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10話 整理

あらためて、自分の置かれた状況というものを整理してみることにした。

僕は屋敷の三階にある、歴代当主の記録が納められた書庫に足を運んだ。

埃っぽいような、古紙の香りが混ざり合った静謐な空間。

そこで僕は、重厚な革張りの歴史書を開いた。


めくったページの手が止まる。

そこに記されているのは、歴代当主たちの『討伐記録』。

無機質な数字の羅列だが、その裏にある光景を、僕は嫌というほど知っている。

脳裏に蘇るのは、四年前の記憶だ。


僕がまだ六歳で、弟のノエルが言葉を覚え始めた頃。

ある日の夕暮れ、屋敷中にけたたましい警報が鳴り響いた。

『スタンピード(魔獣暴走)』の予兆。

西の空が、不気味な紫色に染まっているのを覚えている。


使用人たちが慌てふためく中、父上だけが静かに、手にしたワイングラスを置いた。

「全軍、出るぞ」

短く、しかし重い号令。

父上は瞬く間に武装を整え、数百の騎士たちを率いて最前線へと出撃していった。


僕は屋敷の塔の上から、その光景を見ていた。

地平線を埋め尽くす、黒い津波のような魔獣の群れ。対する騎士団は、数において圧倒的に不利だった。

だが、絶望など微塵もなかった。

先頭を行く父上が、杖を一振りする。


――閃光。


極大の熱量が魔獣の群れの中央を貫き、巨大な風穴を開ける。

その光景に、騎士たちが鬨の声を上げた。

「殿下に続け!」「我らが守護者に勝利を!」

狂気にも似た士気の高揚。父上の圧倒的な力が、騎士たちの恐怖を勇気に変え、一糸乱れぬ統率を生んでいる。


個の武力が、集団の力へと変換される瞬間。

これこそが、『王国の守護者』。

レーベンシュタイン侯爵家が王家に次ぐ権勢を誇る、唯一にして絶対の理由。


回想から意識を戻し、僕は手元の歴史書に視線を落とす。

父上だけではない。

第七代当主は広域魔法で山を吹き飛ばし、第十二代当主は三日三晩の防衛戦を最前線で指揮し続けたとある。

時代は違えど、求められるものは常に同じ。

圧倒的な『個の武力』と、それを旗印とした『絶対的な統率』。

その二つを兼ね備えた怪物だけが、この家の当主という椅子に座ることを許されるのだ。


「……はは」

乾いた笑いが漏れた。

魔力判定「測定不能」の僕が、この歴史の末席に名を連ねようとしているなんて。

象が踏み荒らす戦場に、蟻が一匹で挑むようなものだ。

父上が早々に見切りをつけたのも無理はない。

時間をかけている暇などないのだ。

当主の力が弱まれば、それは即ち、領民の死に直結するのだから。


僕は自分の手を見つめた。

魔力はない。

つまり、この家の当主に求められる「武力」の源泉が、僕には欠落している。

当然、それに付随するカリスマ性も期待できない。

騎士たちが、武力のない貧弱な青年に命を預けるはずがない。


「詰んでいるな」

客観的に見れば、どう見ても。


けれど。

「……それでも」

僕は本を閉じた。

パタン、と重い音が静かな書庫に響く。


歴代の当主たちの中にも、魔力が比較的少なかった者もいる。

もちろん、「比較的」というだけの話だ。歴代当主としての基準値には満たないというだけで、一般の魔術師に比べれば遥かに強大な魔力を持っていたはずだ。

僕のような「測定不能」のゼロとは、次元が違う。

けれど、彼らはその「(当主としては)物足りない」をどう補ったか?

ある者は剣術を極め、魔力を纏わせた剣技で戦った。

またある者は軍略に長け、配下の魔術師部隊を完璧に指揮することで魔獣を退けた。


魔力だけが全てではない。

確かに僕は、最も強力な武器を持っていない。

けれど、戦う手段がゼロになったわけではないはずだ。

父様たちのような「魔法による殲滅」はできなくても、「魔の森の侵攻を防ぐ」という結果さえ出せればいい。


足りないものは多い。

魔力。知識。経験。

そして、それらを裏付けとする信頼と威厳。

今の僕の手札は、あまりにも少ない。

みっともないくらいに、空っぽだ。


「……ならば、代わりの何かで満たすまでだ」


空っぽなら、溢れるまで詰め込めばいい。

才能という器がないなら、代わりの何かで埋め尽くせばいい。


「……考えるんだ」


静かに呟く。

ただ闇雲に努力すれば報われる、なんて甘い幻想は捨てろ。

言われたことだけをこなす従順な生き方のままでは、前世と同じ道を辿ることになる。

今世でも、僕はまた同じ過ちを繰り返そうとしていた。

誰かが敷いたレールの上を歩くだけなら、また同じ結末を迎えるだけだ。


自分に何ができて、何ができないのか。

この世界で生き残るために必要なものは何か。

それを手に入れるために、僕はどう動くべきか。


思考を止めるな。

感情に流されるな。

冷徹に、合理的に、僕という「持たざる者」が勝つための算段を弾き出せ。


もう、待ちの姿勢は通用しない。

これからの人生は、すべて自分の意志で選び、その結果の責任もすべて自分で負うのだ。

それが、理不尽に抗うための唯一の出発点だ。


僕は窓の外、広大な領地へと視線を向けた。

この身に流れる血が、たとえ魔力を持たずともレーベンシュタイン家のものであることに変わりはない。

ならば、その名に恥じぬ生き様を選び取るまでだ。


「ここで終わるわけにはいかない」


今世の両親から受け取っている恩義に報いる方法は、ただ一つ。

この家の一員として、自らの足で立ち続けることだ。


僕は再び前を向いた。

かつてないほど冷静に、自分の置かれた状況を見据えていた。


僕の戦いは、ここからが本番だ。


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