27着目 出張! アルテンブルク大公領!!
アイレンベルグ帝国は、三つの大公家が存在している。
一つが、オレ達が嘱託冒険者として使えているリリエンタール大公家。二つ目が、この前領地に行ったシュピーケルマン大公家。
そして残り一つが、帝国の東に所領を持つアイレンブルク大公家だ。
アイレンブルク大公家は武人の家で、帝国の軍にも優秀な軍人を何人も輩出している。
で、なぜアイレンブルク大公家の話をしているかというと、リリエンタール大公から出張命令が下ったからだ。
というのも、ヴェラセネ・キンダーの台頭とそれ絡みの事件が多発しているため、対テロリスト対策としてリリエンタール大公軍の戦力を底上げしたいという意図があるらしい。
そこで戦闘や治安維持業務に詳しいアイレンブルク大公家へ数週間研修に行くことになったのだ。
アイレンブルク大公家は貴族軍や帝国軍に対し研修メニューを色々と提供しており、トレーニングを施しているのだ。
オレ達三人はそれを受講するため、アイレンブルク大公領の中心地『アイレンブルク』に来ていた。
アイレンブルクは東の海に隣接し港を持っていたので、船で向かうことになった。
そして到着して最初に漏らした感想はというと。
「……圧迫感を感じる……」
アイレンブルクも街の外側に城壁を持っていたが、雰囲気がものすごく物々しくリリエンシュタットの城壁と比べると威圧感がすごい。
さらに港も貿易港であるリリエンシュタットよりも出入りが厳しかった。
やはり、アイレンブルクの港は『軍港』という性格が強いからだろうか。
とまぁそんな感想を抱きつつ、オレ達はアイレンブルク大公の屋敷へ挨拶に向かったのだった。
「あなた方がリリエンタール大公家からいらした嘱託冒険者ですね? お話は聞いております」
オレ達が通された部屋にいたのは、なんと現アルテンブルク大公、アンドレア・アルテンブルクその人だった。
22歳の女性。だがその若さとは裏腹に『この人なら頼れる!』と思わせるオーラが出ている。事実、戦闘力も高く騎士道精神に溢れた人物だという。
さすがは、軍系貴族を取りまとめる家の家長だけある。
「最近、ヴェラセネ・キンダーなるテロリスト集団が跋扈していると聞きます。リリエンタール大公もその危機感からあなた方をこちらに派遣したのでしょう。我がアルテンブルク家の手腕を大いに学び、実りある研修になる事を祈ります」
「はい。お世話になります」
今回は本当に挨拶だけだったので、オレ達はこのまま退室した。
「なんか、やけにあっさりしたね」
「挨拶だけですから。それに、アルテンブルク大公はお忙しい方のようです。なんでも、今のアルテンブルク大公が家督を継いでからずっとデスクワークをなさっているとか」
「本来なら、全部研修担当者に丸投げして顔すら見せないからな。オレ達はリリエンタール大公が直接依頼を出したから少し挨拶できたんだ。こんなのが出来るのは、同じ大公か帝室から直接依頼を出される場合しかない」
この後、オレ達は研修の準備と休息を行いに宿へと向かった。
翌日から研修が始まった。
研修は受講者によっていくつかコースが用意されているらしい。オレ達はある程度戦闘の心得があると判断されたので、それに見合ったコースによる受講となった。
その内容は、アルテンブルク大公家の警備隊と共に実務をこなしながら学ぶ、言わば実地経験をひたすら積ませるという物だった。
そのため、座学はまず無い。
実地研修と聞き、オレはてっきり巡回がメインになると思っていた。
だが研修先の詰所に出勤したとき、真っ先に言われたのが『戦闘準備をしろ』だった。
準備をして研修先の部隊と共に移動すると、ある店を取り囲むよう指示された。
その店は、いわゆる『娼館』だった。
帝国では娼館の営業は禁止されていないが、アルテンブルク大公領では禁止されている。
そのため店の名目を別にして摘発を免れていたが、ここ数年の間にアルテンブルク公爵の締め付けが厳しくなり、ジャンジャン摘発しているのだそう。
踏み込みと摘発が終わり、一息付けると思ったのが違った。
一通り摘発と捜索を終えると、なんと別の場所の踏み込みを行った。
それを何度も連続して行った結果、最終的に一日五件も踏み込みを行う事になってしまった。
「まさか一日中踏み込みで終わってしまうなんて……。エルマさんはどうでした?」
「最初は上手くいかなかったけど、三件目で捕まえ方に馴れちゃった。それにしても、レオナの新しい衣装、かっこよかったよね」
「ああ、街の警備にピッタリな衣装を買ったからな」
その衣装は『騎士の衣装』。馬を呼び出して乗りこなし、剣と槍で戦い、機動力に特化した衣装だ。お値段はメダル三百枚。
もちろんインナーも新調しており、『ブルー・シンプル・リボン』のパンツとブラをそれぞれメダル十五枚で買った。青一色のインナーに小さいリボンが付いたタイプだ。
これらのインナーに『機動力強化』と『突進攻撃強化』の効果を付けており、騎士の衣装の特徴を強化している。
「それにしても、一日に五件も踏み込むなんて、ちょっとおかしくないか?」
「ちょっとどころか多すぎです。隊長に少しお話を伺いましたが、どこの部隊も大体同じペースで踏み込んでいるそうです。つまり、ここアルテンブルクだけで一日数十件は踏み込みによる摘発が行われている、ということです」
研修が始まってからこの街の不審な気配を感じ取っていたが、この日は次の日の予定が早いこともあり、すぐに寝てしまった。
それから毎日、初日と同じかそれ以上のペースで踏み込みに参加した。
だがある日に行われた踏み込みで、この街のいびつさの一端を垣間見てしまった。
その踏み込みは、違法な児童労働が行われていた工房の摘発だった。
前世の世界よりも仕事に出る年齢が早いとは言え、帝国ではジョブ神託の儀を受ける前の子供の労働を基本的に禁止していた。
だがこの工房では、労働が許可される前の年齢の子供を働かせ、しかも危険な作業を行わせていた。さらに法的に労働できる人でも帝国で定められている賃金をきちんと支払っておらず、労働者に知らせるべき事柄を知らせていないという、完全に真っ黒な工房だった。
なので踏み込みに関して全く意義は無い。むしろオレは嬉々として摘発に参加した。
事件が起こったのは、摘発を終えてからだ。
隊長が撤収を命令したとき、一つ気がかりなことがあったのでオレは隊長に質問した。
「隊長。子供達はどうするのですか?」
「悪辣な工房主から解放されたんだ。これから明るく幸せな生活が待っているだろう」
オレが聞きたいのはそういうことじゃ無いんだが……。
だが隊長は何の疑問を持つことも無く撤収を宣言してしまった。
オレは現在隊長の指揮下に入っていることになっているのでそれに従うしか無かったのだが、子供達のあの目は忘れられなかった。
『これからの生活、どうしよう』という、明るさも幸せも全く感じることが出来ない感情を持った目を。




