非力
今日が休日だからって理由で、昨夜は徹夜でゲームをしていた。そのせいで、起きたのはかなり明るくなった頃だった。時間を確認するためにスマホを探そうとしたが、どうも身体が動かない。……なーんか覚えがあるなこの感覚。
目線を下げていくと、意外にもハユリさんではなくユイさんが乗っかっていた。ユイさんは俺の身体の上に俯せになり、こちらをいつもの無表情で見つめている。
「……おはようユイさん。ハユリさんは?」
「あそび場の中」
「そっかぁ……で? ユイさんは何してんの?」
「おにーさん、たべる」
「まだ昼だぞー?」
取り敢えず身を起こす。すると、俺を拘束していたらしき糸がぷつぷつと切れる感触と共にあっさり起き上がれてしまった。ユイさん自体もめちゃくちゃ軽いし、糸自体の強度も、糸の巻き方も、ハユリさんとは段違いで貧弱だった。
「……うーん手弱女」
「たお……?」
「何でもない」
ユイさんが背中から蜘蛛脚を伸ばして抱え込もうとしてきたが、これまたハユリさんの蜘蛛脚と違って簡単に押し退けることができた。
「おねーさんみたいにできない……?」
「まぁ、種が違うからなぁ……」
ユイさんは両手両足をしっかり絡めて掴まってきているので、身体の正面で抱きかかえたまま布団を抜け出し、テーブルの上に放置していた虫かごを覗く。ハユリさんの姿は見えなかったけど、まぁ多分どこか障害物の陰に隠れてるんだろう。隠れられそうな場所ができるだけ多くなるように心がけて考えたんだから、喜んでいただけたのなら努力の甲斐があるってものだ。
「……ねーユイさん? ちょっと動きにくいから退いて?」
「やだー」
「そっかぁ……」
ユイさんが更に密着してきて、俺の首に噛み付いてくる。ハユリさん同様の軽い唇の感触だけで、まるでダメージにはならない。
「おにーさん」
「どうしたユイさん?」
「なんで、ユイには『どいて』って言うの? おねーさんには言わないのに」
「……お、おう……あーっとなぁ…………」
たしかに、ハユリさんを拒絶したことは一度としてない。それを思えば、ハユリさんとユイさんで扱いを変えるのは良くないかもな……。
「まぁ…………うん。そうだなー、ユイさんも良い子だもんなぁ。普段から害虫駆除頑張ってくれてるわけだし、多少のことは甘んじて受け入れようか」
「わぁい」
相変わらず感情の薄い声で喜び、ユイさんは再び俺の首に食いついてきた。まぁ、幸いにも今日は一日暇だし、普段はハユリさんにばかり構っているわけだし、今日一日くらいはユイさんの方に付きっきりになるのもまぁ良いか。
「……というわけで」
「んー?」
「今日はユイさんを甘やかします」
「やったぁ。いつもおねーさんにしてること、ユイにもして?」
「うん……うん?」
俺からハユリさんにしてることって何だ……? よく考えたら、俺いつもハユリさんから一方的に食べられてるのを受け入れてるだけで、こっちからハユリさんへは何もしてなくないか?
「俺ハユリさんに何してたっけ?」
「食べさせてくれる」
「ユイさんもやってんじゃん……」
「ゆびも食べる」
「はいはい」
ユイさんに手を差し出すと、無心で中指をしゃぶり始めた。そこは人差し指じゃないんだな。
「なーユイさん。ハユリさんもそうなんだけどさぁ、俺ってそんなに美味いの?」
「うん」
「即答するじゃん。胃袋には収められてないわけだけど、ユイさん的にそこはどうなの?」
「おいしいからいいの」
「そっかぁ……」
味だけ楽しんで別に腹を膨らす目的ではないってのは、ノリとしてはチューインガムとかに近いんだろうか。
……今度ガム食わせてみようかな。いや、二人とも噛む力あんまり強くないし、喉に詰まらせるリスクとか考えたら危ないか。あまり咬合力鍛えさせて食い千切られても困るし、このアイディアは不採用。
ふと虫かごの方に目をやると、ハエトリグモが1匹、内壁に貼り付いていた。ハユリさんだ。かごの蓋を開けると、かごから出て人型に戻る。
「……おはようございます恩人さん」
「おはようハユリさん……」
何故だろう、ハユリさんが何だか無表情だ。あっ目が赤くなった。蜘蛛脚も生えた。こちらに近づいてくる。
「……何でしょうかハユリさん」
「わたしも、恩人さん食べますっ」
「今日はユイを甘やかす日なのー」
俺が答えるより早く、ユイさんが言い返した。
「ちょっとユイさん?」
ハユリさんの蜘蛛脚が迫ってくる。何をされるのかと身構えていると、ハユリさんは脚のうち2本を使ってユイさんを器用に抱き上げ、入れ替わるように抱き着いてきた。
「ハユリさんの肢はパワフルだなぁ……ユイさん大丈夫?」
蜘蛛脚に『高い高い』された状態で手足をばたつかせているユイさんに声をかけると、急に脱力してからこちらに振り向いた。
「たのしい……!」
「そりゃ良かった」
ハユリさんもユイさんも機嫌良さそうだし、WIN-WINの結果に落ち着いたようで良かった。




