46着目 竜騎士の力!! それとアルテンブルク大公領の実情
「おぉ、壮観だな!」
アルテンブルクの城壁の上から眺めているが、ヴェラセネ・キンダーの大群は砂糖に群がるアリのように城壁へと移動している。
それをアルテンブルク大公軍は押しとどめようとしているが、触れただけで相手の武器を砕く武器や、広範囲に鎧を破壊する兵器を利用しているせいで苦戦しているようだ。
「何か作戦はあるの? 相手は武器とか鎧を壊す方法があるみたいだけど……」
「大丈夫だ、エルマ。このときのために買っておいたこの衣装があればな!」
今のオレの衣装は、赤くて丈の短いドレスアーマーに身を包んでいる。
この衣装はドレスメダル千枚という過去最高の高額購入になったもので、その名も『竜騎士の衣装』。
実はこの鎧や呼び出せる剣と槍は、ドラゴンから取れた革や鱗、爪、牙、角などを使っている。どれも鋼鉄よりも硬く、武器として加工すれば鋭くなる。
しかも生物由来の素材なので、ある程度のしなりも持っている。なので音波で破壊しようとしても吸収してしまうので、まず破壊は出来ない。
破壊しようとすれば、達人級の直接攻撃を叩き込まなければならないだろう。
そして竜騎士の衣装最大の特徴が。
「来い、クレハ!」
「グアアアアアァァァァァ!!」
赤いドラゴンを召喚し、乗って戦うことが出来る。
この赤いドラゴンの正体は、ドレスアッパーのジョブに付いている精霊のクレハだ。衣装によって異なる姿で呼び出される。
以前、騎士の衣装では馬として召喚されたが、この竜騎士の衣装では赤いドラゴンとして召喚されたのだ。
さらにインナーも竜騎士の衣装に合わせてある。
『レッド・ドラゴン・パンツ』と『レッド・ドラゴン・ブラ』を各二十枚で購入した。
付与した効果はそれぞれ『搭乗生物強化』と『アクロバット飛行適正』。
『搭乗生物強化』は、その名の通り搭乗生物の能力を強化する。今回は赤いドラゴンになったクレハが強化される。
『アクロバット飛行適正』とは、どんなに無茶な飛行をしてもコントロールや方向感覚を失わない。さらに乗り物や生物に乗って飛行している場合、常識的に考えて落ちる体勢になったとしても絶対に落ちなくなる。
正に竜騎士の衣装にふさわしい効果だろう。
……ところで余談だが、今回選んだインナーは『アニマル』というデザインのカテゴリーに入っていたインナーだ。
ブラの方は単純に動物の足跡が無数にプリントされている柄だ。今回は赤いドラゴンの足跡がプリントされている。
問題はパンツの方だ。基本的にブラと同じデザインなのだが、フロント部分にデフォルメされた動物がかわいらしく座った姿がプリントされている。
そこまで聞けば普通のインナーデザインだと思うが……実は尻尾の描かれ方が特殊すぎた。
何とプリントされた動物から生えたしっぽは、股ぐらのクロッチ部分を通ってオレの尾てい骨当たりまで伸びているのだ。
ファンシーな見た目なのにかなりのエロさを感じるデザインだった。たまに聞く過激な下着よりも過激かもしれない。
ドラゴンになったクレハに乗った俺は、敵の軍勢へ突撃を仕掛ける。
敵もそれに気付き、鎧を破壊する兵器をこちらに向けてきた。
もちろん、音波兵器ごときで壊れてしまうような装備ではないし、ドラゴンならかすり傷すら負わない。
「今だ、ブレス発射!」
「ガアアアアアァァァァ!!」
ある程度接近したところで、クレハに炎を吐かせる。
炎は実体が無いので、破壊など不可能。もちろん魔法や装備などで防ぐことは出来るが、そんな事が出来る敵はほとんど居なかった。
なので、敵は逃げるか黒焦げになるかの二択しか無かった。
「魔法を主体に攻撃しろ! 近接戦闘を行う物は、魔法使いのサポートに回れ!!」
ハルトヴィヒさんの命令だ。
クレハのブレス攻撃を見て、実体の無い魔法攻撃なら有効だと気付いたようだ。
そしてこの命令はありがたかった。いくらドラゴンになったクレハが強力でも、オレ一人では限界がある。
攻撃の人員が増えたことで、城壁を越えることはまず無いだろう。
こうして、戦闘一日目は防衛戦に成功した。
その日の夜、城壁近くで野営していたオレ達の下へ、ハルトヴィヒさんが尋ねてきた。
