千歳くんはラムネ瓶のなかをみました!
千歳くんはラムネ瓶のなか、ラノベと少女漫画の悪いところを合体させたみたいな作品で素晴らしいね
自己肯定感だけで、自己の正しさを主張して、それが少女漫画のように他者の脳内との区別なく世界に溶け出してなんの抵抗もなく他者の主観を侵す
伊藤計劃は、そのブログの中で世界そのものとなり世界を演出しそれによって我々の世界をも侵犯するものを世界精神型悪役と言ったけれど、
千歳くんはラムネ瓶のなか、ここにあるのは全てにおいて真逆に位置する世界精神型ヒーローとも言うべきものでその意味するところは世界を演出する必要もなく一切の抵抗なく自分一人の主観で身勝手に他者を犯し気持ちよくなる主人公という存在だ
世界を一つの方向へ統率し統制するには莫大な意志と行動力が必要だ、それは世界というものが膨大な主観の連なりの中で形をなすもので、世界という言葉が意味を為すのは主観の連なりが共有の意味に基づいて秩序化された地点においてのみだからだ
世界精神型悪役はその膨大な主観すべてをひとつの方向に志向するために、自己を溶かし、けれど自己を喪わず世界そのものとなり世界を演出する強大なひとつの意志だ、だから素晴らしい
それに比べて、千歳くんはラムネ瓶、お前は何だ?豆腐みたいな信念で世界の正しさを主張してそれが受け入れられる、なにが、相互理解を始めようだ、ふざけるな
そもそもお前の生きる世界には個別の意志は存在しない、お前はただ、両鏡に写った無限に連鎖する自分の鏡像を世界だと言って気持ちよくなってるだけの吐き気を催すほどの脳足りんに過ぎない
ただ、これに限らず、物語の作者が作中キャラを個別の存在とすることを妨げ思考を媒介してしまう問題はあって、
それがいいことか悪いことかなんとも言えないところはあると思う
ただし、自分は作者が物語の中に自身の意志を埋め込むならば、そのことについては自覚的であるべきと思う
物語が意志の伝達手段になる以上は他者に影響を与えるもので、そこにおいて、自身の意志が必要以上に強化されるような物語構造は害のあるものにもなり得ると考える
これは、プロパガンダを肯定するかどうかという話にも近いけど、自分は十分に批判される余地を拒否する意思表明を評価しない
ただ、盲目的に自己の正しさだけを主張するものを私は好きではない、可謬主義的な人間が私は好きだ
ちなみに、そういう気持ち悪さのある作品を他にあげると、岡田麿里関連の作品とか不滅のあなたへなんかがそれにあたる
ただし、不滅のあなたへはフシの特殊性が意志が溶けること自体を認めるもので、そこまで不自然さはないようにも思う、ただし気持ち悪さは消えない




