表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シークレット  作者: ひぃ
2/6

第2話:裕介の後ろ

「何かあったの?」

コンビニから家までの帰り道、裕介が私の顔をのぞき込んで聞いてきた。私は、なんで? と聞き返した。

「コンビニ出てからなんか怖い」

裕介がうんっと手を上げて体を伸ばした。私はあの失礼な男のせいで、裕介に心配されるほど不機嫌な態度を顔に出していたらしい。心配をかけまいと、勉強疲れかも、と笑って答えた。

裕介は優しい。昔から私のことなら、何でも解ってくれる。一番に私を見つけてくれる。そんな裕介に私はいつの間にか……。

「あ、今日咲が美樹のクラスに行ったろ?」

咲……椎名 咲。裕介の彼女の名前だ。裕介が名前を口にしただけで、黒い私の心に波がたつ。

「辞書を返してもらったの」

彼女の顔が私の目の前にちらついた。目を閉じても、彼女の顔が離れない。

「俺が返しに行くんだったんだけど、あいつが勝手に持っていったんだよ。何か言ってなかった?」

「何も言ってなかったよ」

私は彼女の顔を消すように首を横に振った。と同時に、私の心のスイッチが入った。

「あいつ、どうしてか美樹のことになると変わっちゃうんだよな。ごめんな?」

裕介が両手を合わせて私に謝った。私は、大丈夫だよ、と笑ってみせた。

「誰だって好きな人が、他の異性の人と仲良くしてたら変わっちゃうよ」

……大丈夫。声はしっかりしてる。私は完璧に幼なじみを演じてる……。私は一言一言、確認するように口にした。裕介はそんな私の様子に全然気付かない。

「美樹って昔から理解あるよな。俺そういうとこ尊敬してるんだ」

裕介があまりにも無邪気に笑うものだから、完璧だった『私』が崩れてしまうかと思った。

お願い、そんな顔を見せないで。そんな顔を、彼女になんかに見せないで。

パチンッと、風船が割れたような音が聞こえた。その音で私ははっと我に返った。危ない、もう少しで完璧な『私』が歪むところだった。




「行ってきまーす……」

翌日の朝。空は青くて気持ちの良い風が吹いていた。だいぶ朝は涼しくなってきたみたいだ。なのに私は冴えない。昨日の夜から、裕介と彼女の顔が離れなかった。

「……しっかりしなきゃ」

ぺちっと自分の頬を軽く叩いた。もう少しで裕介の家の前だ。こんな暗い顔をしてたら、裕介にまた心配されてしまう。私はすぅっと深呼吸をして、裕介の家の前を通ろうとした。

「あ、遠藤さん。おはよう」

せっかく新鮮な空気を体の中に取り込んだのに、意味がなくなってしまった。聞きたくない声が私の返事を待っていた。

「おはよう、椎名さん」

彼女は裕介の家の前で立っていた。あからさまに不機嫌な顔をして。

「遠藤さんの家ってこの近くなの?」

彼女が長い髪を、指でいじりながら聞いてきた。私はこくんと頷いた。

「そうなんだ。あ、あたしね、今日から裕介と一緒に登校することにしたから」

「え?」

彼女は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。『彼女』という立場を、目の前に堂々と叩きつけられた。

