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寝床

 ハユリさんは壁や天井を移動するとき、どうも糸を出してそこら中に渡しているらしい。おかげで俺の頭より上くらいの高さは糸束や蜘蛛の巣でびっしりだ。

「そういやハユリさん?」

 蜘蛛の巣を伝って天井近くを這うハユリさんに声をかける。

「はいっ、どうしましたか?」

「ハユリさんの糸ってどこから出てんの?」

「えっ、えと……色んなところから……ですかねぇ……」

 ハユリさんは蜘蛛の巣から逆さにぶら下がり、俺の顔の前に掌を見せてきた。

「こんな風に……」

 彼女の袖の中から手首、指先と伝って、細い糸がこちらに伸びてきた。

「おぉ……何か見たことある絵面だな……」

「あ、足からも出ますよ。あと口からも」

「マジか、すげぇな」

 ハユリさんは手首から出した糸を引き寄せ、一塊に丸めると口に放り込んでしまった。

「え、食うのそれ?」

「もぐ……む……んっ、はいっ。いらない糸は大抵食べちゃいますねぇ」

 そういえば、前に調べものをしたときにそんな内容を見たような。クモは自分の糸を食べてるとかなんとか。

「そういえば、ハユリさん毎回糸出してる割に蜘蛛の巣の量はそこまで増えないよな?」

「多すぎても邪魔なので、いらなくなった分は食べちゃってますねぇ」

「…………まぁ良いや。糸出さずに動くってのは無理なの?」

 既に多すぎるくらい蜘蛛の巣まみれな気がするが、という疑問は口に出さないでおく。

「うーん……頑張れば出さずにいることはできるんですけど……つい癖で。直した方が良いですかね……?」

「そっかぁ……壁やら天井やら壁紙やら、駄目にしなけりゃ好きにして良いと思うぞ?」

 不安げに尋ねてきたハユリさんを元気づけるようにそう答えると、彼女の表情がぱっと明るくなった。

「そっ、それは大丈夫ですっ! 蜘蛛糸は軽いのでっ!」

「そっかぁ」

 ハユリさんが体重掛けたらその分の負担がかかるのでは? まぁ、ハユリさんが大丈夫と言っているし、現状何も問題は無いので大丈夫なんだろう。そもそも『幼女の姿になれるクモ』とかいう未知の生き物に既存の物理法則が通用するのかも怪しいし。この件に関してはハユリさんに一任しよう。

「引き留めちゃって悪かったな」

「いえいえ、では失礼しますっ」

 ハユリさんはまた蜘蛛糸を伝って天井を行ったり来たりし始めた。暇になったので大学の課題を進めつつ、ときどき彼女の様子を見るってことを繰り返す。ハユリさんはどうも同じところをひたすら行ったり来たりしながら、向かい合った壁に糸を張り続けている様子だった。

 レポート課題が完成したところで再確認すると、ハユリさんの作った糸束はもはや織物ってレベルの面積になっていた。ファイルを保存してからノートパソコンを閉じ、ハユリさんに声をかける。

「ハユリさーん」

「はいっ? 何でしょうか、恩人さん」

 織物の上から顔を出してきたハユリさんと目が合う。

「なかなかすごいもの作ったな?」

「えへへ、この姿でもゆったりできる寝床を作りましたっ」

「あー……ハンモックみたいな?」

「はん……もっく……多分、はい……?」

「ごめん、気にしないで。ちょっと見せてもらっても良い?」

「はいっ、どうぞ!」

 ベッドを踏み台にして、蜘蛛糸ハンモックの中を覗き込む。ハユリさんが寝そべっていたがスペースはかなりのものだった。壁や天井に繋がった糸束を見ても、壁紙や建材に負担がかかっているようには見えない。別に建築系の知識があるわけじゃないからそこまで詳しくは分からないけど。

「……大したもんだなぁ…………」

 ハユリさんからの反応が無いことに気付き、ハンモックの中の彼女を見ると、俯せの姿勢のまますやすやと寝息を立てていた。

「……まぁ、結構な大仕事だったもんなぁ」

 ハンモックを軽く手で押す。しっかりとした弾力が手に伝わってきて、彼女を乗せたハンモックは小さく揺れた。起こしちゃマズいのでこれ以上は揺らさないよう、そっと離れた。

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