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水泡に帰す

作者: 里山清楓

太陽に雲が掛かった。顔の側面を射る日差しがなくなった。

細めていた目を徐々に開いた。視野が広くなった。

「えらぁ廃れて。ぜぇんぶ、無いなってしもうたなぁ」右からかすれた声が聞こえた。

「そうですね。無いなりましたね。」

「けれど、アレだけは残ってる。」

「せやなぁ。アレだけは残っとる。けどね、アレだけ残っとるんも寂しいなぁ」

「そうですね。寂しいですね。」


ワタシはの町のことを、覚えている、たぶん最後の生き物です。


4年前、ここ、日本の山あい部にある五月丘町は結構な数、人が住んでいた。五月丘町の売りは子育て世代に向けた手厚い福祉制度。そのおかげで町は学生であふれていた。


朝。じめったい暑さで目が覚めた。夏の太陽が容赦なく体を照らす。「もうそんな季節か」と年々早くなる時の流れにため息をつく。自分も年を取ったなと自覚した。

重い体にムチを打ち、母がいるであろうリビングに向かう。いつもと同じ。

床を踏みしめる度、普段の何倍も体が重たく感じ、心なしか足取りも鈍い。

重い足取りでリビングに行くと、母はダイニングテーブルに肘をついていた。母の横を通り過ぎると、

「テレビの調子、悪いね…買ったばかりなんだけど。不良品かな」と、リモコンを凝視しながら呟いていた。

何があったのかテレビを見ると、電波が悪いのか、時々砂嵐になったり、受信ができていませんとの文字が出ていた。大変そうだなと思いながら母の横を通り過ぎて、母の向かいに座る。

一息つき「おはよう。」母に声をかけた。母は目の前に現れたワタシを見て「あ!起きてたんだ。おはよう。ちょっと待っててね、朝ご飯作るから」そうして、母は席を立った。暫くすると鼻先に良い匂いが届いた。今日の朝ごはんは何かと気になり、母の元へ駆けていく。すると、母は「食いしん坊だな。ちょっとまってね。」と言い、いつもの美味しいご飯をワタシの前に置いた。一口食べた瞬間、いつも通り美味しい味が口に広がり、思わずがっつく。

母は「そんな早く食べなくたって、誰も取らないよ」と言いながら、幸せそうにしていた。

ワタシが食べている姿を眺めながら、母は出かける準備をしていた。ちょうどご飯を食べ終わると、母は「じゃ行ってくるね」と言って玄関に向かった。

遅れてワタシも玄関に向かう。母は、玄関にある姿見鏡で背格好を確認していた。「そろそろ痩せないとな…」なんて呟いていた。

ワタシは「そうかな?」と話しかけたら母は、「まぁ、大丈夫でしよ。」と言っていた。母はワタシに向き合って「じゃ、行ってきます。」と言って出かけた。そんな幸せな日々が続いた。ずっと続けばいいのにと思った。

それから4カ月後、母は帰りが遅くなる日が時々あった。休日も出かけて、何かに熱心になっていた。

暫く経つとどんどん、体が痩せていきダイエットに成功していた。ある朝、母はいつも通り姿見鏡を見ていると、痩せている自分を見て嬉し泣きをしていた。ワタシも「やったね。」と話しかけたら、感極まって母はワタシを抱きしめた。

ワタシも自分のように嬉しくなりぐっすり眠れた。


2年後、ワタシもすっかり成長した。今まで通れた隙間が通れなくなっていて、ワタシの身体が少し大きくなったのを感じる。母はあれから痩せた体形を維持していた。その上、肩まであった髪の毛を短くしていた。別人に見えるほど見違えていた。とっても素敵だなと思った。以前、調子の悪かったテレビは一度買い替えてみたものの、もう使い物にならなくなっていた。テレビ以外にも電子レンジも、パソコンも。

