経緯
ハユリさんが部屋に現れた翌日。朝目を覚ますと、天井に貼り付いているハユリさんと目が合った。
「おはようございます、恩人さんっ!」
「…………うん。ごめん、ちょっと部屋出ててもらえる?」
「えっ、何故ですか!」
「着替えとか身支度したいから」
「はぇ…………了解しました」
ハユリさんは首を傾げながらも部屋から出ていってくれた。何故理解できないんだ……。
着替えを済ませてから扉を開けると、ハユリさんは廊下の真ん中に蹲っていた。
「あっ恩人さんっ! お済みですか!」
「うん。取り敢えず、こっち来てもらえる?」
「はいっ!」
ハユリさんを部屋に呼び寄せ、テーブルを挟んで座る。
「取り敢えず、昨日の話の続きしようか」
「はいっ。……何からお話ししましょうか?」
「えっと……ハユリさんがクモってところまでは聞いたから、そこから先かな」
「了解しましたっ。あれは忘れもしないあの暑い日のことです」
具体的な日付は忘れてたけどな。
「恩人さんの前に姿を晒してしまったわたしを、恩人さんは嫌な顔したり叩き潰したりせずに見逃してくださいました」
そんなことあったっけ。まぁあったんだろう。もし部屋にクモが出たら、俺ならまぁ見逃す。
「まぁゴキとかならまだしも、クモだしなぁ」
「いえいえ、恩人さんの縄張りを侵してしまったのはわたしの方ですから。だからわたし、恩人さんには生命と住処と餌場の恩があるんです!」
「そっかぁ……」
「だからわたし、この恩に報いたくて。それで気が付いたら、この姿を得ていました」
「そんなんでクモって人型になれるんだなぁ」
「幸運でしょうねぇ……」
まぁ真偽は置いておいて、取り敢えずこの娘の出自は理解できた。
「と、いうわけで!」
ハユリさんがこちらに身を乗り出してきた。
「何さハユリさん」
「わたし、全身全霊をもって恩人さんに尽くしたい所存です!」
「いや良いよ、こんなちっちゃい子に何かさせるのも申し訳ないし……」
「いえいえ、わたしこれでもクモですから! 恩人さんに近づく悪い虫はやっつけますよ!」
「いや言い方。……害虫のことだよな? コバエとかダニとかそういう」
「? はい、そうですけど……ほかにも悪い虫がいるんですか?」
「いやごめん、何でもない……」
ちょっと変なこと考えてしまった。
「と、とにかく! ハユリさんのことは大体理解した。オーケイ!」
「では、わたしここにいても良いんですね!」
「あー…………」
どうしよう。話題を変えたかっただけなんだが……。
「……食費ってどれくらいかかる?」
「虫を食べて生きられますので、そこはお気になさらず!」
「クモって便利だなぁ……」
右手を差し出すと、ハユリさんは俺の手を数秒不思議そうに見つめてから、飛びつくように握り返してきた。
「いても良いんですね⁉」
「まぁ、うん。よろしく」