「こんな時間に、何かご用ですか?」
「いや、少し話を……いや、愚痴を聞いて欲しい」
彼の愚痴を半ば無理矢理聞くことになったオレ達だが、その内容はアルテンブルク大公領の実情を告白するに等しかった。
知っての通り、アルテンブルク大公は先代から厳罰主義を取り入れており、とにかく犯罪者を監獄に放りまくっていた。
しかし、監獄のスタッフの数が足りないせいで、どの監獄も常にパンク寸前。更正活動なんて出来るはずが無かった。
その結果、監獄で犯罪者ネットワークが出来上がるため、より凶悪な犯罪者として出所してしまうという問題があった。
その問題を放置しすぎた結果、ヴェラセネ・キンダーに目を付けられてしまい、以前アルテンブルクで起こった大騒動へと繋がってしまったのだ。
「それで、この監獄問題を経済的な視点で見るとだな――」
この国では、囚人一人を養うのに年間三百万ハルかかると言われている。おおむね中流階級の世帯年収とほぼ同じだ。
もちろん、犯罪者を捕まえれば捕まえるほど囚人を養う費用が上がるし、刑務作業で得られる収入は雀の涙ほどだ。
帝国では一定以下の収入の者からの税の徴収を禁じているため、囚人からは税金を取れない。
まぁ囚人達がきちんと更正し、納税者として働くというサイクルが出来ればそんなに問題では無いが、先述の通りアルテンブルク大公領の監獄は、出所してもより凶悪な犯罪者として出てきてしまう。
当然、犯罪で得られた収入なんて報告出来ないので、税金を納める事は無い。
つまり、アルテンブルク大公領は、犯罪者を捕まえれば捕まえるほど財政赤字が拡大するという構造的欠陥を抱えているのだ。
ちなみに、帝国全土から軍事研修を募集していたのも、研修料でなんとか赤地を補填したいという思惑があったらしい。
「ちなみに、こうなったのは先代が厳罰路線を歩み始めてからだな。きちんとアルテンブルク大公家の帳簿に、それを裏付けるデータがある。……さて、これを聞いてどう思いました?」
ハルトヴィヒさんが物陰に向かって声をかけた。
すると、フードを深くかぶった人が現れた。その人はこちらに近寄ると、フードを外した。
その人の正体は――。
「アルテンブルク大公!? いらしていたんですか!?」
「ええ。こんな状況になっているのに、部屋から一歩も動かないほど我慢強くないので。もっとも、まだ自分の気持ちに踏ん切りを付けられてはいませんが。このまま戦場に出ても、あっさり殺されてしまうでしょう」
なんと、部屋に引きこもり続けていたアルテンブルク大公だった。
ただ、完全復活というわけではないようだが。
そんなアルテンブルク大公に、ハルトヴィヒさんが続けた。
「きちんと証拠も揃っているのに、まだお認めになられませんか」
「はい。頭では理解しているのですが、心の方が……。私は父を尊敬していました。だから、そんな偉大な父が間違っていたなんて、心のどこかでどうしても認められないのです……」
なるほど。この領地の問題はわかっているけど、それに手を付けると尊敬している父を否定することに繋がる。だから手を付けられなかったと。
どうやら彼女の中で、父は大きすぎる存在らしい。
「最悪な親を持ったオレから言わせて貰いますが……あなたの父は人間です」
「は……?」
きょとんとした目で見られてしまった。アルテンブルク大公だけでなく、その場にいた全員から。
まぁ、これだけだとわかりづらいのは確かだな。
「つまり、人間である以上、間違いを犯すし失敗もします。だからアルテンブルク大公のお父上も、まず父という肩書きを捨てて人間として見つめるのです。そうすれば、必要以上に拡大してしまったあなたの父親像を、きちんと人間大に戻すことが出来るはず。それが成功したとき、心のもやもやが取れるのでは?」
「父を、人間としてみる……」
そしてアルテンブルク大公は、同じ言葉をぶつぶつと繰り返しながら屋敷の方へ帰って行った。
「……これで大丈夫ですかね? 自分で言っといて何ですが、ちょっと不安が……」
「いや、大丈夫だろう。あの方は聡いお方だ。きっと、あなたの言う『人間大の父親像』を手に入れることが出来るはず。むしろ、解決の糸口を与えてくれた君に感謝したいぐらいだ」