母は使えるようになる事を諦めた様子だった。その時から、普段色々な家電が動く音で満たされていた家が、とっても静かになった。

次の日、久しぶりにこの町を探索しようと思い立った。母が家を出たあと、ワタシも身支度を整えた。日本の冬の寒さに耐えられるように覚悟を決めて家を出た。

町は昔と変わらない地形をしていた。建物は所々老朽化が進み、学生の声が普段より少なくなっていた。やはり、冬は暖かい家にいたいのだろうか。

街を見下ろせる丘に来た。実は、先輩とここで待ち合わせをしていたのだ。先輩はワタシが小さい頃、ちょうどここ、丘の上で、たまたま出会った。初めて会った時は年が離れた人という印象だったけれど、毎日同じ場所で同じ時間にいるから変なやつに変わった。話しかけたのは先輩からだった。出会って数週間経った日、「兄ちゃん、いつも見かけんなぁ」新手のナンパみたいでワタシは怖かったが「そこの!前コレ落としとったで」といって、探していた、鈴を渡してくれた。案外良いやつなのかもしれないと少しずつ打ち解けて今に至る。

先輩が見えるなりワタシは先輩の元へ駈けて行った。先輩とは、会ってすぐお互いの近況を話し合った。特有の悩み、最近のご飯、特に日本の季節の話で盛り上がった。楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。そろそろ陽が落ち、帰らないといけない時間になったなと自覚した。

「もう帰らないと。今日はありがとうございました。」とワタシが言うと、先輩は「せやね。楽しかったわぁ。また会えそうなとき連絡して」と返してくれた。ちょうど帰り道が別れる丘を下る階段に着いた。そのまま帰ろうと思ったらなにか、足元に違和感を感じた。

「あれ、こんなところに水が。」

「せやねぇ」

「どうやって帰ろうかな。」

「水が引くまで待つしかないんちゃうかなぁ」

ワタシは水が引くまで待つことにした。けれど、体は落ち着かなかった。ただただ、母が心配だったからだ。こんなファンタジーな事は今までに一度も起きたことがない。母は生きているのだろうか。水面には瓦礫だけが浮かんでいた。

数分後ようやく水が引いた。丘から町全体が水が引いてること確認した。するとワタシが見たこともないような景色になっていた。何が起きているか理解できず、先輩に当たるしかなかった。

「何が起きたんでしょうか。意味がわからない。」

「せやなぁ。びっくりやな。あいつが来るまでは、分からんなぁ。」

先輩は、町の方に向きながらつぶやくように話していた。ワタシは、何が起きたかわからなくてただ不安だった。先輩に答えを求めることしかできず、血の気が引いていった。

「あいつが来たら分かるんですか?あいつっていつどこに来るですか?」

「あいつが来たらきっとわかるんやけどな。全てが。多分あいつは明日来ると思う。」

先輩の答えは全て不透明で不確実だった。頭には疑問が次々と浮かんでくる。けれど、悩んでいても意味がなかった。

「わかりました。明日ここにまた来ます。今日は家帰ります」

友達の反応も聞かず、そう言い残して家に駆けていった。

けれど、町の中には建物一つ建ってなかった。所々落ちている残骸がそこに建物が建っていたことを証明していた。建物が崩壊したおかげで、見晴らしが良かった。暫く歩くと、家があるはずのところに何も建っていないことにもすぐに気づいた。

