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ヘーゼと元不機嫌な黒猫のクロヴィス

作者: 美雪



 ヘーゼはクロヴィスと結婚した。


 大国の王子妃になったが、魔法使い見習いもしている。


 魔法や魔法薬の勉強をするのがヘーゼの望み。


 クロヴィスの望みはヘーゼが側にいてくれること。


 二人の望みが両立できるようにした。





 かつてのクロヴィスはかなりの俺様系だった。


 そのせいで畏怖されていたが、強烈過ぎるほどのカリスマと美貌の虜になる人々が多く、次の王になるのはクロヴィスではないかと言われるほどだった。


 クロヴィスは第二王子。


 王位に興味はなく、魔法使いとしての実力を磨きたいと思っていた。


 そこで兄である第一王子が王太子になるべきだと宣言し、自分にすり寄る貴族達を牽制するために高圧的な態度を取るようになったのだ。


 成人した第一王子が王太子になると、自分は兄の邪魔になりたくない、魔法の修業をしてくるといって旅に出た。


 俺様系王子だけに、止めるのは無理。仕方がないとなることも見越していた。


 本当のところ、クロヴィスはとても兄想いの弟だった。


 そんなクロヴィスが数年ぶりに国へ戻ったのは、ヘーゼと結婚するためだった。


 ヘーゼは平民。魔力はあるが、魔女見習い程度の実力。


 魔法よりも魔法薬の方が専門だ。


 到底クロヴィスに釣り合わない、反対されるのではないかとヘーゼは思っていたが、そんなことはなかった。


 クロヴィスが結婚する気になって良かったと喜ばれた。


 クロヴィスは女性にモテ過ぎるあまり、女性のことが嫌になり、結婚したくないと言っていたからだ。


 実は、これも兄のため。


 有力者の娘との縁談は絶対に避けなければならない。可能であれば、貴族との婚姻もしないと決めていたからでもあった。


 大国の王達はヘーゼをとにかく褒めまくった。


 クロヴィスと結婚してくれるだけでもありがたい。


 だというのに、ヘーゼのおかげでクロヴィスがまるくなったと言った。


 しかし、ヘーゼからみると、クロヴィスはまるくない。


 長身だけに細長い。


 いやいや、性格の方だと言われたが、全然そうは思えない。


 十分なほど高圧的、無表情、俺様系だ。


 かつてのクロヴィスは相当な俺様系だったに違いないとヘーゼは思った。





 クロヴィスが不機嫌な表情のぬいぐるみになってしまったのには理由がある。


 老齢の大魔女に結婚してくれなければ呪うと言われたのだ。


 嫌そうに拒否したら、本当に呪われてぬいぐるみにされた。


 大魔女の申し出を笑顔で断っていれば、笑顔のぬいぐるみになったのかもしれない。


 なるべくしてなったというしかなかった。


 大魔女はクロヴィスをぬいぐるみした後、たっぷりと反省しろと言った。


 そのまま放置状態が続く。


 大魔女は老齢だったせいか、なぜ自分の部屋に黒猫のぬいぐるみがあるのかわからなくなってしまった。


 ぬいぐるみになったクロヴィスを拾い上げ、不細工な表情だといって燃やそうとした。


 しかし、ふと思いとどまった。


 ぬいぐるみから魔力を感じたからだ。


 自分が普通のぬいぐるみを持っているわけがない、何か事情があったのかもしれないなどと言い、取りあえずといって倉庫に放り込んだのだ。


 大魔女に燃やされることなく倉庫に移され、自分は運がいいとクロヴィスは思った。


 呪われてぬいぐるみになったことを考えれば、運が悪いわけだが。






 大魔女の家に親族が訪れた。


 クロヴィスは大魔女が死んだことを知った。


 だというのに、呪いが解けない。最悪な状況だ。


 大魔女の家から離れれば呪いが解けるかもしれないとクロヴィスは思った。


 子供達は表情が悪いといってぬいぐるみのクロヴィスを欲しがらず、ヘーゼが引き取ることになった。


 クロヴィスは大魔女の家からヘーゼの家に連れて行かれたが、呪いは解けない。


 一体自分はどうなってしまうのだろうか。


 クロヴィスは考えた。


 数日経てばさすがに呪いの効果もなくなるだろうか。


 ゴミとして処分されたら、自分は死んでしまうのだろうか。


 生きているのに、生きていない。ぬいぐるみなのだ。


 声も出せない。魔法も使えない。ただ、じっとしているだけ。


 なのに、考えることができる。


 悪い可能性を考えてしまう。


 そんなクロヴィスにとってヘーゼの言葉は希望であり救いだった。


 大事にすると言ってくれた。捨てないと。


 汚い倉庫に放り込まれていたせいか、丁寧に洗って綺麗にしてくれた。


 ぬいぐるみの汚れが落ちたせいか、クロヴィスの心も少しだけさっぱりした。


 ヘーゼはぬいぐるみのクロヴィスをそんざいに扱わず、赤子のように大事そうに抱え、椅子に座らせ、ベッドで添い寝してくれた。


 とにかく、優しかった。


 その優しさにクロヴィスは困惑し、それでいて癒された。


 泣いてしまいそうだった。


 ぬいぐるみの嫌そうな表情は、あまりにも無力なクロヴィス自身に対してになった。


 そして、ヘーゼの涙で呪いが解けた。


 呪いを解く鍵は清らかな乙女の涙だったのかもしれない。


 ありがちだが、意外と難しい。


 本当に自分は幸運だったとクロヴィスは思った。





 クロヴィスは心優しいヘーゼを陥れた者を許さないと思った。


 ヘーゼは魔女見習いとしてこき使われているのが明らかな様子で、いつもヘトヘトになって帰って来た。


 下っ端だからこそ、先輩に厳しく指導されるというのはわかる。


 だが、ヘーゼの話を聞いていたクロヴィスは、やりすぎではないかと感じ、いじめられているのではないかと心配していた。


 そして、自分が王子として国にいた頃も周囲に厳しかったかもしれないと反省した。


 クロヴィスの助言によって、ヘーゼの濡れ衣は晴れた。


 だが、ヘーゼを信用しない人々しかいない職場で働き続けることに、クロヴィスは反対だった。


 呪いが解けたら、国へ帰ろうと思っていた。


 さすがに何年も音沙汰がないままでは、家族も心配しているに決まっているからだ。


 ヘーゼを連れて行きたい。


 クロヴィスはヘーゼが好きだった。


 だが、素直に言えない。


 恥ずかしいからだ。


 自分を救ってくれたということで連れて行き、自分の下で見習いをしながら勉強するという提案をしてはどうかと思った。


 だが、そうなると変なやからがヘーゼに近づくかもしれない。


 魔法や魔法薬について教えるといって、ヘーゼに近づく可能性がある。


 駄目だ。絶対に駄目だ! 許さない!


