8-2 幕間 つかの間の休息
セイントナイトのミンウが転移した後、都市領主のメントスに話しかけるエビス。
「先日は私たちアウスレンダーがいたのでなんとかなりましたが、今後同様に魔王軍が襲ってくる可能性があります。それについてどう考えていますか?」
「もちろんその事については憂慮している。
しかし現在の兵士達では今やれることでも手一杯なのだ。
彼らも怠けているわけでは無い。ああ見えてそれぞれ日々鍛錬している」
「魔物が強すぎる。あるいは特殊能力を持っている。そう考えれば良いですかね」
「そう言うことになるね。もちろん我々に出来ることがあるなら喜んでやらせてもらう。
私だってこの城塞都市クロームを守る責務を背負っているんだ」
「魔物に対抗する武器の開発をするのはどうでしょう」
「それは素晴らしい。そう言うものがあれば兵士達の負担も減る。何か良い案はあるのかね」
「いきなりそう言われても、思いつきません。現状の兵士達の装備がどうなっているかも分かりませんしね」
「なるほど。確かに勇者様達はこの世界に来てまだ日が浅い。知らないことも沢山あるのですな。
そうだ。宜しければ午後にでも兵士達の訓練状況を見て貰えませんか」
「ここまで話をして、見ないとは言えませんね。分かりました。では午後に時間を作ります」
そして、午後。エビスは兵士達の訓練に付き合った。
兵士の装備は、槍と盾。それに弓だ。防具は革の鎧。軽量で長時間装備していても疲れにくい。その分防御力は低かった。
どの装備を見ても、ファンタジー特有の特殊能力は無い。
王都付近で出会った弱い魔物ならこれで対抗出来るとは思うが、ウォーターエレメントが相手だと苦戦することだろう。
魔力を必要とする魔導兵器について聞いてみたが、どうしても高価なため1部隊、10人に1つ配られる程度だった。
魔法の杖と呼ばれるそれには、何度か使える魔法が込められており、ファイヤーボールやマジックミサイルなどが使える。回復用のヒーリングが込められた杖もあった。
そのどれもが3~5回で使い切り。使い終わった後は専門の技術者によって魔力を込め直さなくてはならない。
正直使い勝手が悪かった。
エビスはあっきーに頼んで、砂塵の狐傭兵団と連絡を取って貰う。彼らの扱う銃器類は魔力で弾丸を込めることが出来ると聞いた。
威力もあるし取り回しも楽そうだ。銃の量産が出来れば防衛に有効だろう。
あっきー経由ではあるが、西瓦氏は好意的で、技術提供をしてくれるらしい。
どちらにしても開発には時間が掛かる。だが、やらないよりはましだ。
一方その頃、貴音はヒェジュスンと二人で打ち合わせしていた。
二人の前には壊れたギターがある。
「問題はやはり材質だぁ。この試作品も魔導具で強化しておいただが、貴音殿の異世界パワーには耐えられなかったんだな」
「何か方法はないのかよ?」
「方法は思いついただ。必要な材料の入手先もなぁ」
「ならそれをやればいいじゃねぇか」
「使う材料は、千年霊木。
本当に1000年経っているかどうかは知らないだが、とにかく古くてガッシリしてるだ」
「なるほど。それっぽいな。堅くて重い木を遣うといい音が出ると言われているんだ」
「この千年霊木は、霊峰ノヴィスにのみ生えている特殊な木で、近づくのも大変。ましてや木を切って持ってくるなんて簡単には出来ないだ」
「けど、入手先はあると言っていたな。何か問題でもあるのか」
「んだ。ハンターギルドに千年霊木取りに行く依頼をしに行っただ。そしたら、さる貴族が贅を尽くして作ったリュート。それがこの城塞都市クロームにあると教えてくれたんだ」
「そうか。その貴族が渡さないと渋っているんだな」
「違うだ。勇者様のためなら喜んで売ると言ってくれた。それも通常の半額で」
「なら、買おう。金ならいくらでも出す」
「普通1万ゴールド(1億円)のところを、半額の5千ゴールドでいいと、言われただ」
「なんだ、その金額。ありえないだろ」
「そう思ってすぐにハンターギルドで確認して見ただ。千年霊木の価値を考えるとそれぐらいはあり得ると言われただよ」
二人は顔を見合わせて、それから項垂れた。必要なものはすぐ側にある。だが手に入れることは出来ない。
まさか盗んだり奪ったりするわけにも行かない。
二人の沈黙を破るように、部屋の扉が音を立てて開いた。
「そのお金。私が出しましょう」
開いた扉の向こうに、フローラ嬢が燦然と立っていた。
