11-3 未来へ
異世界からの勇者達が元の世界へ帰ってから約1年後。
ついにイスメアルダ王女は戴冠し、女王となった。
隣に起つのは異世界の勇者、あっきー。この世界で彼の名と顔を知らないものはもういない。
セイントナイト達は、王国騎士団の第1部隊として王国に使えることになった。
彼らには自由裁量が与えられ、王国内を自由に駆け巡っている。
この国には魔王が残した魔物もいるし、彼らが出向くことで、人々の士気が上がり復興も早まる。
砂塵の狐傭兵団は西瓦を隊長として存続。異世界の技術と戦術を伝える為に奮闘している。
戴冠式が終わり、部屋へと戻ってきた、イスメアルダ女王とあっきー。
今はここに、二人しかいない。
「お疲れ様。今日は疲れただろ。今お茶を入れるよ」
一応夫婦ではあるのだが、未だどこか他人行儀な感じの残るあっきー。
「ありがとうございます。ですがあっきー様もお疲れでしょう? そう言うことはメイドにやらせますから座っていて下さい」
イスメアルダ女王は、あれから随分と成長した。会ったばかりの頃は、夢見がちな少女の印象があったが、今ではすっかり女王の貫禄が出てきた。
もっとも、政治的なことはまだ苦手で、実務的なことは、相談役のフローラ嬢をいつも頼っている。
あっきーはふとあることに気がついた。むしろなぜ今まで気づけなかったのだろう。それをイスメアルダ女王に訪ねる。
「今更なんだけど。イスメアルダのお母さん。つまり前女王ってどんな人? 今まで聞いたことがなかったや」
「ついにその事を聞かれてしまいました。そうですよね。あっきー様も王家の人間になったのですし、知っておくべきですよね」
神妙な顔になったイスメアルダ。あっきーは素早くフォローする。
「言いたくないなら、無理しなくてもいいよ」
「いえ、聞いておいて下さい。これは私が女王にこだわった理由でもあります。少し長くなりますが宜しいですか」
お茶を入れながら、あっきーは笑った。
「時間なら沢山あるさ。ユックリでいいから話してよ」
「あっきー様は、前女王の姿や名前、あるいはどんな人物であったかを誰かから聞いたことはありますか?」
「そう言えば無いんだよな。だから今まで気にならなかったんだ」
「それは誰も記憶にないからなのです」
「どういうこと? だって女王だったんでしょ。もしかして何もしない人だったとか」
「そんなことはありません。とてもとても優秀な人だったはずです! 兄であるソーンダイクが最も尊敬し、目指していた人でもあるのですから」
「あのソーンダイクが目指していた!?」
「そうです。兄が王を目指したのは、女王である母の姿を見て自分もそうなりたいと思ったからなのです」
「そのわりに、誰も記憶が無いって言うのはどういうことなんだ」
「それが勇者召喚最後の秘密です」
「最後の秘密? まだ何か秘密があったのかい」
「勇者召喚陣の発動には、勇者タク様の血を濃く引く女性が必要となります。そのことは聞いたことがありますよね。
【勇者を思う心と、その血が、異世界との扉を開く】
取扱説明書にはそう書いてあります。
そして、
【発動には、世界の法則を変えるほどの多大な力が必要となる】
とも書いてありました」
「世界の法則を変える!? それって風巻がやろうとしたことと同じじゃん」
「その通りです。そしてその発動には、召喚者の存在そのものが必要とも書いてありました」
「それってもしかして!」
「勇者召喚陣を使用した前女王は、その存在を失いました。前女王、つまりわたくしの母は始めからいなかった。だから誰一人として前女王のことを知らないのです。
わたくしがその事を知らされたのは、召喚陣使用当日のこと。皆様に初めてお目にかかった日です」
その日のことを思いだしたのか、イスメアルダ女王の眼に涙が浮かんできた。
「母に呼び出されてそれを伝えられた時、始めは意味が判りませんでした。
あの日、勇者様が召喚される直前に、母の姿が溶けるように消えました。
その時やっと意味が判ったのです。そして判った時にはすでに母の名前すら覚えていませんでした。
ただ、勇者の血が少しだけ作用した為か、前女王が勇者を召喚したことだけは覚えています。母から秘密を聞かされたこともです。
他の者達は、勇者を召喚したのは、わたくしであると思っていますが、実際に召喚陣を発動させたのは前女王なのです」
そこまで言うと、イスメアルダは下を向いて泣き始めた。
そっと肩を抱いて慰めるあっきー。暫くそうしていると、イスメアルダは落ち着いてきて、また話し始めた。
「わたくしは勇者様のことについて、事前に書物を読んでいたこともあってそれなりに知識がありました。
だから出来る限り丁重に歓迎するつもりでした。
だけどあの日はあれ以上出来ませんでした。
皆様と別れた後、母のことを思ってずっと部屋で泣いていたのです」
「そんなことがあったんだ。大変だったろ」
「ありがとうございます。でももう大丈夫ですわ。
そしてわたくしに対して笑いながら消えていった母を思い、その時に女王になる決心をしたのです。
この国の頂点に立つのは、勇者タク様の血を引く女王でなくてはならい。
もしもの時、決断をする人物と、存在を失う人物が別々の人であってはいけませんわ。
こんなことを、王以外の人に頼むなんて出来ませんもの」
「なるほどね。因みにあの召喚陣は男では使えないのかな?」
「勇者を思う心。と言う一節がありますよね。
あそこで言う勇者とは、勇者タク様のイメージする勇者のこと。すなわち男性なのです。
ですから男性のことを思える女性である必要があるのです。
今回なぜ沢山の勇者様が召喚されたかまでは判りません。もしかしたら母の持つ勇者のイメージが色々ありすぎて、そうなってしまったのかも知れませんね。
それはともかく、召喚された勇者様達が男性しかいないことに、気がつきませんでしたか?