「そう……大変ね。わざわざ」

私は作り笑いをして彼女に対抗してみせた。しかし彼女は怯むことなく、私に釘を刺した。

「大変なんて思わないよ。だってあたし、彼女だし。遠藤さんはただの幼なじみだから、そう思うんだよね?」

彼女の目がぎゅっと私を掴んだ。この感覚を私は前に体験したことがある。……あぁ、あいつだ。コンビニの失礼な男だ。

『キミは裕介のことが好きなんだよね?』

男の言葉が私の体に響いた。ゆらっと私の黒い心がぐらついた。

「……違う」

『キミは裕介のことが好き……』

「違う、勝手なこと言わないで!」

大声を出して現実に戻った私の顔は、とても酷い顔をしていたに違いない。彼女の元々大きな目が、これでもかってぐらいに見開いて私を見ていた。

「な、なんでもないの」

私は逃げるように、彼女の横を通り過ぎた。後ろのほうで、彼女の名前を口にする裕介の声が聞こえた。



「はぁ、はあ……」

私の足が悲鳴を上げた。こんなに走ったのは久しぶりだった。息を調えようと足を止めた場所は、あのコンビニの前だった。

「……最悪」

これでは休まるどころか、ますます体の調子が悪くなる。今日は朝からツイてないみたいだ。すぐに走ろうと体の向きを変えたときだった。

「何でそんなに汗かいてるの?」

聞きたくない声が私を引き止めた。店の自動ドアが開き、私の隣にあの男がいた。

「遅刻……ってわけじゃないよな。まだ余裕だし」

私は耳を貸さずに通り過ぎようとした。

「待ってよ」

男はまた私の手首を掴んだ。私は振り解こうと、体全体で男を拒否した。しかしびくともしない。

「っ! 離して!」

「あらら。嫌われちゃったかな」

男はくすくす笑って手を離した。男に掴まれたところが、ひどくズキズキと痛んだ。

「何か用ですか」

「いや、用があるわけじゃないんだけど」

男はぽりっと頭を掻いた。私は、だったら失礼します、と丁寧に頭を下げた。

「用がなかったら呼んじゃ駄目なの?」

男がしつこく声をかけてくる。私は苛立って男を睨んだ。

「当たり前です。それでなくても私は、あなたに対して良い印象なんて持ってないんです」

「わお、はっきり言ってくれるね」

男はぴゅーっと口笛を吹いた。

「それに『あなた』なんてやめてよ。俺の名前は松永 要。えーっと美樹ちゃんだっけ?」

勝手にちゃん付けをされて、私はかっとなった。

私はあんたなんかと話したくない。あんたの側にいたくない。あんたと一緒にいると、おかしくなってしまう。今まで積み上げてきた『私』が、積み木崩しみたいに簡単に崩れてしまう。

「私とあなたは他人です。気軽に名前で呼ばないでください」

「冷たいなぁ。だって名前しか知らないし」

へらへらと笑う奴を見て、ますます私の心がおかしくなりそうだった。

「……遠藤です」

「遠藤 美樹ちゃんね」

奴はへらへらと笑った。私はしまった、と後悔した。いつの間にか奴のペースになっている。空気を戻すために私は学校の方向に顔を向けた。すると、チリリンッと聞き覚えのある鈴の音がした。私と奴の目の前を、裕介の自転車が走り過ぎていった。裕介の後ろには彼女が乗っていた。通り過ぎるとき、一瞬、彼女と目が合った。彼女は裕介の腰に手を回してこっちを見ていた。

「さっきの、裕介と彼女だったね」

「……さぁ。分かりません」

私はすたすたと歩き始めた。

「嘘だね」

奴が何でも分かっているような言い方をした。私は放っておけばいいのに、さっきの彼女の姿が頭から離れなくて冷静さを失っていた。

「何が嘘なんですか?」

「美樹ちゃんは見たよ、裕介と彼女を」

「見てません!」

私は威嚇するように目を鋭く光らせた。もういい、学校に行こう。このまま相手をしても意味がない。後ろ姿を向けた私に男はまた声をかけた。

「どうしてそこまで隠そうとするの?」

男の足音がゆっくりと近づいてきた。

「何も隠してなんか……」

「また嘘ついた。嘘付くの、好きなの?」

何、こいつっ。人を馬鹿にして!

