第二話「出会ひ 後編」
第二話です。
今回は主要キャラ紹介なので特に劇的な展開はないです。
次回から戦闘やら書くつもりです。はい。
「剣。君は将来何になりたい?」
ぼんやりとした中で、父さんの声が聞こえる。暖かい手がゆっくり頭を撫でてきた。
「父さん、僕は…」
かつての自分の声を最後まで聞けずに僕は意識を引き戻された。
目を開けると、自分が布団に寝かされているのに気付いた。首をめぐらせてみた窓にはまだ真っ暗な空。
隣の部屋から何やら、人の声が聞こえた。
「―でも、それは―――!」
「―――にはいかない―」
そこで、ここが和室だとようやく気が付いた。起き上がるとまだ膝がわずかに震えている。
ああ、そうだ。僕は。
「うっ…」
とっさに口を押えたが耐えきらず、布団の上に嘔吐してしまった。
「うぐ…げほ…えほっ…!!」
大きくむせると、それが聞こえたのか足音と共に障子が開けられた。
「ちょっと!大丈夫!?」
さっきの巫女さんが駆け寄ってきて背中をさすってくれた。名前をなんと言っていたか、思い出せない。
僕は、涙を流しながらせき込み続けた。
どれくらい経ったか。ようやくまともな呼吸ができるようになった。
今の僕は、寝室の隣の和室に通されて、お茶をいただいている。
「すいません、少し、落ち着きました。」
「しょうがないよ。あんなの見れば誰だって耐えきれない。」
この巫女さんが面を着けているというのは、僕の見間違いではなかったらしい。
この部屋の灯りの下でも、彼女は黒一色の面を着けていた。彫込まれた凹凸や文様はない。
「君、名前は?」
「狭山 剣です。」
「かっこいい名前だねえ。剣君かあ。」
何やら感心されているが、そんなに変わった名前だろうか。
「どうも…あ、あなたは…」
「神妖よ。神様の神に、妖怪の妖。」
「あなたも随分すごい名前だと思いますけど。」
「敬語なんていらないわよ。尊敬されるようなことしてないから。」
手を振って否定を示す神妖さん。僕の指摘は聞いてはいないらしい。
「彼方。話は済んだか。」
「絶。」
和室にもう一人、男性が入ってきた。そちらを見た僕は、一瞬固まってしまった。
彼は、随分と奇妙な外見だった。
まずは男の僕でも見惚れた顔。肩までの流れるような銀髪。瞳は紅。
上下黒の服に用途不明のオレンジのベルトが通されている。
そのたたずまいはとても同じ世界の人間とは思えなかった。
「彼、狭山 剣君っていう名前なんだって。」
「興味はない。」
絶と呼ばれた彼は素っ気ない。まさか本名ではないだろう。
彼は正座している僕を見下ろして口を開いた。
「お前は見てはいけないものを見た。この時期、ここには来るなという警告があったはずだが?」
今頃激怒しているであろう祖父が脳裏に浮かんだ。
「…はい」
「なぜ無視した」
「…」
「答えろ。与太話と片づけたか。」
「違います。」
「あれ、違うの?」
神妖さんが首をかしげた。彼女もそう思うのも、無理はないだろう。
「もう一度言う。理由を話せ。」
「…個人的なことです。」
「もうそういう次元のことではない。ここが日常とはかけ離れていることぐらい気付いているだろう。」
僕は押し黙るしかなかった。横から神妖さんが寄ってくる。
「剣君。君がここに飛び込んできたわけ、教えてくれないかな?」
「……わかりました」
その優しい声音につられて、僕は告白する。
「僕の父は、この山の怪物に殺されたそうなんです。」
『お前の父は、あの山の妖怪に殺されていたのだ。』
さっき、おじいさんは僕に言った。
『そんな!嘘でしょう!?』
『証拠を見せてやると言っている。八雲。』
八雲さんが一礼すると居間を出ていく。あの扉の先には、父さんが使っていた部屋があるはずだ。
『どういうことですか!なぜそれを今まで!』
『伝説はしょせん伝説よ。これはお前を説得する最終手段。あれが偶然誰かの手に広まったのでは、ただではすむまい。』
『旦那様。お持ちしました。』
八雲さんが持っているのは一枚のDVDディスク。ビデオテープを使うほど家は古くはない。
『再生してくれ』
『かしこまりました』
八雲さんがテレビにそれを入れると再生する。
それは、激しく揺れていたが、ハンディカメラの記録映像のようだ。
「すごいですね。これが錐井山ですか。」
「はい。例の薬草の生息地はこの奥です。」
片方は知らない声だが、答えたのは間違いなく父である狭山 轟だった。
『お前がまだ幼い頃、轟は一人の旅人が、錐井山の薬草採集をしたがるのを案内するため錐井山に向かった。』
おじいさんの説明を受けて、僕は思い出した。
僕には、父が死んだ記憶がない。今でこそ父さんは死人として扱っているが、僕は父さんの亡骸を見ただろうか。
葬式はやったけれど、見ていない気がする。
『奴と旅人は帰ってこなかったが、探しにいった八雲がカメラを拾ってきた。そこに残された記録がこれだ。』
画面の中で、父と撮影者は話を続けている。真横にいるらしく、父さんの姿は映らなかった。
「おや、あれは何ですか?」
「え?」
急に歩みによる揺れが止まる。画面の中央には草むら。そしてそれが突然飛び出してきた。
GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!
