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シークレット  作者: ひぃ
3/6

第3話:苺

私、なんでここにいるんだろう?

私の回りには待ち合わせをしている人や、遊びに出かける人でいっぱいだった。土曜日ということもあって、若い人から年配の方までの幅広い年代の人が入り乱れていた。

「とりあえず、腹ごしらえだな」

奴……松永 要は腕を組んで考え事をしていた。

「俺的にはガッツリ食べたいんだけど、女の子はやっぱり、お洒落なとこがいいよね?」

私は奴の言葉に、うんともすんとも言わなかった。がっちりと、体の隅々まで力を入れて気を許さないようにした。

「何かないの?」

「……」

「もうイジメないからさ」

「だったら生徒手帳、返してください」

私は眉をつり上げて、奴に向かって手を差し出した。

なんて不覚。きっと今朝、奴を叩いたときに落としちゃったんだ。

「それは出来ないな」

奴は差し出した私の手を取り、座っていた私を立ち上がらせた。かくんっと膝が曲がった。

「ちょっと、私は行きませんからっ」

「言ったでしょ? 美樹ちゃんに選択肢なんかないんだよ?」

奴はぐいぐいと引っ張る。私は言いなりになるまいと、地面にしがみつくように足に力を入れた。

「しぶといっ!」

次の瞬間、私の体が風船のように宙に浮いた。奴の腕が、しっかりと私を抱きかかえていた。

「わ、私をどうする気!?」

「少し黙ってろよ。悪いようにはしないって」

奴は周りの目など気にしないで、私を抱きかかえたまま、街の中を突き進んでいく。私は振り返る人と目が合うと、恥ずかしくなって顔を下に落とした。こいつ、信じられない。恥ずかしいっていう気持ちは、ないワケ?

数十分歩いた頃、奴は私を地面に下ろした。私はすぐに奴から離れた。奴がくいっと顔を上げたので、私はそっと顔を上げた。

「……ここ」

嘘でしょ、ここって。私たちが立っていた場所は、前に私が行きたくて仕方がなかった、小さなカフェレストランだった。数ヶ月前に雑誌で見つけ、いつか行きたいと、裕介に話していたのだ。

「どうして?」

私は奴の顔を見た。奴はにこっと笑った。

「前に、バイト先で裕介に話してたでしょ?」

奴はガチャンとカフェの扉を開けた。中からふわんっと、美味しそうなランチの匂いがした。私は少し戸惑って、奴の後に付いていった。




「メニューはこちらになります」

可愛い制服を着た店員が、水の入ったグラスを2つ机に置いた。

「ご注文の方、お決まりになりましたら、お呼びください」

ぺこりと丁寧にお辞儀をした店員は、店のカウンターの奥へ入っていった。

「決まったら言ってね」

奴はグラスに口を付けた。私はカチコチに固まっていた。今私の中は混乱しているのだ。行きたかったお店にいることに喜ぶ反面、奴のことだから何か考えているに違いない、という疑心。その2つの思いが私を固まらせているのだ。

「美樹ちゃんが考えてること分かるよ。俺が何か企んでるんじゃないかって、考えてるんでしょ?」

私はこくんと頷いた。

「私にあんなこと言っておいて、ここに連れてくるなんて、何かあるって考えるに決まってる」

「ヒドイなぁ。俺はただ、美樹ちゃんの顔が見たかったんだよね」

奴が座っている椅子がギッと鳴った。奴の顔が私に近づく。よく見たら男のくせに、まつげが長いことに気が付いた。私が叩いたせいなのか、片方の頬がうっすらと赤い。そんなに強く叩いちゃったっけ……と、私は少し罪悪感を感じた。

「ここ、本当は裕介と一緒に行きたかったんだよね?」

奴の目の奥が光ったように見えた。

「残念だねぇ、その頃にはすでに、裕介には彼女が出来ちゃって」

「っ!」

こいつに罪悪感なんて感じるんじゃなかった! やっぱりこいつは悪い奴、近づいてはいけない奴だ。

私はパラッとメニュー表をめくり、店員を呼んだ。奴は少しびっくりした様子だった。きっと奴の計算では、私が怒って店を出ていくとなっていたんだろう。でもあんたの思い通りなんか、なってやんない!

