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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

数千文字の物語

「みっちゃん」

「っわ、たよ姉」


 店番をしていたら後ろから声がかかった。


「これあげる」

(かんざし)?」

「そう。誕生日でしょ」

「やった、ありがとう」


 貰ったのは桃色の玉簪。「お団子屋にぴったりでしょ」だって。今日一番嬉しい。たよ姉がくれたっていうことが特に。

 わたしはすぐにそれを自分の髪に挿した。


「どう?」

「似合ってる。よかった、桃色にして」


 わたしが満面の笑みで喜んでいると、たよ姉がそっとこめかみに触れてきた。


「髪、垂れてる」

「あ、ありがとう」


 どきっとしたのを悟られないようにお礼を言う。

 まだ自分の鼓動の意味を知らなかった時に戻りたい。わたしはもう気付いてしまったから。自分の気持ちにも、決して結ばれないことにも。たよ姉はもうすぐ結婚する。結婚したら遠くへ行く。中々会えない。


「もう。あたしがいなくなったら看板娘はみっちゃんだけなんだよ。しゃんとしなきゃ」

「うん、分かってる」

「……この街ともお別れかぁ」


 たよ姉が隣に座って、暗くなり始めた通りを見つめる。

 昔、わたしはすぐそこで拾われた。捨てられたから、どうせまたすぐ捨てられると思っていたのにここの家の人達はみんな優しくて、気付けば家族になっていた。幼かったわたしを見つけてくれたのが、たよ姉達でよかったと思う。目を細めたくなるような強い光じゃなかったけど、夜に漏れる明かりみたいに温かくて優しかった。


「たよ姉がいなくなったら寂しいよ」

「もう。近くに来たら会いにくるからさ」

「たよ姉は寂しくないの?」

「……寂しいよ」


 細めたその目が、何を見てるのか分からない。少しだけぷくっと盛り上がった目の下が、やっぱり好き。


「もしわたしが男だったら、たよ姉に簪贈ったのに」

「あ、またそんなこと言って。みっちゃんはぐいぐい来るんだから」


 たよ姉は笑う。また冗談だと思われてる。

 でも、冗談扱いでいい。本当の気持ちを知ってほしくなんかない。


「……みっちゃんはどんな人と結婚するんだろうね」

「結婚? わたしが?」

「まだ興味ない?」

「ないよ」


 ない。ずっと、永遠に興味ない。たよ姉と結婚出来る世界じゃないなら。

 でも、多分いつかはしなきゃいけない。と思う。お父さんが「いい」って言ったらしなくていいかもしれないけど、そんな事は多分起きない。


「でももしするなら、優しい人より面白い人がいいな」

「へぇ、意外。優しい人好きだと思ってたのに」

「好きだよ。でも、それとこれとは別なの」


 だって優しい人だったら、たよ姉のこと思い出しちゃうもん。でも面白い人だったら、きっとよく笑うから寂しくても大丈夫。


「あのさ」


 たよ姉が、通りを見たままそう言った。


「みっちゃんが結婚したら、あたしの簪じゃなくてその人から貰った簪しなね」

「え、なんで? 折角たよ姉に貰ったのに」

「自分があげた簪してくれてた方が嬉しいでしょ? 義姉のじゃなくてさ」

「……じゃあ日替わりでする」

「みっちゃんはもう……」


 お手上げの時のへにょへにょな声をして、たよ姉はこっちを向いた。うっすらと目に涙が滲んでいる。さっきから泣くの我慢してたのかもしれない。


「日替わりでもいいけど、ちょっとは旦那さんの多めにするんだよ」

「……うん」

「あ、納得いかない顔した」

「し、してない」

「してたよ、もう」


 今度は分かりやすく目を逸らして、指摘されるのを待つ。そうして二人で笑って――



「――みつ、たよが帰るよ。寝てていいの?」


 お母さんの声で飛び起きた。今日は折角たよ姉が家に来てくれていたというのに、年甲斐もなくはしゃいで眠ってしまった。しかもよりによって、ちょっと寂しかった日の思い出を夢に見て。

 時間を無駄にした気分……というか実際無駄にしたと思う。


「起こしてよ〜」

「気持ちよさそうに寝てたから。みつ、たよのこと送ってくの?」

「うん」

「じゃあ行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 お母さんに手を振って、玄関で待っていたたよ姉の元へ行く。


