葉に較が頷く。
「主催者側の失敗だね。空間を弄った所為で、出口がゴール近くになってた。導きの指輪なんて反則が無ければ本来の三倍は、進まないと駄目だという事を考えれば本来なら問題ない事だろうけど」
そして、遂に万里の長城のゴールが見えた。
その時、万里の長城の石畳が動き出す。
「なにー!」
智代が叫ぶ中、鳴動する万里の長城。
「思い切った事をするね」
較の言葉に良美が言う。
「何を仕掛けてきたんだ?」
較は頬をかきながら言う。
「万里の長城を龍に転じさせた。確かにこうやって動かれたらゴールに到着出来ないけど、どうやって一般人に誤魔化すんだろう?」
小較が手を上げる。
「万里の長城が転じた龍自身が幻覚の術を使ってるみたいだよ」
較が前方を見て言う。
「竜魔玉の力を使ってるな」
「どうするんですか!」
慌てる優子に較が笑顔で答える。
「所詮は、作り物の龍、ドラゴンワールドも無い奴に苦戦もしないよ!」
較が高々とジャンプする。
『シヴァゴットランス!』
巨大な氷の塊が生み出され、自然落下と共に万里の長城が変化した龍を貫き、動きを封じた。
「ゴールに向うよ」
平然と言う較を見て雷華が言う。
「こういう反則じみた技を使っているから人外って言われるんだろうな」
そして見事に最初にゴールするのであった。
こうして、五つ目の竜魔玉を手に入れた較達が次の竜魔玉の探索に向うのであった。