「この『店長オススメパスタ』と、『ハンバーグ丼』。それから『オムライスのスープセット』に、『チョコレートパフェ』。あ、あと『木苺のタルト』、『紅茶』に『オレンジジュース』をお願いします」

「……あ、はい、かしこまりました」

店員はあっけに取られたが、自分の仕事を思い出して伝票に書き込んだ。

「あなたは何にするんですか?」

私はふふんっと鼻を鳴らして奴を見た。

「……俺はコーヒーで」



どさどさと運ばれた食べ物を、私は次々と口に運んだ。後はラストのタルトだけだ。

「よく腹に入るよね」

奴が唖然とした顔で私を見た。私はきっと奴を睨んだ。

「女子高生を甘く見すぎですね」

私はタルトの端を、一口大にフォークに取った。それを口に運ぶと、木苺の香りが口の中に広がった。雑誌に載っていたとおり、木苺のタルトは絶品だ。

「何ですか? その顔」

私は奴の顔を見た。奴はクスクスと笑っていたのだ。やけに楽しそうに。

「美味しそうに食べるなって感心したの」

「それって、大食いだって馬鹿にしてるんですか?」

ふ、ふん。そんな笑顔に騙される私じゃないのよ。

「馬鹿にしてないよ。可愛いって思ったの」

そう言い放った奴の顔は、今まで見た笑顔の中で、一番輝いている笑顔に見えた。私は慌てて目線をタルトに戻した。手が震えてタルトが上手く切り分けられない。

冗談じゃない。何意識してるんだか。手も震えちゃって、私バカみたい。

「……バカみたい」

「え?」

「バカみたいって言ったの!」

私の重たかった黒い心が、風船のように少し浮いた感じがした。私はばくっと残ったタルトを、一口で食べた。カスタードクリームが口の回りに、べっとりと付いてしまった。

「おいおい、それはないだろ?」

奴は紙の布巾を数枚手に取った。私は手を出して布巾を受け取ろうとした。すると奴は、何の躊躇もなく私の顎を持ち上げ、手にした布巾でクリームを拭き取ったのだ。

「美樹ちゃんの顔、苺みたいになってるよ」

し、しまった。私、一瞬気が抜けてた。私はぐいっと奴の大きな手から顔を離した。ちらっと店の窓ガラスを見ると、自分の顔が見事に熟れた苺のようになっていた。

「裕介にも見せてあげたらいいのに」

「裕介は関係ないです!」

その後も、奴は何かと口を出して私をからかっては、ずっと笑顔でいた。私は奴の言葉に腹を立てながらも、心臓は太鼓の音を立てていた。黒い心に、さっきの奴の笑顔がぽとりと落ちた。




食事を終えて、私たちは店を出た。昼間より、人が増えているみたいだ。道は人で埋まっていた。

私、人混みって苦手なんだよね。

「さてと、もっと連れ回したいんだけど、俺これからバイトなんだよね」

奴は腕時計に目をやった。

「じゃ、生徒手帳を返して……」

「駄目。明日渡してあげる」

奴はニシシッと八重歯を見せて笑った。

「話が違うじゃない!」

奴は口笛なんか吹いてごまかそうとした。私はぐいっと奴の腕を掴んだ。そして奴の目の前に手を出した。

「もっと見たいんだよね、美樹ちゃんの可愛い顔っ」

「!」

私はまた顔を苺にして奴から離れた。奴はそんな私の反応を見てまた笑っている。

「明日付き合ってくれたら返すからさ」

明日? 明日って日曜日じゃない。休みの日ぐらい私は、家でゆっくりしたいのにっ。

「いい加減にっ……」

文句と一緒に、また叩いてやろうと勢いをつけたのに、後ろからやってきた高校生と、ドンッと肩をぶつけてしまった。その拍子で、前に倒れそうになった私を奴が抱き止めた。奴の大きな手が、しっかりと私を支えていた。

「す、すみません」

ぶつかった高校生は頭を下げて、人混みの中に消えていった。

「危なかったな」

「〜っ、離してください!」

私は奴の手から離れた。胸に手をやると、心臓がめちゃくちゃに揺れているのが分かるくらい、ドキドキ、と鼓動が伝わった。

「何なんですか……」

私は混乱していた。今朝までは奴を、とても嫌な奴で、二度と近づかないって思っていた。なのに、今は? 今もその気持ちは変わってない?

「何で優しくするんですか。前はこんなんじゃなかったっ」

だったらこの気持ちは何? これじゃ、まるで……。

「……俺はただ、美樹ちゃんのことを、ぐしゃぐしゃにしたいだけ」

奴はクスリと、いつもの余裕のある笑みを浮かべた。

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