厳しい現実
そして、あれから1年と少しが経った。
時は9月を迎え、秋のG1シーズンの始まりも間も無くに迫っていた時期である。
今年生まれた仔馬は6頭、その馬たちの中にもすでに買い手が決まった馬が3頭いる。
『去年、今年と馬の出来がいいですね?』
今話したのは、この牧場を贔屓してくれている。
馬主の1人である大田さんだ。
彼は20代の頃に会社を起こし、そこから1代で大成功を収めたやり手である。
25年の馬主生活の中にまだG1勝利の馬はいないが、重賞勝利馬をいくつか保有していた。
『確かに出来は良いですねかね。』
生産者歴25年、46歳を迎えた清は答えた。
事実、この数年間は勝ち上がり率も良く清も手応えを感じ始めていた。
『去年産まれたフルエントリー産駒の評価もなかなかですしね。あの馬は欲しかったですよ。ただ相手が悪かったですね高橋さんは頑固ですから。』
大田さんは残念そうにそう言った。
高橋とは同じくパワーファームを贔屓している話で、G1馬の所有歴もある。
今あげられたフルエントリー産駒は、セリに出された一頭である。売却価格は4500万円。パワーファーム史上最高の値段で売られた幼駒である。
大田さんももちろん狙っていたのだが、値段が青天井式に釣り上がりそうだったので諦めざるを得なかったのだ。
そしてその馬はコハクと同じ日に産まれた馬である。サニーと呼んでいた。
2頭は兄弟のように過ごしていたが、芦毛で零細血統であるコハクとは違い、美しい栗毛のサニーは血統が良かった。
父のフルエントリーは現役時代にマイルCSを勝ち、父子制覇となるマイルCSの勝ち馬を輩出した。ちなみに、今年のダービーで2着に入ったのもこの馬の産駒である。
そして、母はダートながらも重賞2勝し、近親にも活躍馬がちらほら見られるピースロック。美しい好位抜け出しを見せた馬である。
その息子はとても評価が高く、父の果たせなかったクラシック制覇にも期待が持てると言われてるほどであった。
そしてコハクはというとーーー
牧場の隅にひっそりと佇んでいる。
同い年の他の4頭が売れたため、ついに一頭となってしまった。
2度のセリでの売れ残りに加え、庭先取引でも引き取り手なし。
平均よりも小さめの馬体。
そして日本古来から紡いできたとは言え、とても走るとは思えない血統。
そして、敬遠されがちな芦毛の馬体。
『馬体は小さいですが、素直ですし。
血統も魅力的ではあるんですけどね。』
古くから続く血統を保護している大田さんが言った。
『安いとは言え、今の競馬界ではなかなか買い手はみつかり辛いですよね。』
血が淘汰され続けた、厳しい競馬界を見ているようであった。
『産まれたときから、息子が1番可愛がっているのですけどね。なかなか上手くはいかないですよ。』
清は目を細めた。