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設定のない異世界日常。  作者: かまぼこ
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誰か一緒に設定を考えませんか?

つぎつぎと捌けていく列の先で、串にむしゃぶりついて奇声を上げる人。


あれが真の大人という存在か、ジルフは連れてきてくれたロックルに感謝した。


「ほら、こっち、こっち」


そのとき不意にジルフの腕がつかまれ、どろどろと奥に引きずり込まれる。


「え? うぷ」


強烈なにおいに鼻を焼かれて息がつまる。

ねばりつく感触にジルフは卒倒しそうになった。


口のなかに固体物を押しこまれ、吐き出そうとするものの舌の熱で溶けていく。

まずくはないが、どろどろと歯の裏に流れていき、気道がふさがれる。


「おい、ジルフ」


沈みかけのジルフをロックルはなんとか引きずり出そうとした。

しかしあと少しのところで手が届かず、ジルフは人ごみの奥に消えてしまった。


なにごともなかったかのように、列に並ぶ人びとはただけむりを追い求めている。


ロックルは人ごみに飛びこんだ。


もみくちゃにされながら、奥に奥に突き進むと、そこにはうす暗い空間が広がっていた。


アンティークランプが丸いテーブルのうえに置かれ、ぼんやりと辺りを染め上げる。


「そんな、顔をして」


うっすらとした靄のなか、ジルフには女がまたがって、

次から次に串を口へ押しこめていた。


「なにをしている」

「なにって、ご飯を振る舞っているだけよ」


外にいた連中のごとくうつろな目をしたジルフは、

三三七拍子で身体を跳ね上げて痙攣すると、そのたびに口の端からヘドロが舞った。


「やめてやれ、死んでしまう」

「それは困るわ……店の信頼としてね」


女はジルフを投げ捨てて立ち上がった。


背が高い、腰まで伸びた赤茶けた髪に、つんと通った鼻筋。

美人ではあったが、目つきが鋭く、きりりと眉が引き締まっていて蛇のようだ。


ポスンとジルフがゴミ袋の山に落下する。


「あなたに興味があるの」


女は這うようにロックルに歩み寄り、

ロックルの分厚い胸板をゆっくりと撫でまわした。

そして熱い吐息を耳に吹きかける。


「あたしと楽しいことしましょ」


押しつけられた胸の感触がロックルの細胞を湧き上がらせる。

これまでにない張りと柔らかさ。

押し倒してしまいたい欲情を押さえるのに、ロックルは必死だった。


身をよじって手をひねり上げようとするも、女の手首はするりと抜けてしまう。


「強引なのね」


女は不敵に笑い、ふたたびロックルにまとわりついた。


同じ手には乗らないとロックルは抗おっぱいワクチンを作り上げ、

飛んでしまいそうな理性をなんとかつなぎ止める。


「……誘惑スキルか」


蒸れた香水を空気に残して、糸をひくように身体を離す女。


「ふふ、よく分かったわね」

「においだよ」


童貞は女のフェロモンに敏感なものである。


あたしはアンナ。

そう名乗ると女はなみなみと水を注いで円卓のひとつに置いた。

どうやらここに座れという意味らしい。


グラスは妖しくきらめき、水滴がつうとテーブルクロスを濡らす。


「変なものいれてないよな」

「あたしの唾とか」

「バカなのか」

「……冗談よ」


アンナはロックルのとなりに座ってつまらなそうに水をあおった。


「突っこんでくれてもいいじゃない。鉄壁君」

「鉄壁?」

「噂がたっているの。鉄のような皮膚をして、攻撃をした相手が怪我を負う一年生。子犬のような男の子をいつも連れている」

「知らないな」


アンナは手にしたスプーンをひらひら振った。

その後で、大きなため息をつく。


「アレが子犬君でしょ。あなたが鉄壁。知らないって、君ほどその条件に合う男はいないけど」

「じゃあ、女だ」

「硬い女なんてつまらないわ。柔らかくないと」


胸を下からぼいんぼいんと寄せ合わせた。


「温かそうだな」

「真面目なの、ぼけてるの」


それにしても、とロックルは外の群衆を思い出し、

あれはこいつの誘惑の力だったのか、と男の業に恐怖した。


「ここは店なのか」

「ええ」

「オーク焼をもらいたい」

「変わってるわね」


邪魔なジルフを蹴り飛ばし、アンナはオークの腕を取りだすと調理場に消えた。

