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捕食

 夜中、ふと目が覚めた。別におかしなことじゃない。たまにあることだ。もう一度眠りに就こうと寝返りを打とうとしたところで、気が付いた。

 ――身体が、動かない?

 金縛りじゃない。指は動かせる。首も回せる。身体にもしっかり力が入る。喩えるなら、仰向けの姿勢のまま拘束されているような……。

 異様な状況に軽く混乱していたところで、身体の上の重みに気付いた。目線を下げると、暗闇の中、俺の上に何か小さな影が覆い被さっている。見覚えのある姿のおかげで、ひとまず混乱と恐怖は解消した。

「ハユリさん?」

 多分、蜘蛛糸が絡まったせいで動けなくなったんだろう。存外頑丈な糸にしっかりと身体を固定されているせいで、まともに身動きが取れない。ハユリさんに解いてもらおうとしたのだが、どうも彼女の様子がおかしい。普段ならすぐに元気良く返事してくれるはずだが、今の彼女は俯いたまま、返事をしてくれない。心なしか、呼吸が荒いようにも見える。

「……ハユリさん?」

 再び声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。いつものハユリさんとは違う、真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、無表情で俺の顔を見つめ返している。

「ハユリさん? どうした? 何か糸が絡まったみたいだから解いてほしいんだけど……」

 ハユリさんの顔が、ぐん、と近づいた。闇に目が慣れてきたのもあって、彼女の様子がさっきよりよく分かる。ハユリさんは目を見開き、俺のことを感情の読めない不思議な表情で見つめていた。口は半開きになっており、口の端から細く垂れた涎が、窓から入ってくる僅かな光を反射している。

「は、ハユリさん……?」

「……さん…………おん……さ……っ」

 彼女が何か呟いていることに気が付いた。呟きながら、彼女の口は微かに震えており、涎が俺の首筋まで垂れてくる。そういえば、前にもハユリさんが俺相手に涎を垂らしていたことがあったな。

「おんじん、さっ、恩人さんっ、恩人さん恩人さんっ」

 彼女は震えながら、繰り返し俺のことを呼んでいる。

「ハユリさん? 大丈夫か?」

「恩人さん、だめ、だめですっ、おんっ、お、恩人さんっ」

 駄目だ。今の彼女からは正気が感じられない。どうしたんだ?

「ハユリさん。ハユリさんどうしたんだ。ハユリさん!」

 少し強い口調で呼ぶと、ハユリさんは一瞬硬直した。そして、彼女の顔が視界から消えた。

「え……んっ⁉」

 首筋に柔らかく温かい感触。彼女が素早く動き、俺の首に噛み付いてきたのだ。

「ちょ、ハユリさん⁉ ハユリさん、どうしたんだよ⁉ ハユリさん!」

 引き剝がしたくても、蜘蛛糸で動けない。ハユリさんは俺の声を気にも留めず、夢中で咀嚼している。

「あぐ……もむっ……おん、じん……さんっ……」

 何とかして引き剥がせないかと藻掻いていると、顔のすぐ横に何か硬いものが突っ込んできた。マットレスに突き立てられたそれの正体には、すぐ思い当たる。ハユリさんの蜘蛛脚だ。

 ハユリさん、まさか本気で俺を食おうとしてる……?

 焦りを払拭しようと、ハユリさんに噛み付かれたまま深呼吸する。だんだんと冷静になっていくにつれて、一つの違和感に気が付いた。

「…………痛くない?」

 ハユリさんはたしかに、俺の喉笛にかぶりついている。ガッツリ急所だ。にもかかわらず、ダメージが全くない。体格差のせいか、単純にハユリさんの顎の力が弱いのか、歯を立てられている感じが無いのだ。むしろ、彼女の唇が啄む感触がくすぐったいくらいだ。

「おんじんさんっ、おんじんさんっ、おんじん、さっ……」

 ハユリさんは譫言のように呟きながら、何度も俺の首を食おうとしてくる。が、これじゃあ甘噛みですら無い。

 ……そういえば、ハユリさんは毎日夜になる前にクモの姿で物陰に隠れてしまう癖があった。夜になるとこうなるからだったのか? 昨日はハユリさん、ハンモックで寝落ちしちゃってたから隠れ損ねたのか。別に、この程度なら実害も無いし気にならないけど……。

 いや、朝になっても糸がこのままだと大学行けなくてマズいよな。まぁ、きっと朝になれば正気に戻ってくれているだろう。

 希望的観測を胸に、ハユリさんに食われたまま再び眠りに就いた。

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