母を呼んでも返事もないし。とても混乱した。

何時間も母を探した。けれどいなかった。何か温もりを感じたくてまた丘に戻った。先輩がいるという少しの希望にかけた。

丘には、先輩の姿があった。安心して、先輩に駆け寄った。先輩が来ると思っていた明かり一つない街を見おろしながら、明日、あいつとやらが来ることを願って眠りについた。


太陽が直接体を照らした感覚で起きた。少し感覚がさえてくると、太陽とは違う何か温かみを感じた。おぼろげに温かみの正体を確認すると、それは先輩だった。

母だったらよかったのにと心のなかで少し文句を言ってやったら、

「お前、母やったらよかったのにっておもぉたやろ」

先輩はワタシの頭を少し叩いた。

「いて!違いますよ。」

嘘だとバレると知っていながら、反射でそんな言葉が出た。

先輩のせいで覚醒した体をゆっくり起こしていると、

「あいつ、来てんで。めっちゃ前から」

先輩は隣で何か言った。

その言葉に少し固まって、あいつってなんだろうと考えた。寝起きの頭では少し時間がかかったが、答えを教えてくれるあいつなことに気づき、急いで飛び起きた。

すると、目の前に三毛猫がいた。目の前の三毛猫は、

「おはよう。そのあいつだよ」

と第一声を話した。猫にしては小綺麗で、見惚れる程美形だった。

「何度か君の話が出ていてね。一度話してみたいと思ってたんだよ。」

三毛猫は人当たりのよい笑顔でこちらに話しかけてくる。

「それは、どうも。」

こんな事言われたの初めてで少しぎこちない返事になってしまった。

そんな三毛猫を見て、頭にあった疑問を思い出し恐る恐る聞いてみた。

「あ、あの…どうして町は水に沈んだんですか?どうてすぐに水が引いたのですか?」

目の前の三毛猫は待ってましたとばかりに、大袈裟に頷いていた。

「端的に言うと、我々の時間軸と、人間の時間軸が違うからだ。」

なにを言ってるんだと言う顔をすると三毛猫は続けて言う

「我々の一日が人間で言う約一ヶ月なんだ。

だから、我々の感覚で数分で引いた水も人間からしたら数日かけて引いた水。」

何処か説得力があったが、何処か納得できなかった。

「じゃなんで、母は今朝までワタシと一緒に生きてたんですか?母は人間ですよね。時間軸が違うのであれば、母は数年で居なくなっているはずです。」

すると、目の前の三毛猫はこれまた質問されることを知ってたかのように冷静に話す。

「実のところ、君の母は3回も代わっているんだよ。一人目は少し肥満体型の女性、二人目はモデル体型の女性、三人目は背が高い細身の男性。みんな君が寝ている間に寿命が来ていたんだ。確認したけど、心臓の律動が徐々に弱まっていたんだ。死を感じたよ、我々にはない。」

そんなこと信じられなかった。母が代わっていたことにも我々にない死を感じたという言葉もなにもかも理解できなかった。まるで脳がその言葉を拒否しているかのように。

「そんなの、信じられません。母は体型が変わっていたにせろ、みんな同じ人でした。」

すると、目の前の三毛猫はまた言葉を続けた。

「君は、母の顔を覚えているかい?匂いを覚えているかい?声を覚えているかい?

普通の猫なら、声や匂いで個体を判断しているが、我々は相手が自分に対してどの程度好意を持っているかで個体を判断しているんだ。」

確かにワタシの記憶上では、好意を沢山寄せてくれていた者、少し好意を寄せてくれていた者、無関心の者でしか無かった。母の顔も声も思い出せなかった。思い出せるのはシルエットだけだった。信じたくないのに自身の記憶が証明してしまっていた。

「だから、きみは気づかなかった。君の母、もと言い飼い主は君をとっても愛していたからね。」

幸か不幸か、ワタシは愛されていたのか。自身に問いかけた。

「ワタシの母が3回も代わっていて、一日だと思っていのが実際人間では一カ月だったってことですか?そんな…」

一度、自分自身の整理のために呟く。

目の前の三毛猫はワタシが覚悟を決めるまで待ってくれた。

先輩は「まぁむりもないなぁ。言わんかったのは、一時でも幸せを感じてもらいたかったからなんやぁ。すまんなぁ」と言ってくれた。

ワタシの中で飲み込む準備ができた頃合いを見て、目の前の三毛猫は話した。それは淡々としていて分かりやすかった。

要約すると、ワタシは猫であり、町の小学生の6割がアンドロイドだったという。

日本政府は、少子高齢化が進み、子供同士のコミュニティが形成されづらい問題を抱えていた。そんな現状を解決するため政府はアンドロイドを起用することにし、その実験台に五月丘町が選ばれた。

