虫籠
講義が終わった後、100円均一で買ったアクリル製の虫かご(税抜300円)と移植ごて(税抜200円)を手に、大学敷地内の中でも特に人通りの少ない講義棟の陰になった場所へ。
一応周りに人がいないことを確認してから、舗装通路脇の土を掘り起こし、虫籠の底に浅く敷き詰める。素手で平らに均した後、落ち葉や石ころ、木の枝を適当に設置していくことで、無事にハユリさんたちの遊び場が完成した。特に意味は無いが、人に見られないよう腕の中に隠して家まで持ち帰る。
「ただいま、ハユリさん、ユイさん」
二人はちょうど玄関の目の前に並んで蹲っていた。多分、虫捕りをしていたところなんだろう。
「あっ、おかえりなさい恩人さんっ」
「おにーさん……」
二人に少し退いてもらって室内に移動し、テーブルの上に用意した虫かごを置く。二人も遅れて部屋に入ってきて、虫かごを興味深そうに観察し始めた。
「恩人さん、これ何ですか?」
「んー、二人がクモの姿で入れる……何か。遊具みたいな?」
「はぇ……」
ハユリさんが虫かご観察を続ける横で、ユイさんが先にクモの姿になって虫かごの上に登ってしまった。蓋を開けてやると、そのまま中に入り込んでうろうろし始める。こういう小さい生き物を観察するのは、やっぱり楽しいな。
「わぁ……ユイちゃん、楽しそうですね?」
「そうなのかねぇ。たしかに随分動き回ってるけど……」
しばらく見ていると、クモ状態のユイさんが上の方まで登ってきて、蓋部分を引っかき始めた。開けてみるとかごの外に出てきて、人型に戻る。
「ユイさん、どうだった?」
「んー……せまかった」
「そっかぁ」
「でも、食べものあった」
……食べ物? ユイさんが差し出した手の中を見てみると、ダンゴムシが丸くなっていた。どうやら土を詰める時に気付かず巻き込んでしまったらしい。罪の無いダンゴムシをうっかり巻き込んでしまったことには申し訳ないと思わなくもないが、まぁ運が悪かったと思うことにしよう。どうか二人の糧となってくれ。
「わっ、わたしも入ってみますっ」
「おっそうか」
ハユリさんもクモ姿に化けたので、蓋を開けて中に入れる。クモモードのハユリさんはかごの中を忙しなく這い回り、積んだ石の下に潜り込んで姿が見えなくなってしまった。安心できる隠れ場所を見つけたってことで良いんだろうか。
しばらく観察を続けていたが、再び姿を見せる様子が無いので、観察を止めて昼食を作ることに決めた。ユイさんは虫かごがあまり気に入らなかったようで、台所までついて来て天井に這い上っていった。
お昼のわかめ蕎麦を完成させてテーブルまで持っていくと、クモモードのハユリさんが虫かごの天井に貼り付いていた。蓋を開けると、素早く出てきて人型に戻る。
「ハユリさん、どうだった?」
「恩人さんっ、これすごく楽しいですねっ! 入り込める場所がたくさんあります!」
ハユリさんは上気した表情で興奮気味に答えた。
「そりゃ良かった」
「あっ、恩人さんはこれからお昼ご飯ですか?」
「まぁうん」
「はぇ……それじゃぁお邪魔にならないように隠れてますね」
ハユリさんはクモの姿になると、開けっ放しにしていた虫かごの中に再び隠れてしまった。よほど気に入ってくれたようで何より。ハユリさんはちょうど外から見える石の上や枝の上で遊び回っていたので、観察しながら食事を開始した。




