転生悪役令嬢 ①
とある宇宙にて。
地球の日本にありそうなオフィス街、にしか見えない『天界』。その一番でかくて一番高いビルの最上階に、ひとりの少女がいた。見た目は十四歳くらい。碧眼に金髪ツインテールで、セーラー服を着ている。
街のデザインもその服装も、すべては地球かぶれな彼女の趣味だった。
――すなわち、彼女こそはこの宇宙を統べる女神である。
千里眼によってどこかの星を見ていた女神は、数度瞬きして視界を戻すと、愛らしい唇を開いて声を上げた。
「シオン。助けて、シオン」
その声にこたえて、一人の男がふわりと出現する。こちらは二十代前半くらい。短い銀髪、赤い眼にノンフレームの眼鏡をかけた、軍服姿の長身の男である。
男は女神に作られた『使徒』であった。
要するに直属の部下である。
なお、神の使徒たる者の視力が悪いわけはなく、眼鏡もまた主の趣味による伊達メガネだった。
「はい、女神様」
シオンは無表情のまま棒読みで言った。
「お助けしましょう。で、今度は何ですか」
「転生悪役令嬢が普通に断罪されちゃったのよ」
女神の台詞に、人間に近い身体を持つシオンは頭痛を覚えた。
この女神は最近、はるか遠き星に生まれた『なろう小説』にハマっている。
読者としてハマるだけならまぁ勝手にお楽しみいただけば良い話だが、彼女ときたら、小説のシチュエーションを再現して、リアルに楽しもうとするのである。
ちなみに地球は彼女の管轄外のため、この女神が起こす「転生」は、厳密には地球人の魂を使っていない。適当に選んだ魂に地球人の記憶をインプットした、いわば「代用転生者」である。冒涜とかいうレベルじゃないが、女神は神なので人の心とかはあんまり無い。
シオンは『この駄女神が』と内心で思いつつ、鉄面皮を崩さずに応える。
「承知しました。そのご令嬢を救えばよいのですね?」
「あなたの介入は最小限かつ、『なろう小説』っぽくよ!」
「えぇ、はい、分かってますよ、えぇ。では、これまでの経緯を教えていただけますか?」
「これ見て」
女神は一冊の本をシオンに渡した。いわゆるラノベのような表紙の本だが、文字情報ではない。女神は小説家ではないのだ。本を手に取ったシオンの頭には情報が直接流れ込んでくる。
彼はそれを『読む』途中で溜め息を吐いた。
「転生が、断罪イベントのたった十二時間前じゃないですか」
女神には未来予知の能力もある。つまり、このタイミングはあえて選んだことだろう。
「以前に結論を出したでしょう。本人を巻き戻すならともかく、転生での断罪回避なら三日は必要ですよ。たった十二時間では、混乱してるうちに終わってしまいます」
前回など、代用転生者はショックでぶっ倒れて寝込んだまま夜会が終了。欠席裁判で破滅したのだ。分けも分からぬまま僻地へ飛ばされた令嬢は、シオンの根回しによって現在はスローライフ系令嬢として元気にやっている。
「でも短ければ短いほうが良いっていうかぁ」
「それで逆転ザマァが成立しないのでは本末転倒でしょうに」
「おっ、転ぶにかけて上手いこと言った感じ?」
「偶然です。それで、可哀想なレディは今どうして……」
流れ込む情報を意識的に早送りし、最後まで、つまり現在まで読み込んでシオンは絶句した。
そんな彼に、女神は悪びれもせず言う。
「いま処刑台の前ね」
「せめてもうちょっと早めに助けを呼んでくれませんか?」