朝食
ハユリさんは大抵、朝俺が目を覚ますと天井に貼り付いている。この光景も数日繰り返せば案外と慣れてしまうものだ。いつものようにハユリさんには部屋を出てもらい、身支度をしてから再び呼び寄せる。
「おはようございます、恩人さんっ」
「うんおはよう」
「今日は何だかのんびりしていますね?」
「1限が休講でな……とにかく時間があるんだ」
「……良かったですね?」
ハユリさんはきょとんとしながらそう言ってくれた。まぁ、いつもこの部屋に籠ってるわけだし、大学のことなんか知らないよな。
「まぁ良いや。というわけで、今回は無駄にちゃんとした朝食を用意しようかと」
「はぇ……頑張ってください!」
「いや、そんな応援してもらうことじゃないけどな?」
とりあえず台所に移動。ハユリさんもついて来た。冷蔵庫を開けると、ハユリさんも覗き込んでくる。
「ひんやりしてます」
「そのための道具だからなぁ」
ちょっと考えて、卵とベーコン、プチトマトを出してからまた閉める。まな板の上に食材を並べ、どう加工したものかと一瞬思案。視線を落としたところで、こちらを見上げるハユリさんと目が合った。
「…………そういや」
「はいっ、どうかしましたか?」
「ハユリさんって虫以外は食えるの?」
「どうなんでしょうねぇ……」
ハユリさん自身も分からないのか。少し好奇心が湧いてきた。
「ハユリさん、ちょっと実験していい?」
「何でしょう?」
「ちょっと口開けて」
「んぁ」
ハユリさんが開けた口に、ヘタを取ったプチトマトを放り込む。ハユリさんは口を閉じ、しばらくプチトマトを転がしていた。口が動き、噛み潰したようで、何ともいえない表情で咀嚼を始めた。
「…………虫じゃない味がします」
「虫じゃないからなぁ。食えそうな感じ?」
「んー……」
ハユリさんは渋い顔で考え込んでいる。多分、あまり好きじゃなかったんだろうな。肉食動物に食わせるものじゃなかったかもしれない。
気を取り直して朝食づくりを再開する。卵を2つボウルに割り入れ、マヨネーズを適当に足して菜箸で混ぜ合わせていく。フライパンに油を敷き、ボウルの中身を流し入れ……。
「あっそうだ、野菜足そうぜ野菜」
冷凍庫からミックスベジタブルの袋を取り出し、卵が固まる前に中身を雑に流し込む。菜箸で形を整えて、上にベーコンをありったけ被せていく。我ながら実に頭の悪い玉子焼きだ。フライ返しでひっくり返したら、蓋をしてちょっと放置。
主食を確保するため、食パンを2枚トースターに入れ、3分設定で焼き始める。
「ハユリさん」
「はいっ、何でしょうか!」
「ハユリさんって虫以外のものはどれだけ食えそう?」
「さぁ……」
「じゃ、ちょっと実験してみようか」
「はいっ」
冷蔵庫からカットレタスを取り出し、1枚ハユリさんの口元に近づける。ハユリさんは匂いを嗅いでから恐る恐るといった感じで食いついた。
「…………水っぽい味がします」
「そっかぁ」
フライパンの火を止め、レタスと一緒に玉子焼きを盛り付ける。菜箸でベーコンを1枚剥がし、これもハユリさんに差し出す。匂いを嗅ぐと、レタスに向かうよりも少し勢いよく食いついた。
「あづっ、あちっ、あぢゃっ」
焼きたてベーコンの温度はハユリさんにはしんどかったようで、口をパクパクさせながら悶えている。猫舌だったか。
「つよい味がします……」
「強い味と来たかぁ。好き嫌いで言うと?」
「すきです……」
「そっかぁ。今度からはちゃんと冷ましてからあげるようにするよ。ごめんなー」
「いえいえ」
ちょうどよくパンも焼けたので、別の皿に積み上げて食卓に持っていく。
「パンも食べてみる?」
「恩人さんが言うのであれば、挑戦してみます!」
ハユリさんが開けた口に、トーストを小さくちぎって放り込む。
「…………さくさくしてます」
「美味しい?」
「んー……」
駄目っぽい。玉子焼きも試してみた。
「すきです」
「そりゃ良かった。やっぱり動物性の方が好きなんかな?」
「どうなんでしょうねぇ……」
結局、玉子焼きは全部ハユリさんにあげてしまった。随分と美味しそうに食べるので、作った甲斐があったと思う。
残りのトーストと生野菜を片付けた後、食後のコーヒー(といってもインスタントのカフェオレ)を淹れていると、ハユリさんが手元を覗き込んできた。
「どうしたハユリさん。気になる?」
「えっあっ、やっ、は、はいっ」
すげー慌てるじゃん。
「カフェオレだよ。お湯で溶かすだけのやつだけど」
「かへおれ……」
「飲む?」
「えっ、あっいえ、恩人さんのものをいただくわけには」
「別に良いよ。俺の好奇心の充足のためと思って、ほら」
「で、では……お言葉に甘えて……?」
少なめのお湯で粉を溶かし、大量の氷で冷やしてアイスカフェオレにしてからハユリさんに渡す。
「い、いただきます……」
ハユリさんが一口、舐めるように飲む。次の瞬間、電気でも流れたみたいに痙攣して、勢いよくマグカップをテーブルに置いた。
「あっ、ぅぁっ、だ、だめですっ、おん、さっ、これっ、あたまっ、だめ、ですっ」
ハユリさんは目を白黒させながら呂律の回らない口でぽそぽそと呟き、またクモの姿に化けて箪笥の裏に逃げ込んでしまった。……コーヒーは苦手だったのかな。
時計を確認するとちょうどいい時間だったので、残りのカフェオレを飲み干して大学に行くことにした。