私は頭に血が上り、顔を赤くして男を睨んだ。いつの間にか、男の顔が私の目と鼻の先にあった。私はとっさに離れようとしたが、男がぐいっと手を引っ張った。私は引く力に負けて体が前のめりになり、私の鼻の頭が男の胸に当たった。男の息が耳にかかる。

「ねぇ、裕介が好きな気持ちに、何で蓋しちゃうわけ?」

「……っ」

逃げたいのに逃げられない。男の囁く声が私の力を奪っていく。心臓が大きな音を立てて、身体の時を刻んだ。

「あんたには……あんたには関係ないっ」

私は全身の力を振り絞り、男の頬を力任せに平手打ちした。そしてもう足を止めないように、逃げるように男の前から走った。

「いってぇ……。ちょっと突っつきすぎたかな」




授業が始まっても、私の心臓の音は大きな音を立てていた。朝からあんな目に遭い、私は心も体も疲労感でいっぱいだった。

あいつ、絶対に許さない。こんなに疲れたのはあいつのせいなんだ。。裕介達のことは何でもない、いつもの『私』なら笑って済ませてしまえることなのに。あいつが口にする言葉は、私の心をズタズタに切り刻む……。

「ふぅ」

すっと頭の中が、腹立たしい男のことから、今朝見た裕介と彼女のことに変わった。

私はしっかりと、裕介の後ろに乗った彼女と目が合った。彼女は腰に手を回して、裕介は自分のものだ、と私に見せつけたのだ。

ーーみき、どこだよっ!

目を閉じると私の耳の奥で、まだ幼いころの裕介の声が響いた。私の意識が次第に、昔の記憶へと流れていく。いつだっただろう、私が両親とケンカをして家を飛び出した時だ。あの日は雨が降っていた。


「みきーっ!」

朝から降っていた雨が夜になると激しさを増していた。何が原因で家を飛び出したのか、今は思い出せない。けれどあの時の私にとって、そのちっぽけな原因はとても大きな問題だった。私は公園の遊具の下でうずくまって泣いていた。両親への怒りと、真っ暗になった外、止まない雨の不安で泣いていた。

「やっと見つけた」

私の目の前に裕介がひょっこりと顔を出した。突然のことで私の涙がぴたっと止まった。

「ゆ、ゆーすけ」

裕介は雨で濡れていて、髪も顔もぐしゃぐしゃだった。裕介はすとんっと私の隣に座った。

「みきのおかあさん、さがしてるよ」

「……しらない。みき、今けんかしてるもん」

本当は帰りたいのに、ケンカをした両親に会うのが怖くて素直になれなかった。鼻を鳴らしながら、私は顔を抱えた膝の中にうずめた。

「そっか」

裕介はそれだけ言うと空を見上げた。気付くと、雨がだんだんと弱くなっていた。

「みき、みて!」

裕介が空を指差して外に飛び出した。私はひとりにされるのが怖くて、急いで裕介の後を追った。

「まっ、まって、ゆーすけ」

「にじだよ! ほらっ」

裕介の小さな指が差すほうを見上げてみた。雨雲の間から、きらきらと輝く虹がかかっていた。

「きれー……」

「みき、しってる?」

裕介が遊具に立てかけてあった自転車を、よいしょっと私の前に持ってきた。裕介は自転車に跨った。

「にじのはしっこの下には、たからものがあるんだよ」

「たからもの?」

裕介はにこにこと笑って頷いた。

「今からさがしにいこうよ、ふたりで」

私は裕介の手を取って自転車の後ろに座った。私は落ちないように裕介の腰を抱きしめていた。裕介は一生懸命、自転車をこいで虹の端を目指した。

「たからもの、みつかるかな?」

すっかり泣き止んだ私は、目をきらきらさせて裕介に聞いた。

「みつかるよ。みつかったら、かあさんたちにみせてあげよ! きっとよろこぶよ。それに……」

裕介の背中が上下に動きながら答えてくれた。私は裕介の言葉を待った。

「みつかるまでさがす! みきをのせてさがすから」

今思えば、この時から私は裕介に恋してしまったのかもしれない。そのときの裕介の背中は、とても暖かくて優しかった。裕介の後ろは私の居場所なんだと思っていた。今この瞬間も、これからもずっと……。