 クロヴィスはすぐに解決方法を思いついた。


 惚れさせればいい。自分に。


 多くの女性達に一目惚れしたと言われて来た。老齢の大魔女もその一人。


 きっと自分の本当の姿を見れば、ヘーゼは一目惚れしてくれる。


 クロヴィスはそう思った。いや、願った。


 期待して、緊張して、人間の姿になった。


 うまくいかなかった。


 おかしい。


 王子という身分が駄目なようだった。


 魔法使いということについては反応がいい。


 なら、問題ない。結婚できる。


 クロヴィスは魔法使いなのだから。


 ヘーゼのことはよくわかっている。ずっと一緒だった。同じ部屋で暮らして来た。


 真面目で頑張り屋。心優しい女性だ。


 ヘーゼに捨てられたら、自分は生きていけないと思うほど、クロヴィスは惚れこんでいた。





 ヘーゼはクロヴィスとの結婚を了承した。


 嬉しいと言ってもじもじしているヘーゼの姿が可愛いとクロヴィスは思った。


 あまりにも可愛い。どうしようもないほどに。


 人間に戻ってもクロヴィスが顔をしかめるのは、嫌だからではない。


 ヘーゼが好きだからだ。


 感情が揺れ動いて魔力が暴発しないよう抑えるのが大変だからでもある。


 クロヴィスは魔法を使った。


 遠距離移動も愛のためならばなんのその。


 速攻で国へ帰るしかないと思った。


 そして、家族に紹介した。


 ヘーゼは結婚に反対されるかもしれないと心配していたが、そんなわけがない。


 王太子である兄の立場を固めるためにも、クロヴィスは平民の女性と結婚した方がいいのだ。


 ヘーゼの両親にも正式に挨拶をして許しを貰った。


 大国の王子に見初められるなんて奇跡だと言われた。


 ヘーゼに巡り合えたことこそ奇跡だとクロヴィスは思った。


 クロヴィスはヘーゼと結婚した。


 夫としてヘーゼを守りながら、魔法や魔法薬の勉強をできるようにした。


 安全安心だ。


 ヘーゼの願いは何でも叶えてあげたいとクロヴィスは思った。


 ただ一つ、ヘーゼがぬいぐるみを持つこと以外は。






 クロヴィスはヘーゼに厳命していることがある。


 それはぬいぐるみを持ってはいけないということだった。


 クロヴィスは大魔女の呪いで黒猫のぬいぐるみにされてしまった。


 そのことを思い出したくないと言うのが表向きの理由。


 本当は嫉妬だった。


 クロヴィスは自分がぬいぐるみにされていただけに、ヘーゼがぬいぐるみに優しく話しかけ、抱きしめたり、頬ずりしたり、キスするのを知っている。


 自分以外にそのようなことをするのは許さないというわけだ。


 ヘーゼもそれに気づいている。


 だが、何も言わない。


 クロヴィスの愛が底なしに深いことも知られていた。


 ヘーゼだけではない。城中どころか国中に。


 高圧的だった俺様王子は溺愛王子になったようだと言われていた。


 クロヴィスがヘーゼを溺愛するのを周囲に見せつけ、わざと広まるようにしたのだ。





 ヘーゼが持つぬいぐるみはクロヴィスだけでいい。


 不機嫌な黒猫のぬいぐるみのクロヴィスだ。


 ようするに、クロヴィス自身のみ。


 ライバルはいらない。


 クロヴィスはもうぬいぐるみではないが、黒猫には変身できる。


 ぬいぐるみのようにヘーゼに寄り添うよう側にいることもできる。


 ぬいぐるみにはできないこともできる。