それこそが、女性である女王が思う勇者のイメージであることの照明でもあります」
「男性が女性の勇者を召喚してはどうだろうか?」
イスメアルダ女王が目を丸くする。
「その発想はありませんでした。わたくしの持つ勇者様のイメージも殿方でしたので。
でも、それをやると勇者タク様に怒られそうですわね」
イスメアルダ女王の顔に笑顔が戻った。それをみてあっきーも笑う。
まだまだアカシュブレア王国には問題が沢山ある。しかし、ここには仲間もいるし、共にやっていけばきっと立派な王国に育つことだろう。
そう言えば、風巻もフローラ嬢とは上手くいっているようだ。二人は正式に婚姻を果たし、風巻は、ヒョウ・シマキ・スカイラインと名乗っている。
二人とはこの国の政策について話すことが多く、ことある毎に会っている。やはりフローラ嬢を女王の相談役にお願いしたのは正解だったようだ。
ここまでこの世界に関わってしまったのだし、これからも、「こんな私に出来ること」を粛々とやっていくだけだ。
昔の勇者タクも、こんな感じで女王をサポートし続けていたのだろうか。そう思うと急に親近感が湧いて来るあっきーだった。
帰還の送還陣による輝きが消え去った時、ふと気がつくと自室にいることに気がついた。
手にしたスマホを急いで確認する。日付は海外旅行に出立する日。時間は朝。足下を見ると旅行出立の準備が整っていた。
スマホのアドレスやアプリを確認してみるが、そこに異世界での痕跡は全く残っていない。
異世界で起こったことや、私がやってきたことは全部覚えているが、そこで聞いたはずの、個人情報についてはポッカリと抜けている。
送還される時の何かが影響しているのかも知れない。
「あれは全て幻だったのか? いやそんなはずはない」
そう思った時、コロンと一枚の硬貨がポケットからこぼれ落ちた。急いで拾って確認する。
現代において硬貨など存在しない。金で出来たそれには、アカシュブレア王国のマークが浮かし彫りされている。
「幻ではなかった。だけど…」
それ以外には何も残っていなかった。取りあえず飛行場へと向かうことにした。
何一つ変わらない日常。行き交う誰もが懐かしく感じるが、ある種の違和感は消えない。
飛行場へ向かう途中で調べ物をしてみる。すぐに判ったのは貴音大雅。彼はインディーズで活動しており、動画サイトにライブ映像や作った音楽をアップしていた。
このサイトに【この世界の歌】がいずれ追加されるに違いない。
エビスの名前は見つからなかったが、ご当地ゆるキャラ【クラゲリオン】の画像を見つけることは出来た。少なくとも二人はこちらの世界に存在しているようだ。
あっきーと風巻。二人の事は調べても判らなかった。
やがて飛行場に到着したが、結局フライトはキャンセルした。飛行機が落ちるような気がしたからだ。
飛び立っていく飛行機を、待合室の大きな窓からぼんやりと眺めていた。
トゥン。トゥトゥトゥン。
ギターの音が聞こえた。少し高音で、そして優しい音。
そのリズムは聞き慣れたあの感じ。
振り向くとそこに貴音がいた。そう言えば、貴音は外観や名前の変更をしていなかった。
お陰ですぐに判った。だが彼はこっちの姿を知らない。判って貰えるだろうか。
ギターを奏でる貴音の元に一人の男が近づいていく。背の高い男。初めて見る人物だったが、それが誰であるかは判った。右手にクラゲを模したぬいぐるみを手にしていたからだ。
暫く見ていると他にも何人かが集まってきている。
長い髪の陰気な青年。あれは堕天使だろう。
スーツを身につけたサラリーマン。解り難いけど、砂塵の狐傭兵団のメンバーかも知れない。
見ているだけではいけないな。私もその集団に近づいていった。
右胸に用意しておいたネームプレートを取り付けた。ネームプレートには判りやすく書いてある。
[キリマン]
きっとこれで判ってくれる。
