24着目 図書館の再会! そして大公会談!!
翌日からローザの案内でシュピーケルンの様々な場所を見て回った。
やはり学術都市と言うことで観光施設もその特色が強く出ており、博物館などの学習施設が多い。
面白いところでは、実験の体験施設なんてのもあった。
色々な場所を訪れた後、最後に図書館を訪れた。
図書館としては帝国最大の大きさであり、蔵書の数も最多。そのため、帝国中から利用者が訪れるとか。
ところが、軽く蔵書を見て回ろうとした時、オレが懸念していた事態が起こってしまった。
「あれ、ローザじゃない? 久しぶり~!」
「カウニッツ公爵家から絶縁されたって聞いたけど、なんでここにいるの?」
「……お久しぶりですね」
女子2人組がローザを見つけるなり声をかけてきた。
どうやらローザの昔の知り合いらしい。ローザも一言挨拶するのが精一杯の様だった。
ちょっとここは、助けが必要かな?
「失礼します。うちのパーティーメンバーに何かご用でしょうか?」
「パーティーメンバー? って事は、冒険者ってこと?」
「はい。リリエンタール大公様の嘱託冒険者をしております」
『リリエンタール大公様の嘱託冒険者!?』
二人の台詞がハモったかと思うと、急になれなれしくなった。
突然の豹変ぶりにオレは困惑してしまい、まともな受け答えが出来ない。
だが、それを救ってくれたのはエルマだった。
「『ラティーナ語入門』? お姉さん達、ラティーナ語を勉強してるの?」
「ああ、これ? うん、そうだよ。本当は魔道具の勉強をしてるんだけど……」
「研究をするのにラティーナ語が必要になる――」
突然、女の子達が固まってしまった。
不審に思って女の子の視線を追うと――幽霊がいた。
~リリエンタール大公side~
「申し訳ありませんが、リリエンタール大公家としては研究費の出資を行う事はできません」
リリエンタール大公は、きっぱりとそう言い放った。
対面しているのは、帝国の三大公家の一つ、西のシュピーケルマン大公領を治め、自身も魔道具学者としての肩書きを持つユルゲン・シュピーケルマン大公だった。
なお、つい最近父から大公位を譲られた、弱冠十八歳の若き大公である。
実は、リリエンタール大公はシュピーケルマン大公から基礎研究費の出資をお願いされていたのだ。
その交渉のため、シュピーケルンまでやって来たのである。
「その……理由をお伺いしても?」
「そうですね……まず、基礎研究に出資すれば『五十年後に利益が出る』とおっしゃいましたね? それが問題なんです」
基礎研究は、技術の発展には欠かせない研究であることは間違いではない。だが、すぐに商業利用出来る物ではない。
そのため、どれだけ偉大な発見をしたとしても評価できるのは同じ研究者や技術者だけで、世間一般にはその偉業を認知されにくい。
そういった事情があり、基礎研究から商業利用まで広がるには数十年、場合によっては百年以上という長いスパンがかかってしまうのだ。
「五十年後に利益が出ると言うことは、逆に言えば組織が五十年後も存続していなければその利益を受け取ることは出来ないのです。そして我がリリエンタール大公領に拠点を置く商会の中で、五十年後も存続していると自信を持って言えるのは数えるほどしかいません」
特に、最近の帝国の経済事情は硬直しきっており、なかなか画期的な商売が出てこない。
そして徐々に景気が低下しており、商会の寿命もそれに比例して年々短くなっている。
「そんな状況下で、いつ利益が出るかわからない研究に投資したら、商人達から『無駄遣いだ!』と指摘を受けてしまいます」
領地を持っている貴族は、その年の収支を帝国に報告する義務がある。そしてその会計報告は三ヶ月後ぐらいに全国民へ公表される。
商人の街でもあるリリエンタール大公領では、会計報告へ向ける領民の目が厳しい。なぜなら、元は自分たちが稼いだ金なので、使い方が非常に気になるのだ。
もし税金の使途に不服があれば苦情を入れるし、場合によっては暴動レベルで大挙して押し寄せ、抗議してくるだろう。
そういう事情もあり、リリエンタール大公家はなかなか思い切った予算の使い方が出来ないのだ。
「――とまあ、そういうわけでして。個人的には力になりたいとは思っていますが、なかなか思うように動けないのです」
