力
ちょっと説明が多いかも…?
「魔王も私と何も変わらない、ただ力を持っているだけ」
かつての慈愛の天使はそう言い、人間“が”破壊の魔王に歩み寄るよう訴えかけた。
その結果、慈愛の天使は“魔王”と呼ばれるようになった。
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僕が魔王城にもどると、みんなはそれぞれ自分にできることをやっていた。
掃除、炊事洗濯。城の補修に、予知に対する対策の話し合い。
意外だったのは、生活に関することの分担だった。
魔王たちは、皆同じような生まれで、同じような存在だと思っていた。
でも、実際は違った。
「アル、サイラス、リヒト、ノエルは貴族だから、こういうの出来ないんだよ」
エリアスが、少し呆れたように言う。
最初は皆で分担しようとしたらしい。
貴族組もやろうとしたが、洗濯物は破れ、食器は割れ、掃除はなぜか被害が拡大した。
結果として、「もうやろうとするな」という結論に至ったのだそうだ。
「不甲斐ない話だが……私は力加減がうまくできなくてね」
アルはそう言って、困ったように笑った。
「色々壊してしまって。生き物に触るのも、最初は怖かった」
その言葉に、少し驚いた。
力の魔王と呼ばれる存在が、“触るのが怖い”なんて。
「力が強いのは、みんな共通なんですか?」
そう尋ねると、サイラスが首を振る。
「強さの“種類”が違うんだ」
そう前置きして、説明をしてくれた。
魔王たちの刻印は、それぞれの能力を象徴する場所と紋様。
その力は、意識せずとも常に働いてしまう。
「簡単に言えば、アルは力が強すぎる。だから、力の魔王ってわけ」
アルは右肩を見せる。
そこには、羽のようにも見える刻印があった。
リヒトのものとは違うが、教会で聞いていた“禍々しい魔王の刻印”とは、まるで印象が違った。
「俺は額。まぁ、人より頭がいいって感じかな」
サイラスは軽く言うが、その言葉の裏にあるものは計り知れない。
他にも、初代の魔王から今に至るまで、様々な能力を持つ魔王がいたらしい。
魔王城の書庫には、その記録が残っていて、貴族組はそれを遡りながら、自分たちの力を理解しようとしているのだという。
「エリオに透視してもらっても、全部が分かるわけじゃない」
エリオは、触れたものの感情や情報を読み取ることができる。
けれど、限界がある。
特に魔王同士では、深くまで読もうとすると、何かに弾かれるように遮られてしまうらしい。
同じ能力を持つ魔王でも、その現れ方は人それぞれだという。
予知一つとっても、俯瞰だけの者、自分視点だけの者、言葉だけが降ってくる者。
多種多様だった。
「リヒトの場合はね」
サイラスは、リヒトの方を見る。
「突発的に発動した予知は、近いうちに起こる悲劇的なものが多い。
夜に見るものは、比較的平和で、遠い未来のことが多い。視点は、その時次第だ」
八人分も聞いていたら、頭が混乱してしまいそうで、その日はそこまでにしてもらった。
教会で聞いてきた話と、あまりにも違う。
刻印を持つ理由も、魔王と蔑まれる理由も、ここにいる彼らを見ていると分からなくなってくる。
短い時間しか関わっていない。
それでも、彼らは人間的で、温かくて、魔王という言葉が似合わなかった。
教団の教えは、本当に正しいのだろうか。
疑念の種が、胸の奥で芽を出し始めた。
そんな一日だった。
⸻
その夜、僕は客間に案内された。
魔王城と聞いて想像していた、冷たく無骨な部屋とは違い、そこは意外にも落ち着いた空間だった。
古いが手入れは行き届いていて、寝台の上にはきちんと畳まれた毛布が置かれている。
「寒かったら言ってね」
カイが顔を出して言う。
「ありがとう」
「いーえ。アベルがいない分、今はちょっと手薄だからさ」
その名前が出た瞬間、空気がほんの少しだけ揺れた気がした。
カイはそれ以上何も言わず、軽く手を振って廊下の奥へ消えていった。
扉が閉まると、城は静まり返る。
遠くで風の音がして、どこかで床板が軋む。
眠ろうとして目を閉じたが、昼間の会話が頭から離れなかった。
――力を持っているだけ。
――魔王も、人と変わらない。
もしそれが本当なら。
もし、彼らが生まれつき力を持ってしまっただけの存在なら。
「……じゃあ、悪いのは」
口にしかけて、言葉を飲み込む。
誰が、悪いのだろう。
刻印を持つ者か。
理解しようとしなかった人間か。
考えれば考えるほど、境界が曖昧になっていく。
魔王。
天使。
その呼び名に、どれほどの意味があるのだろう。
昼間見た、アルの刻印を思い出す。
同じ“羽”を象っているはずなのに、
リヒトのものとも、教会で語られる天使の刻印とも、どこか違っていた。
目を閉じたまま、胸の奥が静かに冷えていく。
疑問は、もう疑問のままではいられなかった。
信じてきたものと、今見ている現実が、確実に食い違い始めている。
その夜、夢は見なかった。
けれど、目覚めた時、はっきりと思った。
――この城で見たものを、
――もう、なかったことにはできない。
疑念は、芽を越え、根を張り始めていた。
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