 ヘーゼを優しく抱きしめ、温め、励まし、キスをする。


 ヘーゼがぬいぐるみだったクロヴィスにしてくれたことを、クロヴィスがするのだ。


 一生側にいる。癒し続ける。安心させる。


 心からの愛で満たすのだ。


「クロヴィス」

「何だ?」

「愛しています」


 沸き上がる嬉しさに耐えるため、クロヴィスは顔をしかめた。


 魔力、暴発、危険。


 魔力があまりにも豊富だと、逆に大変なのだ。


「ヘーゼ」

「何ですか?」

「愛している」


 ヘーゼはにっこりと微笑んだ。


「良かった」


続きがあった。


「実は……」

「何だ?」

「いずれ、ぬいぐるみが欲しいです」


 クロヴィスは驚いた。


「俺がいる」

「そうですね」

「駄目なのか?」

「クロヴィスがいない時もありますし」

「どこにもいかない。ずっと離れない。それならぬいぐるみは必要ないだろう?」

「ぬいぐるみがいいのです」

「わかった。ぬいぐるみに変身する魔法を開発する。少し待ってくれ」


 ヘーゼは微笑んだ。


「それは本物のぬいぐるみではないですよね?」

「本物のぬいぐるみがいいのか?」

「そうです」

「俺を捨てるのか? 本物のぬいぐるみの方がいいのか?」

「私のためのぬいぐるみではないのです」

「そうだったのか。早く言って欲しかった」

「恥ずかしくて」

「恥ずかしい?」

「子供ができました。無事生まれたら、赤ちゃん用のぬいぐるみが欲しいのです」


 クロヴィスは黙っていた。


 驚きのあまり、頭が真っ白になった。


 髪色は黒いが。


 腹の中も黒い。結構。


 優しいヘーゼには秘密にしていた。


「いいですか?」


 ハッとしたクロヴィスはヘーゼを抱きしめた。


「勿論だ。愛している。ヘーゼも、子供も」

「良かった」


 二人は抱きしめ合った。


 愛が溢れるように。子供に伝わるように。


「ヘーゼ」

「何ですか?」

「女の子か? 男の子か?」

「まだわかりません」

「そうだな。まだ、早いか」


 クロヴィスは考えた。


「提案がある」

「何でしょうか?」

「ぬいぐるみは子供の性別と同じにしよう」


 ヘーゼは思わず笑ってしまった。


「わかりました。素敵な兄弟姉妹になれますね」

「友達のつもりだった」

「それでもいいですね」


 ついにぬいぐるみが解禁された。


 二人の子供のために。





 ヘーゼは男の子を産んだ。


 だから、ぬいぐるみも男の子だ。


 ヘーゼは白猫を選んだ。


 優しく微笑んでいる表情だった。


「これはオスなのか?」

「オスです」

「メスに見える」

「オスです」


 ヘーゼはきっぱりと言い切った。


「なぜだ?」

「ウサギもありました。ウサギは女の子、猫は男の子です」

「なるほど。この猫はオスだ」


 クロヴィスは納得した。


 でも、黒いウサギでしたけれどね。


 ヘーゼは心の中で告げた。


 ヘーゼは猫のぬいぐるみが欲しかった。


 なぜなら、世界で一番愛しい男性が黒猫のぬいぐるみだったから。


 それがきっかけで、猫が大好きになった。


 ぬいぐるみの性別は自分次第。


 でも、猫も自分だけだとクロヴィスは言いそうでもある。


 なので、猫が好きなことはクロヴィスに秘密。


 念のため。



 終わり




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