リリエンタール大公は出資を断ったが、実は少し気になることがあった。
「ところで、少し聞きたいのですが……なぜシュピーケルマン大公はそんなに研究費の獲得にこだわるのですか? もちろん、最初にお話になった『帝国の未来のため』という理由は嘘ではないと思いますが……」
「……さすが、何十年も大公家の当主を務めてきた方ですね。確かに、帝国の未来以外にも理由があります。その前に、現在の学術界の事情を説明しなければなりませんが……」
まず研究に関することだが、当然実験だけをやればいいのではない。それを何らかの形で発表しなければならない。
ただし、発表を行うと一口に言ってもかなり様々なテクニックが必要になる。論文であれば文章の書き方、ポスターやプレゼンテーションであれば資料の配置など。
さらに図を描く必要もあるため、絵心も重要になる。
これらを極めれば、一流の商会セールスマンや画家になれるし、給料で言えばそっちの方が高い。
そして、発表は必ず『ラティーナ語』で行わなければならない。
この世界は国ごとに言語が違うが、アイレンベルク帝国がある『ローム大陸』に関しては共通語が存在する。それが『ラティーナ語』だ。
元々は大昔にローム大陸全土を支配していた巨大国家の言語だったらしい。
現在は日常的にラティーナ語を話すことが無くなったため、ローム大陸内の各国家からは『最も中立な言語』として見られている。
そのため、ラティーナ語は外交の舞台の他に神殿、そして学術で用いられる言語となったのだ。
この話をレオナが聞けば、『前世のラテン語みたいだな』と感想を言っていたに違いない。
以上の理由により、研究者は研究手腕が優れていることは当然として発表が上手く、絵心があり、ラティーナ語に精通している必要がある。
だが、そんな完璧人間は物語の世界にしか存在しない。中にはそんな条件を満たす人もいるが、そんなの百年に一人か二人しかいないだろう。
そういうわけで、学術の基礎的な知識がある、プレゼンが上手い人や絵心がある人、ラティーナ語に精通した人をアドバイザーとして研究機関が雇い、その人達と協議しながら論文を書いたりプレゼンの準備を行っていたのだ。
「ですが、研究費の減額でその事情が変わりました」
研究費は、薬品や装置を買うだけに使うのではない。研究員やアドバイザーを雇う人件費も含まれる。
その研究費が削られれば、人件費も削られる。真っ先に人件費縮小の対象になったのは研究に直接関わりが無い人、すなわちアドバイザーだった。
そのため、アドバイザーと一緒に研究発表の準備を進めるという時代は三世代前を最後に見る影が無くなってしまった。
そしてアドバイザーがいなくなった結果、前述した『物語の世界にしかいないような完璧超人』をさも当然のように求めるようになってしまった。
もちろん、そんな完璧超人はまず存在しないので、実際に研究者として第一線に立てる人は完璧超人に見えて実は器用貧乏という人がほとんどだ。
こういった事情により、アドバイザーがいた当時を知る人達から『研究の質が落ちた』と言われるようになってしまっている。
「実は、学生時代に尊敬する先輩がいたんです。その人は発想が常人離れしていて面白いアイディアをポンポン思いつく、研究者として一流になる素質を持っていました。それは学校の研究室の先生からも似たような評価を受けていました。しかし――」
「発表が上手くなく、絵も下手。ラティーナ語もそんなに上手くないため、研究者になれなかった、ですか?」
「……はい、おおむねその通りです。先輩が学術業をやめると聞いたとき、悔しくなりました。このまま研究を続ければ必ず帝国を代表する研究者になれたのに、研究とはあまり関係ない素質がないせいで研究者失格の烙印を押されてしまうなんて……」
だから、先輩を学術界に呼び戻すため、そして二度とこのような損失が起こらないようにするため、アドバイザー制度を復活させるべく研究費を集める。
これは、大公に任じられた自分の使命だ、とシュピーケルマン大公は考えていたのだ。
商人的な思考を持つリリエンタール大公も『損失』という言葉に心を動かされ、なんとか打開策は無いかと考え始めたその時、会議質の扉が荒々しく開かれた。
「会議中失礼します! 緊急事態です! シュピーケルンの街全域に、ゴーストが大量発生しました!!」