「その楽器の噂は聞いたことがあります。とても不思議な音色を奏でるらしいのですが、きちんと弾ける人は誰も居ないとか。
ですが、今は緊急事態です。お金の方は私の方でなんとかします。貴族との交渉も任せて下さい。
この国の未来を買うと思えば、安い買い物ですわ」
そう言って、フローラ嬢は走り去っていった。そして翌日。言葉通りそのリュートを持ってきた。
「これがそのリュートです。どうぞお納め下さい」
貴音は迷わず受け取った。金額のこともあるし、最初は気が引けていたのだが、実物を見た瞬間に、迷いは消えていた。
見ただけで判る。これはいい楽器だ。取りあえず、指で軽く弾いてみる。
想像通りいい音色だ。
当初はその楽器から木材を切り出してギターを作るつもりでいたが、それは間違いだと気がついた。
曲を奏でるのにギターである必要は無い。この世界の歌なのだから、この世界にある楽器で奏でる。それで良いじゃ無いか。
少し草臥れている部分があるのでその辺りを補修して、弦を張り替え調律する。それだけでほぼギターに近い弾き方が出来そうだ。
貴音には、これの完成形が既に頭に浮かんできていた。その改良プランをヒェジュスンと話し始める。
すでにフローラ嬢のことは頭から無くなっていた。フローラ嬢はその様子を暫く見ていたが、やがて満足そうに頷いてそこからそっと立ち去った。
あっきーはクラーケン戦のことを思いだしていた。
確かにエノクサウルスは強い。でもエビスとキリマンのように協力して何かをすればより強い力を発揮出来る。
自分もそのようなことが出来ないだろうか。そう考えていた。エビスがキリマンと合体するなら、自分は風巻辺りだろう。おそらく自室でアプリ開発をやっているはずだ。
そう思いながら風巻の部屋へと歩いて行くと、フローラ嬢が風巻の部屋へと入っていくのが見えた。
うーん。タイミングが悪いなぁ。今は行かない方が良いだろう。ならどうする。
よし、気分を変えて都市内を散歩しよう。何か面白いものに出会えるかも知れないからな。
人通りの多い中央広場には、簡易治療所が出来ていた。一次の混乱した状態は収まっていたが、それでもここを訪ねてくる人は多かった。
一度治療したらそれで終わりでは無い。傷が癒えるまでは何度も包帯を取り替えたり、傷薬を塗ったりする必要がある。
あっきー自身は医療技術を持っていないので、それを長めながら通過した。するとその先に炊き出しをやっている人達がいた。
料理なら自分にも出来る。
そう思って、炊き出しの手伝いを始めた。ついいつもの癖で、自分流の味付けをしてしまった。
するとその味が大好評。異世界の人達もこの味を求めていたのだ。
調味料は一般人には高価なことと、薄味が主流であったため、あっきーの味付けは珍しかったこともある。
美味しいものを食べると人は笑顔になる。そっか。それでいいんだ。
戦ってばかりで、そんな簡単なことも忘れていた。結局あっきーは夜になるまでずっと炊き出しを手伝った。
時間があったらまた来ます。そんな約束までしてしまった。
キリマンは一人で都市を歩いていた。特に目的はない。ただ今まで起きてきたことやこれからのことについて、考えを巡らせる時間が欲しかっただけだ。
それには一人でいた方が良い。そして贅を尽くした城の客室だと、一般市民だったキリマンは落ち着けなかった。
だから都市部を歩いた。都会の雑踏と適度な騒音が心を落ち着けていった。
歩いていてふと思った。この世界は人しか居ない。エルフやドワーフなどの亜人種。獣人や鳥人のような半人間。妖精見たいな小人族。
どれも存在しなかった。偶然会わなかったとは思わない。いるなら噂ぐらい聞いても良いはずだろう。そもそも王国の大きさもそれ程大きくないし、絶対的な歴史も短い。
ところが、私のような羊人を見ても驚かず普通に接してくる。まるでいるのが当たり前のように。
勇者は異世界からやってくる。その姿は多種多様で当たり前。その考え方が染みついているのかも知れない。
いつの間にか城塞南門まで来ていた。沢山の馬車が列を成して入ってきている。
その中に知った顔を見つけた。向こうもこちらを確認したようだ。そして小走りに近づいてきた。
「こんにちは。お久しぶりです」
いたのはチェリュノだった。いつもと変わらず柔らかな笑顔だ。
こちらも片手を上げて挨拶をする。
[何故こんなところへ来たのですか?]