「たよもまたね」

「うん、また」


 たよ姉がお母さんにそう言って戸を開ける。もう外は日が沈んで夜になろうとしていた。こがらしが吹いている。


「うわ、寒い」

「最近日落ちるの早くなったもんね」

「うん。……列車の時間大丈夫だった? 次のになっちゃわない?」

「まだ大丈夫」


 街は橙色の明かりが付き始めて、色んな家の夕飯の匂いが漂ってくる。

 一緒に最近のことを話しながら駅に向かっていたらすぐに着いてしまった。


「ちゃんと間に合ってよかった」


 たよ姉が言って、列車に乗ろうと足を進める。切符を買うのをじっと見ていたら、ひどく寂しい気持ちになった。あぁ、たよ姉は今から旦那さんのところに帰るんだ。


 お別れをしようと乗り場まで付いていって、わたしは我慢できなくなってしまった。

 たよ姉は少し驚いた顔をする。ぽろぽろと流れるわたしの涙に、仕方ないなぁというような顔をしてハンカチを出してくれた。


「泣かないで。またすぐ会えるんだから」

「でも、たよ姉の家はもうこの街じゃないんだもん。ただいまとおかえりを言うのは、わたしじゃなくて旦那さんだもん」

「みつ……」


 わたしの涙を拭っていたその手が止まった。ゆらゆらと揺らめく視界で見えたのは、たよ姉の涙。たよ姉も泣いていた。


「もう、みっちゃんが泣くとあたしも泣いちゃうんだからさ」

「だってぇ……」


 暫くお互い向き合って泣いていたら、不意にたよ姉がわたしを抱きしめてきた。

 体温がじわっと広がって、僅かに震える息の音が隣で聞こえる。


「あんたこれ以上あたしのこと想って泣かないでよ……。あたしが酷い女みたい」

「たよ姉は酷くないよ」


 わたしが一方的に好きなだけで、子どもみたいに泣いてるだけで。周りからだって、お姉ちゃん離れ出来てないただの妹に見える筈だもん。

 でも、たよ姉は何も答えなくて。


「やっぱり、違うの贈るべきだったかな」


 独り言なのか分からない、小さな呟きが返ってきた。そっとわたしの髪に手が触れたのが分かる。

 半年以上前に貰った桃色の玉簪。今日も挿してる。もしもそれのことなのなら……それのことだとしたら、一体たよ姉は何を思ってわたしにくれたの? ただの、お守りじゃないの?

 あの日、たよ姉が冗談と受け取ったわたしの言葉……。たよ姉は、ずっと何を思ってた? もしも、もしもわたしと同じ気持ちなら、たよ姉、一回でいいから「好き」って……。


「もうそろそろお別れしないと」

「ぁ……」


 すっと彼女が離れた途端に、繋がっていた筈の僅かな気持ちさえ離れてしまったように感じた。


「じゃあね」


 大人びた笑みは、まるで全部隠す為の仮面みたい。暗がりで橙の光に照らされるたよ姉。わたしのずっと大好きな人。

 でも……寂しそうだ。

 仕方なかったのかな。それが当たり前だから? そう決まってるから?

 わたし達は、ただの姉妹でいなきゃいけない。見えない型に押し付けられて、押し込められて……確かにあった想いも、いつか消えちゃうのかな。


「たよ……姉」


 列車に乗り込んだ彼女が振り返る。そして小さく笑った。


「もう。そろそろ姉離れしな、みつ」

「……今は無理だよ」


 そう言ったわたしの言葉にたよ姉は困ったように笑う。

 今のたよ姉の言葉が、寂しかった。ずっと『お姉ちゃんっ子だね』って周りに言われてきた。でもたよ姉はずっと甘えさせてくれた。


「姉さんからのお願い。……聞いてくれない?」


 その言葉で気付いた。そういえばたよ姉は、自分のこと『姉』だって言ったことなかったな。思わず噛み締めた唇。また涙が伝ってきて、ちょっぴりしょっぱい味がした。


「……分かったよ、姉さん。でも、また来てね」

「うん。また来るよ」


 ドアが閉まる。ちょっぴり安心したような、けれどやっぱり寂しそうな顔をして、たよ姉がゆっくりと遠ざかっていく。永遠にお別れなんてそんな筈ないのに、どうしてこんなに辛いんだろう。

 窓越しに手を振る姿が見えなくなって列車も去ると、わたしはその場にしゃがみ込んだ。

 多分、たよ姉があんな風に心の内を少しだけでも晒してくれることはもうない。だって、そんな顔してたもん。お別れだって、おしまいだって、言われたから……。


 挿していた簪を抜いて、一度だけ唇を付けた。わたしも……これでおしまい。

 だけど、簪はやっぱりするよ。お姉ちゃんから貰った、大事な贈り物だから。

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