「「うわあああああああああああ!!」」
一瞬、七色の残像が画面をよぎると、二人の悲鳴でビデオは終わった。
『これ、本物ですよね。』
『無論。』
『僕の友人が今、山に行っています。』
『よせ。もう手遅れだ。』
「で、家を飛び出して助けにいっちゃったのか。」
「真実でなかったらとんだ笑いものだったな。」
絶の目線は冷たい。神妖さんの声は少し暗いのに、彼は動揺なぞ欠片もないらしい。
「でも、笑いあえたらどんなに良かったか。」
また、目頭が熱くなる。
「泣くな。本当に剣術道場のせがれか。」
「え、言いましたか?」
「ううん。私は聞いてないけど?」
神妖さんが、絶を見上げる。彼は表情一つ変えずに答えた。
「この山のふもとにある屋敷だ。調べはつけてある。」
「屋敷なんだ。剣君の家。」
「ええ、そこまで大金持ちな訳ではありませんが。」
絶はどかりと畳に座り込むと、僕を見つめてくる。
「狭山 剣だったな。」
「あれ、名前に興味ないんじゃ。」
「彼方は黙っていろ。」
神妖さんは縮こまってしまった。彼方、というのは神妖さんの名字だろう。
「狭山 剣。お前はファンタジーでしかありえない。いや、ありえなければならない場所へ踏み込んだ。」
「あの、化け物は本当にこの山の悪霊なんですか」
「そうだ。」
あれだけのことに遭遇したのに、嘘だと思ってしまっう。
「しかし、お前が話を広めれば、興味を持って登山しようとするバカも現れるだろう。これ以上、邪魔が入るのは困る。」
「邪魔って…あなた方は何をしているんですか?僕に今日のことは黙ってろと!?」
「当然だ。それに、俺や彼方がしていることはお前には関係ない。黙ってこの山を下りろ。友人の両親には、クマに襲われて死んでいたと告げるんだな。」
「無茶苦茶だ!」
「ゴメン、剣君。でも、黙っていて欲しいんだ。」
神妖さんまで、頭を下げている。
僕は、YesともNoとも答えられなかった。
「本当にゴメン。剣君。」
神妖さんと建物を出てみると、やはり神社だった。
「いえ、夢だと思いたいのも本当の気持ちです。」
「でも君の友人は、もう帰ってこないよ。受け止めなきゃ。」
「わかっています。」
「もう、敬語はいらないってば。」
「すみません。えっと、神妖さん。」
「呼び捨てで。」
「じゃあ…神、妖。僕も剣でいいですよ。二度と、会えないでしょうけど。」
神妖さん…神妖がさみしそうにした気がした。でも面でその表情はうかがい知れない。
そんな気がしたのは一瞬で、神妖は手を背中に組んで明るい声を出した。
「夏が終わったらうちに参拝しに来なさいよ。ご利益あるよ。」
「え、ええ。わかりまし…わかった。」
「よろしい。」
振り返って、巨大な石造りの鳥居を見上げる。
「彼方神社、ですか。あれ、確か神妖さん、じゃなくて神妖の名字も。」
「違うよ。あれは絶が勝手に呼んでいるだけ。私に名字はないの。」
そんな人がいるものなのか。
「…」
「…」
無言。気まずい空気が流れる。
「山、下りようか。」
「あ、は、はい。」
神妖さんが手をつかんでくる。ついドキリとしてしまう。その暖かさは夢の中で見た父さんを想起させた。
鳥居をくぐりぬけて、登山道を下っていく。
「…私たちはね。」
「え?」
「ここに寄って来る悪霊を退治する役割を負っているの。昔からそう。絶は、それを手伝ってくれているのよ。」
「そう、なんだ。…なぜそれを僕に?絶はわざわざ隠してましたよ。」
「私は口を滑らせやすいから。黙っているなんて性に合わないの。」
神妖は肩をすくめておどけて見せた。
広場にまで戻ってきた。また何かがこみあげてきてしゃがみこむ。神妖があわてて支えた。
「もう、当分ここには来れそうにないよ。」
「…そうだね。広場から先には悪霊は来ないわ。あくまで頂上が目当てだから。」
「…お世話になりました。」
「いえいえ。…それじゃあね。」
神妖が手をひらひらさせた。僕は、ただ一礼して、帰路を行った。
「そういえば、木刀どうしたんだろう…」
山を登っていた神妖は、神社への途中で立ち止まると、森の一角を見つめた。
「覗き見するとは心配性だねえ。絶。」
「…」
まるで溶け出るかのように絶が姿を現す。枝の上にどういうバランスでだろうか、平然と立っていた。
「あの男は、またここに来る。」
「あんた、未来までわかるの?」
「いいや。そこまで人間離れはしていないさ。ただな。」
神妖を見下ろして、絶は口角をわずかにあげる。
「お前は女だからな。放っておくのは男がすたる。」
「はあ?」
呆けた声を上げて神妖は立ち尽くした。
一日一話のペースという暴走っぷりです。なんてこったい。