しばらくして大皿いっぱいのオークとウルベロスの頭一本に、

こんがりと焼き目をつけた料理を持ってくる。


「ウルベロスはおまけ、食べ過ぎにはご注意を。外にいる人を見たでしょ」

「外の連中はお前さんの誘惑じゃないのか」

「いつもより酷い。廃人は性欲が増すものなのかしら」


ロックルは器用にナイフでそれぞれの肉を削ぎおとしていった。


「それで、なにが目的だ」

「ちょっと話を聞いて欲しくて」

「ん」


頬をぱんぱんにして、もごもごと返事をする。


「ハーレムを築きたくない?」

「築きたいです!」


ゴミの山から声があがる。

ゴミ袋が跳ねあがり、ごろごろオークの頭が転がる。


二人の視線が一斉に向く。


「ジルフ、生きてたのか」

「エッチなお姉さん」


目をきらきらと輝かせ、鼻息がロックルの食べ屑の山を吹き飛ばす。


「それで、あの、ハーレムとは」

「うーん、子犬君には関係ないかな」


アンナはロックルの腕を取って、自分の胸のあいだに挟みこんだ。

まんざらでもなさそうなロックルの顔に、

ジルフはポケットに入っていた汚れたナプキンを投げつけた。


ナプキンは二人を祝福するようにひらひらと宙を舞い散り、

ジルフは狂乱して外に飛び出す。


「なにすんだよ」


ロックルの声も空しく。


煙にたかっている群衆を蹴散らして、

ジルフは猛然とした勢いで、夕日に向かって走り去った。

目に涙がきらきらと流れる。


「あら。子犬君はジルフというのね」

「あの馬鹿っ」

「でもいいじゃない。邪魔者が消えたわ」


胸から手を勢いよく引っこ抜いて、ロックルは食事に戻った。

さっきよりもフォークが冷たくて、手になじまない。


「で、ハーレムとは」

「あら、やっぱり乗り気なのね」

「ウルベロス分のお礼に聞いてやる」

「本当は期待しているくせに」


アンナはハーレムのからくりを説明した。


来月に開かれるダンジョン攻略大会に参加したいが、

前にいたパーティーが解散になってしまい、どうにもこのままではピンチである。

だから今いるかわいい女の子三人のパーティーに鋼鉄君も入ってくれないか。

入って欲しいなあ。入ってくれたら頼もしいなあ。ということらしい。


「ちっちゃい子とあたしの妹と、みんなピチピチのすっごいキュートよ」

「そうか」


聞きながらロックルは嫌悪した、仲間でつろうという魂胆を嫌だと思った。


そもそもダンジョン攻略大会の期間はジルフと郷里に帰るつもりだった。


大会でよい成績を修めたならば、箔がついて軍団にスカウトされる。

そんな冒険者学校の出世ルート。

プロの冒険者になりたいわけでないロックルにどうでも良いことだ。


それに、とロックルは考える。

こいつとパーティーを組んだところで勝てる気がしない。

それどころか、ピンチになったら手のひらを返すのではないか。


仲間を売って、自分の身体を差し出して。


「ジルフの世話で忙しい」

「やっぱねぇ。誘惑が効かなかった時点で」


アンナは唇をなめた。


「あたしに魅力がないのかしら」

「女には興味ないんだ」


皿のうえにはいくつかの太い骨だけが残り小骨や肉の跡形もない。


「話は終わりか」

「んー、あたしに気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど……」


 アンナの声が次第に小さくなっていく。


「なんだ」

「……いやぁ、ずっと勃ってるなって」


すまなそうにアンナは水を飲み干す。

鉄壁の息子もまた鉄壁らしい。


ロックルは抗おっぱいワクチンの効き目を恨んだ。


「それが、どうした」


この言葉をロックルの息子に語らせるとこうなる。


【おっぱい。いっぱい。らぶ・あんど・おっぱい】


漢・ロックル、息子がどろどろ血の涙をながす。

それは赤か白か、合戦である。


「話だけでほんとうにいいの?」

「どういう意味」


アンナはあたしにも分からないわ、と肩をすくめ首を振る。


「子犬君かあ」

「世話役が要るんだ」

「いくら背が小さくっても、世話が必要な歳じゃないでしょ」

「いや――」


今度はロックルが首を振る番だった。



「――それ、正気か?」


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