「美樹っ」

結衣の声にはっと目を開けた。気付くと先生の姿がなく、クラスメイトもまばらになっていた。

「もうお昼?」

「今日土曜日だから、午前中で終わりだよ」

結衣が呆れた顔をした。そうだっけ、と私は呟いた。長いこと、昔の思い出に浸っていたみたいだ。私だけ今の時間に追いつけないでいる。机に広がっている教科書をカバンに収めた。

「ね、あれ誰かな」

クラスの女子が外を見て騒いでいる声が聞こえた。結衣もその中にいた。

「美樹も見てみなよ。イケメンが正門に立ってる。あ、こっち見た!」

結衣は嬉しそうに手を振っている。私はやれやれと思い、そっと顔を出してみた。正門で立っているイケメン、それはなんと……。

「ちょっと! あの人、美樹のこと呼んでるよ!」

外から帰ってきたクラスメイトのひとりが私に報告してくれた。結衣が驚いて私の腕を引っ張った。

「知り合い? もしかして彼氏?」

「ち、ちがっ! あれは、裕介と同じバイトの人で……」

「でも美樹に用があるって」

結衣がニヤリと笑った。そして私の机からカバンを持ち、私の手を引いて教室を飛び出したのだ。


「い、痛いよ、結衣!」

結衣は満足に靴を履けていない私を引っ張った。向かった先は正門のイケメン……私にとっては、もう二度と会いたくない人物だった。

「あのっ!」

結衣が奴に声をかけた。奴は私達に気付くと、にこりと笑った。

「キミは?」

「あたしは美樹の友達で、結衣って言います!」

結衣は目をらんらんとさせて答えた。私は、なるべく奴と目が合わないように結衣の後ろに隠れた。

「美樹、紹介してよっ」

結衣が私の肘をつついた。私はじろっと奴を睨んだ。

「松永 要。裕介と同じバイト先で働いてます」

「あらら、冷たい紹介じゃない?」

奴はハハハと笑った。何が可笑しいんだか。私はじわじわと腹が立った。

「ま、俺って嫌われてるから」

「えーっ! 松永さんみたいなイケメン、誰も嫌いになんかならないですよーっ」

結衣がキャーキャーと声を上げた。よく見れば目がハートになっている。私はぎゅっと結衣の腕を捕まえた。

「結衣、駄目だよ。そいつめちゃくちゃ悪い奴なんだから」

「あら、あたし悪い人って大好きっ」

結衣は私の言葉を簡単に蹴り飛ばした。奴は私達のやり取りにクスクスと笑った。

「結衣ちゃんは可愛いね」

奴の一言に結衣は身体を真っ赤にさせた。私は逆に真っ青になった。結衣をこいつの毒牙にかけるわけにはいかない。なんとか目を覚まさせないと!

「結衣、帰るよ」

私は結衣の手を引っ張って奴の前から消えようとした。しかし奴は、ちらちらと私の目の前に何かをちらつかせた。

「これ、なあんだ?」

「……私の生徒手帳っ!」

私がさっと手を挙げると、奴はそれを交わして自分のシャツの胸ポケットに入れた。そして口を私の耳元に近づけた。

「美樹ちゃんも、結衣ちゃんみたいに素直になればいいのにね?」

「! か、関係ないっ」

「今日俺に付き合ってよ。じゃないとコレ返さないし、裕介に美樹ちゃんの気持ちを教えちゃう」

私は顔が青ざめ、体に寒気が走った。結衣はのん気に、ぽーっとした瞳で奴を見ている。

「どうする? って言っても、美樹ちゃんに選択肢なんてないんだけどね」

登場人物がここで全員出たので、読み方を紹介します。


遠藤(えんどう) 美樹(みき)

松永(まつなが) (かなめ)

伊月(いつき) 裕介(ゆうすけ)

椎名(しいな) (さき)

中川(なかがわ) 結衣(ゆい)


……です。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