「見ての通り補給物資の運搬ですよ。
物資を倉庫へ届けてから、都市領主のところへ挨拶に行きます」
そう言いながら馬車を指さした。馬車に付き添っていた兵士達は、手にしたチラシを道行く人に配っている。到着した物資の配給について書かれたチラシだ。
「城塞都市クロームでも、フローラ嬢の方が圧倒的に人気がありますからね。
イスメアルダ王女だって民達を心配しているって事をアピールする必要があります。その為に派手に宣伝しながら移動しているんですよ」
[チェリュノ王子は、イスメアルダ王女派だったのですか]
「どうとでも好きにとって下さい。ただ、そうですね。姉さんはともかく僕はソーンダイクと仲が悪かった。
それから僕自身が王になってしまったら、今までのように遊び歩くことが出来なくなりそうです」
女王決定レース。その争いは日増しに強くなってきているようだ。
幸いなことは、足を引っ張り合うのではなく、お互いの良いところを見せ合っていることか。
少なくとも戦線維持に障害が発生することはないだろう。
イスメアルダ王女は分かっているのだ、自身が兵士達を采配しても戦況は良くならない。
それよりはそれをフローラ嬢に任せ、それ以外のところでアピールしていく。そういう作戦なのだろう。
それより、1つ気になったことがある。だからチェリュノに聞いてみた。
[貴方はイスメアルダ王女が好きなのですか?]
「えっ? ああ、もちろん好きだよ。だって姉さんなのだから」
キリマンはチェリュノが一瞬動揺したのを見逃さなかった。どうやら奥は深そうだ。だが今はそれ以上は言うまい。
チェリュノに別れを告げると、そこから去って行った。
風巻は自室でアプリの開発を行っていた。エビスがシャドウ・リミットと話をした時に、彼らもまた似たようなウイルスソフトを使っている可能性に気がついた。
それらを検出して無効化する。あるいは逆利用出来るならそれを行いたい。
そう思ってアンチウイルスソフトを作っていたのだ。しかしなかなか上手くいかず、開発は止まっていた。
その時部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「風巻様。中におられますか?」
フローラ嬢だ。これでもはっきり断っているつもりなのだが諦めが悪い。
しかし、フローラ嬢の持つ人脈や知識はこちらにとっても有効だしまるっきり無碍にも出来ない。
「いますよ。なんのようですか?」
取りあえずそう答えた。
「失礼します」
そう言うとフローラ嬢が部屋に入ってきた。
「入って良いと行ったつもりは無いのですが。まぁ、それは良いでしょう。
それで、なんのようですか?」
「貴音様とヒェジュスンは新しい楽器の開発に手がけたようですわ。幾つか問題もあるようですが完成は時間の問題だと行っておりました」
「それは良かったですね」
フローラは手にしたバケットをテーブルに置いた。中には軽食とワインが入っている。
「大分根を詰められていると聞きまして、差し入れをお持ちしたのです」
「助かります。後で頂きますよ」
「何か手伝えることはありませんか?」
「今はありません。それよりも僕の部屋まで来て、後で問題になりませんか? 貴方には婚約者がいるのでしょう」
言うべき事は言っておこう。
「ソーンダイク王子のことですね。確かに体面上の問題はあります。ですが、行方不明となってから一月以上経過しました。
それにあの人との関係は、恋人ではありませんでした。お互いを利用し合う共闘者、でしたから。」
「しかしまだ死亡確定していません」
気まずい時間が流れていく。
会話が続かない。そもそもこの手の会話は得意じゃない。何も言わない時間が過ぎていく。
フローラ嬢は話題を変えることにしたようだ。
「風巻様。お聞かせ下さい。魔王を倒すことは出来そうですか?」
この手の話しなら出来そうだ。
「そんなこと分かりませんよ。だいたいまだ会ったことすら無いんです。
相手の強さも分からないで、勝てるも何もありません。
そして一番の問題はどこにいるのか判らないことです」
「セイントナイトの皆様は、今回の討伐で魔王を退治出来るとおっしゃっていましたが、その可能性は低いとお考えなのですね」
アウスレンダー内の話しはフローラ嬢に伝わっていないと言うことか。
しかたがない。ある程度伝えておこう。
「まず無理でしょう。むしろ彼らは大きな失敗をする可能性があります」
「そんな。あの方々の強さは私も聞き及んでいます。それでも負けてしまうなんて…」
「負ける。とは言っていませんよ。失敗すると言ったのです」
その後、暫く時間を取りアウスレンダーで話し合ったことについて教えてあげた。
フローラ嬢は何においても優秀で理解が早い。魔王軍の作戦やセイントナイトの危険性について納得したようだった。
そしてフローラ嬢は立ち上がり部屋を出ようとして、扉の前で振り向いた。
「そうでした。1つ伝えておきたいことがあったのです。私は今までこうと決めたことを必ずやり遂げてきました。
私は簡単に諦めたりはしません。
それでは、失礼致します」
この作品はPBM-RPGです。
リプレイでも通常の小説でもありません。
物語はプレイヤーの手にゆだねられており、
プレイヤーの意思決定により変化し進められていきます。
参加プレイヤーは「あっきー」「風巻豹」「キリマン」「エビストウスケ」「貴音大雅」以上5名となります。
その他の人物や事象はマスターである私が一元的に管理しています。