しかし、家電をはじめとしてIoTテロが起き次第にアンドロイドが使い物にならなくなった。政府はそんな五月丘町をみて見ぬふりをした。

とうとう隠しきれなくなった頃に、土を盛って簡易的なダムを建築してダムに沈めた。五月丘町の人達はただ大きい壁がつくられるとだけ知らされており、逃げるまもなく五月丘町はダムの底へと沈んでいった。

そんな現実味のない話を聞いて、納得したくなかった。納得しちゃいけないと思った。今までの楽しい思い出が壊れてしまうような気がした。

「けどなぁ、君の母さんはなぁちゃんとした人間やねん。ちゃんとそこには愛情があったんやで。」

先輩は、ワタシに言い聞かせるように言った。

続けて三毛猫が言った。

「しかもどうやら我々は不死身みたいなんだ。一度試してみたんだ。一ヶ月何も飲まず食わずでも生きれるのか。生きれた。溺死、窒息死、いろいろ試したけど死ななかったんだ。この世界の行方を見るしかないんだ。そういう役目として生まれてきたのかもしれない。」

不死身と聞いて、絶望と希望が同時に入り混じってよくわからない感情になった。死ねない。母を無くした感覚も、忘れずにワタシの中に刻まれていくんだとすんなり理解した。

目の前の三毛猫は続けて言った。

「人間に何か働きかけようと努力はした。文化の創造から文化の終わりまで見てきたが、戦争や時代の流れで必ず一つの文明が消えていった。今回と同じようにね。所詮我々は猫の見た目をした欠陥生物だ。同族の顔ははっきり思い出せるのに、人間の顔は思い出せない。死にもしない。終わりの無い生涯だよ。」

三毛猫は自分自身にも言い聞かせるようにつぶやいた。


その日の夜、皆でおしくらまんじゅうをして眠っていた。

けれど、ワタシはなかなか眠れなかった。今後どう生に向き合うのか。頭の中で考えが回っていたから。すると、先輩が小さな声で「寝付けないのか?」と呟いた。ワタシは目を瞑りながら「今後どうなるのかわからなくて、寝つけません。」と一言。「そうかぁ。これは独り言なんやけどさ。不死身も辛いもんで。友達の話やねんけど、自分が不死身って気づかんで友達より近い関係になってた時があったんやって。けど、相手は自分より先に年取るねんから、相手はすぐに死んで、えらぁ泣きよったんやってなぁ。そっからどうすればええか分からんで、後追うにも追えんでねぇ。何を恨めばいいか分からなくてぇ、今も生きとるんや。」不死身だったことを憎んだだろうな、先に誰かに教えて欲しかっただろうな。心の中で同情してしまった。


三日後、人間で言うと約三カ月後、気持ちの整理がつきワタシの家に、ワタシと先輩と三毛猫で行ってみた。人間で言うと約三カ月。その日は妙に晴天だった。日差しが眩しかった。丘を降りると、五月丘町の建物はほとんど倒壊していて、見渡しが良い。

変わった五月丘町の景色をしっかり目に焼き付けながら家を目指す。眩しすぎて目を細めた。視野が狭くてもでもしっかり家に近づいている気がした。

やっとの思いで家の前に着いた。懐かしいような、寂しいような感情を覚えた。

太陽に雲が掛かった。顔の側面に射る日差しがなくなった。

それまで細めていた目を徐々に開き、視野が広くなった。

「えらぁ廃れて。ぜぇんぶ、無いなってしもいたなぁ」右から先輩のかすれた声がする。

「そうですね。無いなりましたね。」

「けれど、アレだけは残ってる。」

左から三毛猫の心地いい声が聞こえる。

「せやなぁアレだけは残ってる。けどね、アレだけ残ってるんも寂しいなぁ」

「そうですね。寂しいですね。」

ワタシが三毛猫に続けて言う

「お腹空いてきました。アレ見てると。ペット用食器見てると。」

物はいつか廃れてなくなる、文明もいつか廃れてなくなる、記憶もいつか忘れてなくなる。五月丘町は水に沈んでなくなった。

全て水泡に帰すんだ。

読んで下さりありがとうございます。

感想や考察等ございましたらコメントして頂けますと、丁寧に読ませていただきます。

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