こちらに気がついた男が、クラゲリオンのぬいぐるみを高く上げて手を振ってくれた。
その後、私たちはお互いのアドレスを交換する。それぞれ職業も、生い立ちも、住むさえ場所も全く違っているが、これからもずっと仲間である事を誓いあった。
人類が、偶発的に起きてしまった核戦争によって人口の90%を失ってから、もうすぐ300年。
放射能汚染によって地上は住めなくなり、人類はその住処を地下に移した。その後、惑星規模の改造を繰り返しながら、人類は必死で生き抜いてきた。
絶えない努力の結果、ついにかつての栄光と反映を取り戻す事に成功する。
地上の放射能は、ほぼ浄化が終わり、自然も甦ってきた。今では当時とほぼ変わらない生活が出来るようになっている。
しかし最近では、国ごとの競争や対立が、目に見えて激しくなってきている。どんなに時が経っても、あるいは場所が変わっても、争いごとはなくならないのだろうか。
いや、異世界の人とだって理解し合えたのだ。これからの努力次第で、よりよい未来を作り出すことが出来るだろう。
思えばアカシュブレア王国は、我々人類が失った、過去の星における理想を映し出していたような気もする。
考えてみれば、前回の勇者があの国へ行ったのは300年前。丁度核戦争が発生した頃だった。もしかしたら核爆発のエネルギーを受けて、アカシュブレア王国へと異世界転移したのかも知れない。
そう考えれば、勇者タクには元の世界に帰る選択肢はなかっただろう。戻っても放射能で死ぬだけなのだから。それでも望郷の念と人々が生き抜くことを信じて召喚陣を完成させたのだ。
完成させても使わなかったのは、使った結果元の世界が滅んでいることが、判ってしまうことが怖かったのかも知れない。
それから、異世界における魔王の存在は、過去の人類が作り出した、世界を滅ぼす狂気の現れだったと思えてきた。
作り出したのが我々であるならば、それを止めるのも、それを作り出した人類だけという事に違いない。
新惑星歴295年。西暦2407年。
とある国のとある空港にて、そう思う一団がいる。そしてその想いは未来への希望に満ちていた。
Fin
ここはアカシュブレア王国、森林都市キシャナのスラム街。崩れかけた小さな掘っ立て小屋の中に一人の男が潜んでいた。
薄汚いローブに身を包んだ男は、ポーションらしきものを作成している。手元を照らしているのは、破れた天井から差し込む月の光。
彼は空を見上げた。そこには碧色の月が見える。
「赤と、藍の月は無くなった。風巻のディメンジョン・ホエールで魔王の破片が破壊されたからだ。
だが碧の月は残っている。これはつまり、魔王の瞳がまだ破壊されずに残っていると言うことだ。まずはそれを見つけて手に入れる。
見ていろ。今度はもっと上手くやってやる。必ず俺の時代を作ってやる。必ずだ!」
そう呟いた男の声は、邪精霊の声と同じ。ただしその姿は別人だ。
彼は当然のように資金を残していて、コンティニューによって甦っていた。完璧とは言えないがある程度の力も取り戻していた。
とは言え、今のままでは勇者一人と相対してもすぐに倒されてしまうだろう。ポーションを売りながら資金を貯め、力を蓄えて行かなくてはならない。
また、彼は一度もシャドウ・リミットとも接触していなかったので、彼らの追跡アプリもついていない。その存在を知るものは、今のところ誰も居なかった。
To be continue ??
この作品はPBM-RPGです。
リプレイでも通常の小説でもありません。
物語はプレイヤーの手にゆだねられており、
プレイヤーの意思決定により変化し進められていきます。
参加プレイヤーは「あっきー」「風巻豹」「キリマン」「エビストウスケ」「貴音大雅」以上5名となります。
その他の人物や事象はマスターである私が一元的に管理しています。
今回の行動指針
元の世界へ帰る。
キリマン、貴音、エビス
異世界に残る
あっきー、風巻