42着目 スニーキング! 闘技場開放戦!!
~マルガレーテ・シュトラウスside~
皇帝達を取り逃がしたマルガレーテは、闘技場に戻り再びピアノを演奏していた。
マルガレーテのジョブ能力は自身が奏でる音楽を聞かせた者を洗脳・操作できる能力で、一度洗脳すればしばらく効果が持続する。
しかし音楽をやめた途端、時間と共に効果は減衰する。
だから、なるべくなら演奏は行い続けた方がいい。そう言う理由で再び闘技場に戻り、演奏を再開しているのだ。
すでに闘技場内は暴徒が殺し合いをしている。もちろん、観客として来ていた人達がマルガレーテに洗脳された結果だ。
皇帝を取り逃がしたのは惜しいが、あれはあくまで『チャンスがあれば』殺し合いに参加させ始末する、いわば達成できなくてもいい努力目標。
今すべきことは、この騒ぎを維持させること。
全員殺し合いの末に倒れるか、帝国軍かどこかの大公軍の助けが来るまで演奏を続けることなのだ。
マルガレーテ自身もその二つの可能性を考えていた。
だが、現実はそのどちらでもなかった。
「うっ!?」
「マルガレーテ!?」
側に控えていたボニファーツは、驚きのあまり声を上げてしまった。
なにせ、マルガレーテが突然苦しそうにもがき始めたのだから。
そして、マルガレーテの背後の空間が、歪んだ。
~レオナside~
闘技場の開放をオレは任された。
もちろん、あの地獄のような闘技場にたった一人で正面切って攻め込むなんて無謀すぎる。
そもそも、敵によって洗脳されてしまう危険性もある。
だから、うまくバレずに潜入できる衣装を購入して侵入することにした。
購入した衣装は『潜入工作員の衣装』。値段はドレスメダル九百枚。
ドレスアッパーの衣装はどれも丈の短いスカートをほぼ必ず採用した露出度が高いものしかないが、この衣装は違う。グレーの迷彩柄をした、全身タイツのようなピッチリスーツなのだ。
もちろんこのデザインには理由があり、衣装の名前の通り敵地への潜入工作を目的としているから。
だから動きやすく、わずかな隙間にも入り込めるようなスーツになっているのだ。
インナーもこの衣装に合わせている。
『ブラック・カムフラージュ・パンツ』と『ブラック・カムフラージュ・ブラ』。それぞれドレスメダル十枚。
『カムフラージュ』とは迷彩柄の事で、つまり黒い迷彩柄のパンツとブラ、ということになる。
効果はそれぞれ『気配消去』と『気絶強化』を付与している。『気配消去』は自分の気配をある程度消すことができ、『気絶強化』は相手を気絶させやすくする。
準備が整ったところで、闘技場へ潜入した。
潜入工作員の衣装は光学迷彩を搭載しており、これを使用することでオレの身体は完全に周囲に溶け込み、視覚で気付かれることはかなり難しくなる。
さらに足音が極力出なくなるので、音で気付かれることもまず無くなる。
そうして誰にも気付かれること無く闘技場に潜入した。
闘技場内はピアノの音が鳴り響いている。きっとマルガレーテが観客を洗脳するために弾いているのだろう。
なぜかオレには効いていないが。
狂戦士の衣装を着ていないのに洗脳が効かない理由について仮説はあるが、それは後で考えればいい。
ピアノは大きくて重く、移動させることは困難なので、おそらく閉会式から場所を移動していない。
オレはまっすぐピアノが置かれている場所へと向かった。
そして、見つけた。マルガレーテがピアノを弾き、ボニファーツがそばに控えている。
もちろん、観客は暴徒化し血の雨が降り続いている。
オレはピアノに少々細工を施し、マルガレーテの首を腕で組み絞めた。
「うっ!?」
「マルガレーテ!?」
いくら潜入工作員の衣装とはいえ、直に触れると自分の存在がバレてしまう。
光学迷彩で誤魔化しても無駄なので、光学迷彩を停止した。
「お前……っ、マルガレーテを話せ!」
「なっ!?」
なんていうヤツだ。
確か、マルガレーテの部下のボニファーツと言ったか。オレとマルガレーテが密着しているのに、花火を放ってきやがった。
マルガレーテが巻き込まれることに気が付いていないのだろうか?
結局、オレはマルガレーテを放さざるを得なかった。
「ゲホッゲホッ……。手荒な救助ありがとう、ボニファーツ。――さて、まさか姿を消して私に近づくなんてね。私が知覚しなければ洗脳の効果が無いことを知っていたのかしら?」
「やっぱりそうだったか。可能性として考えてはいたが、確証は無かったけどな」
オレは、マルガレーテは存在を把握できなければ洗脳は不可能なのでは無いかと考えていた。
というのも、同じ音楽を聴いているのにボニファーツは洗脳されていないからだ。
つまり、マルガレーテは洗脳する対象を自在に指定できる。ということは逆説的に、洗脳する対象をしっかりと知覚しなければ洗脳できないのではないか?
そういう考えに辿り着き、わざわざ姿や気配を消せる衣装とインナーを揃えたのだ。
もっとも、確実な証拠が無いので半信半疑だったが。
「でも、残念だったわね。私を気絶させようとしたのだろうけど、それが失敗に終わって。そしてあなたはこれから、私の手駒になる。もっと強力な洗脳をかけてあげるから」
「オレが保健をかけていないとでも?」
ドオオオオオオォォォォォォン!!
「ピ、ピアノが……」
「爆発した!?」
実は、オレはマルガレーテを襲う前、ピアノにプラスチック爆弾を設置しておいた。
この爆弾は潜入工作員の衣装に付いている武器の一つで、設置すればオレが持っているスイッチで起爆できる。
それでピアノを破壊し、洗脳を出来なくさせたのだ。
そしてこの爆発は、オレも予想だにしなかった効果をもたらした。
「あ、あれ……?」
「私達、今まで何を……?」
「おい、なんでこんな血だらけなんだよ! 誰か救助を!!」
なんと、爆発の轟音がショックとなり、観客達の洗脳が解け始めたのだ!!
「……もう潮時のようね。楽器は壊されちゃったし」
「わかった。任せてくれ」
すると、二人は闘技場外に向かって走り出した。おそらく、この闘技場に無数にある隠し通路を使って脱出するのだろう。オレ達がその一つを使うところを見られたわけだし。
しかもオレが追って来れないよう、ボニファーツは花火を乱射しながら逃げていった。
オレの潜入工作員の衣装は、あまり戦闘向きとは言い難い。
武器は先ほど言ったプラスチック爆弾と麻酔銃、それとナイフ。ちなみにナイフは鞘を装着することで、スタンロッドとしても活用できる。
あとは壁や高所を登るため、腕に取り付けられたグラップリングショット。
このように、最低限の戦闘力しか持ち合わせておらず、正面切って戦うのは苦手な衣装だ。
すでにオレの気配を察知された今の状態では、どうすることも出来なかった。
「ま、闘技場を開放できただけでよしとするか」
オレは『解放成功』の狼煙を上げ、連絡を行った。




