壊れかけの白樺
_____パズ・ホテル
空港からタクシーで15分。
カラフルなメキシコシティ中心へと移動してきた私たちはもう1人の潜在先、パズホテルへとやってきた。
「単独行動は部隊に毒だって、あれ程言ったのに」
「いや、むしろ都合がいい。市街地でみるからに暴力的な奴らが3人も固まったら逆に怪しまれる」
「酷いなぁシグレ。私は笑顔で上手く取り繕ってるんだよ?」
「いいから部屋まで行くぞ」
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グー...
ガチャッ
私らはエレベーターの中に入った。
1番先が紫呉、2番目にクロズコップ、3番目に私、という順に。
オレンジ色の蛍光灯に照らされ、暫くは沈黙の時間が私らを先行した。
古いエレベーターなのかガコン、ゴォン、という音だけが狭い箱の中で木霊している。
そんな中、クロズコップは笑顔を絶やさない。
「さっきの話だけどさあ、フキちゃん」
クロズコップが蛇のように私の肩に腕を絡ませてきた。
その女の肌のくにっという柔らかさが感じられる。
ついで、甘くスパイスの効いたほのかな香水の匂いが鼻腔をかすめる。
「どうかな。殺人鬼の肌も暖かいだろ?」
確かにその白い肌は暖かかった。
同じ人間であることに体が共感している。
「また教えてあげる。私から殺人という言葉を取り上げれば何も残らない」
「でも、逆に取り上げなければこの暖かい肌も、口も、髪も、全部私のものだ」
「跡形もなくなる前に余すことなく好きに使ってやりたいのさ」
「...」
「つまりあんたは死ぬまで人を殺し続ける」
「そういうことか?」
「...」
また一瞬、エレベーターのゴォンという音がこの空間を先行する。
そしてしばらくして
「あはっ...!そうかもねぇ...!」
クロズコップは軽快に笑う。
「良かったねフキ。気に入られたよ」
背後から紫呉の表の声がした。
どうやら裏の人格はひとまず休憩に入ったらしい。
その声に反応してクロズコップの腕を無理やり引き剥がす。
まず第一に、不快だったからだ。
「あぁんっ、いたいってぇ」
「無闇に触れられるのは不快だ」
「酷いなぁ」
チーンっ
空間に甲高い音が鳴り響く。
どうやら8階に到着したようだ。
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「...666号室?」
「ガチャはこの中だ。多分寝てる」
「...」
「入るぞ、ガチャ」
紫呉は666号室の扉を開け、中に入る。
ティッシュやらペットボトルやらが乱雑した部屋の中で1人、ソファーの上で寝ている女がいた。
白く短い髪に白いTシャツ、そしてグレーのショートパンツ。
その女は心地よさそうにごそごそと寝返りをうった。
「ガチャ、起きろ」
紫呉が裏の姿にスイッチを切りかえガチャと呼ばれる女に命令する。
するとガチャは唸り声を上げてゆっくりと目を半開きにした。
「...あれ、シグレちゃん?」
紫呉よりは低いが、高音の猫なで声が聞こえる。
キンキンと頭が痛くなるほどでは無い。
「待ってね、今用意するから」
ググッと体を前にのばし、ふわぁと欠伸をする。
その後私と視線が合う。
「...誰?」
「草間フキ。今回作戦に参加することになった」
「ふーん、よろしく」
ガチャは後ろを向いてごそごそと何かを取り出し着替えを始めた。
「それ以上近づくなよ、フキちゃん」
「...」
クロズコップの言葉を聞いて足を見てみる。
私の足元の1cm先には、私と内部の部屋を区切るように黒い糸のようなものが張られていた。
「...対人地雷か」
「正解。流石自衛隊は伊達じゃないね」
「私が紹介しよっか。この子はベラルーシ出身のペシューコフ・ガチャ。爆薬のプロだ」
「19歳でベラルーシ共和国軍に入隊。後傭兵となった」
「人の素性をべらべら話すのは感心しないねペズ」
ガチャは靴下を履きながら、落ち着き払った様子でそう言った。
クロズコップは相変わらず笑顔を崩さない。
「ははっ、相変わらずそのふざけた話し方は治んないんだなぁ」
「私だから良かったけど、カルテルに聞かれたら顎を切り取られてるところだよ?」
「あんたならそのにやけ面引っペがされるねぇ」
「まぁ私がしたいんだけど」
紫呉はまた呆れ顔をしている。
大体呆れ顔をしている時は表の姿らしい。
「準備できた、シグレ」
「はいはい、行くよ」
「まったく...」
「...」
2人がドアから外に出る。
続いて私も出ようとすると、ガチャは私の目の前に来て顔をじっと見てきた。
「...」
「すんすん...すん」
ガチャは私の胸元の匂いを嗅いだ。
次に鎖骨、次に首筋へと続く。
「...」
「あなた、赤ちゃんの匂いする」
「タバコもお酒もやってないね」
ガチャの吐息は暖かく、シルクのような匂いがした。
「間違っても血の匂いなんて染み込ませないでね」
ガチャは機嫌を良さそうにステップを踏んで外に出た。
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ホテルから出て、また紫呉はタクシーを捕まえた。
もう一度タクシーに乗ると今度は町外れの廃車解体業者の元へと足を運んだ。
ネオンの街並みは薄黄色の砂漠地帯へと形を変えた。
そして廃車場に到着すると紫呉が一人で車を降り、事務所のような建物に入っていった。
数十分すると、なにやら車のキーを手にもち近くのトヨタのオフロードトラックに鍵をぶっ刺す。
それを見て私らもタクシーから降りて、その黒いトヨタに乗車した。
クロズコップは運転席、助手席には紫呉、後部座席には私とガチャが乗車した。
そして私たちはようやくマキージョ・カルテルの幹部、ホルヘとの待ち合わせ場所へと向かうこととなった。




